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クラウツ卿と研究所の少年  作者: 馬場未知瑠
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第一話 クラウツ卿と少年(4)



「メアリさま、ユプシロンさま、ジェファーソンさま、お待ちしておりました。どうぞ、書斎で主人がお待ちです」


 翌日、ジェファーソンはメアリの説得に応じ、彼らと共にファミリアの屋敷を訪れていた。

 執事の案内の言葉を聞くよりも早く、メアリはファミリアの書斎へと駆け込んだ、かのように見えた。その光景には慣れているのか、ああまたいつものことか、と思っていた3人は、扉に手をかけたところで足を止めている彼女に首を傾げた。


「メアリ、どうかしたか?」


「・・・いる。あたし以外の融合児(ハロルド)が」


「それはこの執事じゃなくて、か?」


 メアリに追いついたジェファーソンはそう言って、後ろ手にセバスチャンを指差した。


「違う。ニオイが違うの」


「彼は俺たちとは違う。被検体(ロストナンバー)だそうだ」


 執事の言葉に、メアリのドアノブを握る手から力が抜ける。驚きと困惑の瞳が執事を見上げ、その感情を打ち消すかのように口から言葉が吐き出されていく。


「うそ・・・そんなはずない!不可能よ!!研究所から脱走したって言うの?!」


「そのまさかだ」


 セバスチャンはそう言って書斎への扉を開けた。室内にはファミリアと、他に二人の男がいた。一人はソファに座っている見覚えのある東洋系の男で、もう一人は褐色の肌に白い髪が印象的な小さな男だった。


「失礼致します。お嬢さま、お連れ致しました」


「あら珍しいわね、ジェファーソン。貴方も来るなんて」


「そいつも、融合児(ハロルド)か・・・?」


「詳しい話は後よ。さぁ、三人とも空いているところに座ってちょうだい」


 ファミリアがそう言うと、書斎のデスクの一番近くの椅子にメアリ、その隣にジェファーソン、ファミリアから一番遠い席にユプシロンが腰掛けた。


「この子はカーチス・ブライド。融合児(ハロルド)計画の研究所から、はじめて被検体(ロストナンバー)の状態で抜け出した少年よ」


「そう。あの研究所、ずいぶんと警備が薄くなったんだね」


 メアリはそう言うと、ペールブルーの瞳を少年に向けた。生気のこもっていないその瞳は、どこか寂しそうにみえた。


「カーチス、貴方にも彼らのことを紹介しておくわ。あの一番奥の体格の良い男がユプシロン。そこの背の高い男はジェファーソン、この屋敷がお気に召さないそうよ。ああ、二人は兄弟なの。

 そして、彼女がメアリ。融合児(ハロルド)の中でも最高傑作と謳われている良融児(ワンダー・ベビー)の一人よ」


 メアリはその言葉に椅子からゆっくりと立ち上がると、少年に背を向けた。着ていたTシャツの左側の裾をめくり上げる。一瞬ギョッとした少年だったが、そこには噂に聞いていたように、個体識別用の製造番号が刻まれていた。52(ファイブ・ツー)というその番号が、彼女を良融児(ワンダー・ベビー)の一人であると告げていた。


「ファミリアさん!俺、やっぱりあの研究所に戻ります!!」


「戻るぅ?!せっかく抜け出せたのに、か?」


 少年の言葉にジェファーソンが驚いて立ち上がると、執事が彼の横を静かに通り抜け、ファミリアの横の本棚へと向かいながら口を開いた。


「彼はあの研究所に忘れ物があるのだそうですよ」


「忘れ物ぉ?何を忘れたっていうんだよ」


「ハンナ・ブライド。その少年の妹だ」


 ユプシロンはそう言うと、昨日の新聞記事の写真と彼女についての記事が書かれたページをタブレット型のパソコンの画面に表示した。少年と同じ白髪に褐色の肌、けれど少年と決定的に違う容姿の少女がそこには映し出されていた。


「これって・・・」


「うそでしょう」


白髪赤瞳(アルビノ)、なのかい?」


「そう。彼がセバスチャンを見た時の反応がおかしかったから、もしかしてと思ってユプシロンに調べてもらったの。たまにあるのよ。白髪赤瞳(アルビノ)保護条例にひっかからないで、研究所に連れて行かれてしまうことが」


「でも、ファミリア。返してっていっても、あそこは返してくれないよ?」


 ファミリアの言葉に、メアリが当然の異議を唱えた。


「あら、だから貴方たちを呼んだに決まっているでしょう?・・・セバスチャン」


「かしこまりました」


 彼はそう言うと、大きな本棚から取り出した一冊のファイルから、一枚の紙を取り出した。ペンと共にそれが少年に手渡されると、館の主人はそれを見もしないで内容を読み上げていく。


「 1.あなたはこの契約に関して一切わたしに口出しをしないこと。

  2.あなたはこの契約に関してわたしが求めるだけの報酬を支払うこと。

  3.万が一あなたに命の危険が及んだ場合、最悪の結果も考えて行動すること。

 以上よ。それすべてに同意するならそこにサインを・・・って貴方、字は書けるかしら?」


「一応・・・」


 少年はそう言いながら、一文字一文字ゆっくりとサインをしていった。それが書き終わると、ファミリアはその紙にかかれたサインを光にすかして確認し、執事へと渡した。執事はそれを受け取ると、先ほどとは別のファイルへしまった。


「パイソン。お願いがあるのだけれど、よろしいかしら?」


「君がぼくにかい?ああ、君の願いならなんでも答えるよ」


「それは光栄だわ。それでは、この少年をわたしの屋敷においてもよろしいかしら?」


「ああ、もちろんだよ。ぼくは、子守りは得意じゃないんでね」


 その言葉に、少年は驚いて雇い主を振り返った。雇い主は満足気な顔で微笑んでいる。


「それじゃあ、ぼくはこれで失礼するよ」


 パイソンは言いながら身支度を始めたかと思うと、数秒後には何事も無かったかのように部屋を出て行ってしまった。あっという間に立ち去った前の雇い主に、残された少年は困惑の表情で前の雇い主が出て行った扉を見つめていた。


「心配しなくて良いよ。きみは被検体(ロストナンバー)の状態でこっちに来たとは言っても、あたしたち特有のニオイがついちゃってるから、もう少し長くあのお屋敷にいたら見つかっちゃってたの。ここならミレイアス―――あっ、今はセバスチャンだっけ―――もいるし、あたしもちょくちょく来るからニオイが混ざって解らないの」


「つまり、“木を隠すなら森”というわけだ」


 ユプシロンがそう付け加えてファミリアを見ると、彼女は満足そうな笑顔を浮かべて自分の椅子に深々と腰掛けていた。その顔は新しい玩具を手に入れた子供のようにも、子供のような悪戯を思いついた大人のようにも見えた。その姿に、メアリはうっとりと恍惚の表情を浮かべ、ユプシロンはため息を吐いてタブレット型のパソコンをいじり、ジェファーソンは面倒臭そうにあくびをして立ち上がり、セバスチャンはいつの間に用意したのか紅茶をティーポットからカップへと移し始めていた。その光景を、少年はただ黙って見つめていた。


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