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クラウツ卿と研究所の少年  作者: 馬場未知瑠
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第一話 クラウツ卿と少年(3)



 ファミリアは乾きかけた髪を低い位置で一つにまとめると、執事が用意していた午前中と同じワンピースを着て、再び書斎へと向かった。

 彼女の自室と書斎は隣同士になっており、扉一枚で簡単に行き来が出来るようになっている。しかし彼女とその執事以外は、両の部屋を繋ぐその扉をどうやって開けるのかを知らない。ドアノブに何か細工が施されているようには見えないが、他の者が押しても引いても、左右どちらにスライドさせても、上に持ち上げても、下に引き降ろしても、扉は開かないのであるからなんとも不思議なものである。

 さて、彼女が自室から書斎に向うと、午前中とは違う男性がガラスのテーブルを囲むソファに座っていた。三十代を目前にしたその男は、静かにソファに身を沈めている。手には最新式のタブレット型のパソコンが持たれているが、首には銀のタグが吊るされていた。そのタグは、彼が元軍人であることを告げていた。


「お待たせしたかしら?」


「いや、俺も今来たところだ」


「そうかしら。それなら良いのだけれど」


 クスクスと笑いながら、ファミリアは自分の椅子へと腰掛けた。ずいぶんと年季が入っているのか、社長椅子のようなデザインのその椅子から、スプリングが軋む鈍い音がする。


「ユプシロン。メアリはお元気?」


「・・・あいつは俺の女じゃない。メアリに直接用事があるのなら、あいつ自身を呼んだらどうだ。お前の頼みなら喜んでここに来るぞ」


 その言葉に、ファミリアは口元にだけ薄い笑みを浮かべた。ユプシロンと呼ばれたその男は、あまり表情を崩さないタイプではあるが、彼が困惑にも似た表情を浮かべていることがファミリアには解った。彼女は椅子から降りると、机のわきにある本棚から一冊のファイルを取り出した。


「これが何だかお解かりになるかしら?」


 そう言って、ファミリアは彼にそのファイルを手渡した。ファイルを開くと、身体のどこかに番号が刻まれた白髪に赤色の瞳を持った男女が何人も載っていた。


「・・・融合児(ハロルド)計画の犠牲になったスラム出身者のリスト、か?」


「ええ。白髪赤瞳(アルビノ)保護条例以前のものよ」


「なるほどな。条例が適用されて以降から今までに、被検体(ロストナンバー)としてスラムから何人が連れて行かれているか、それを調べればいいんだろう?」


「察しが早くて助かるわ。それじゃあ、お願いできるかしら?」


「ああ」


 彼が短くそう言って椅子から立ち上がると、ちょうどセバスチャンが紅茶の入ったポットと、それとセットのティーカップをワゴンに乗せて室内へと現れた。


「金額はいつもどおりで良いかしら?」


「ああ」


「それじゃあ、セバスチャン。いつもの金額を彼の口座へ」


「かしこまりました」


 執事がそう言って頭を下げると、ユプシロンはセバスチャンの立っている横の扉をすり抜けて、部屋を後にした。屋敷を出ると、ユプシロンはポケットから最新式の携帯電話を取り出して自宅に電話をかけた。ガチャっという音がして、受話器越しに女性の声が響く。


「珍しいね、自宅に電話をかけるなんて」


「メアリ、か?」


「貴方の家にあたし以外の女性がいるわけないじゃない」


 そう言って、彼女は受話器越しにケラケラと笑う。その笑い方は、無邪気な子供のそれと同じであった。


「ジェフはいるか?」


「ええ、いるわよ。いるけど・・・あたしに黙って彼女のところに行くってどういうことよ!!どうして誘ってくれないの?!」


 受話器越しに聞こえる金切り声に、ユプシロンは大きなため息を吐いた。先ほどファミリアとの会話で出たメアリとは、この受話器越しのメアリのことである。無意識に受話器を耳から遠ざけていても、メアリの声はしっかりと耳に届くほど大きい。


「もう!ちょっと聞いてるの?ユプシロン!ねぇユプシロ、あっ!」


「ああ、もしもし兄貴?ごめん、俺」


「ジェフか・・・」


 自分でも解るくらいの安堵の吐息が、ユプシロンから漏れていた。機械の扱いには慣れていても、女性の扱いはからっきしなのである。その点、受話器越しの男は兄とは正反対に女性の扱いは完璧であった。だからといいて、逆に機械がからっきし・・・というわけではないのが、この弟の恐ろしいところでもある。


「わりぃ。どっかの勧誘かと思ってさ」


 あくびを噛み殺しながらそう返ってくる声に、今までベッドにいたのか、と思ってユプシロンはため息を吐いた。


「明日、嬢の屋敷に行くぞ」


「げっ、俺も!?俺があそこ苦手なの知ってんだろ?兄貴とメアリだけで行って来てくれよ」


「ちょっと、ジェフ!代わって!ユプシロン!!ねぇ、明日ファミリアのところに行くの?あたしも行っていいの?」


「ああ・・・ただ、お前の彼氏は行きたくないそうだ」


「ねぇ、行くのは明日でしょ?じゃあそれまでに説得しておくわ」


 メアリは声高らかにそう言うと、なんとも形容しがたい甲高い音を出して通話を切った。

 ユプシロンはそれに再びため息を吐くと、携帯電話をポケットに押し込み、近くのレンガ造りの小さい二階建てのカフェに入っていった。一階と二階の一部がカフェになっているらしいその店に入ると、彼は一階の一番奥にある席に座った。


「よぉ、ユプシロン!景気はどうだい?」


「上々だよ、マスター。いつもの、頼めるか?」


「はいよ」


 カウンターに立っている年老いた背の低い男がそう言うと、ユプシロンは腕時計のような腕輪の液晶部分に指で触れた。すると、彼の目の前に新聞社が配信しているページが、数多表示された。世界各国、どんなにマイナーな誌面だろうが、彼の目の前で彼の指移動と共に動かされていく。一枚を見ている時間は、さして長くなく、次々と彼の指は記事をめくっていく。


【デイビット・クラウツ卿の孫娘ファミリア・クリスロード・ラ・クラウツ・ジェーン、スラムへ六千万シェイドの資産を投じて学校を建設する】


 どの社でもトップニュースとして報じられているそこには、子供たちに囲まれて楽しそうに微笑むファミリアの姿があった。


「おや、また嬢ちゃんのニュースかい?」


「そのようだな」


 バケットを包むような紙で包まれている物を受け取りながら、電子新聞の別なページを見るとそこにも見慣れた名前が表示されていた。


【ジル卿、バーディン卿と共に融合児(ハロルド)計画へ一億シェイドの投資】


 そこに載っている写真にユプシロンは目を疑った。褐色の肌に真っ白な髪、荒い映像を使ってうまく誤魔化しているが、研究所の職員と一緒に映っている少女の瞳は、ファミリアの屋敷にいる執事と同じ色をしているように見えた。


「・・・そう言うことか」


 ユプシロンは小さく呟くと、試しに画像の少女について検索をかけてみた。案の定、何の情報も正攻法では得ることが出来ない。ファミリアが何故この仕事を自分に依頼したかを、ユプシロンは唐突に理解した。


「難しい顔してどうしたんだい?」


「マスター。いつものやつを後二つ頼めるか?」


「相変わらず忙しそうだね。ちょっと待ってなよ」


 マスターはそう言うと、再びカウンターの奥へと消えていった。ユプシロンはデータを自宅のパソコンへ転送すると、いつもと同じ金額の三倍をカウンターに置き、マスターから受け取った物をすべてしまうと、店を後にした。


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