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クラウツ卿と研究所の少年  作者: 馬場未知瑠
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第一話 クラウツ卿と少年(2)



「カーチス!」


 バーディン・ジュニアは息を切らしながらそう叫んだ。ファミリアの屋敷からジュニアの別邸までの間にあるレンガ造りの道の途中で、ようやく少年が足を止めてくれたのだ。ファミリアの屋敷よりは、ジュニアの別邸の方が距離的にはやや近いだろうか。ここは二人が半年ほど前にはじめて出会った場所でもある。

 スラムとも貴族の館が建ち並ぶ場所とも違う。露天が建ち並ぶ雑多な道だ。


「まったく・・・ぼくは普通の人間なんだから、手加減してくれないかな」


「・・・パイソンさん」


「なんだい?」


「どうして、あの人は俺が融合児(ハロルド)だと解ったんです?」


「ああ、簡単だよ。彼女の連れている執事―――今はセバスチャンと言ったかな―――彼が融合児(ハロルド)なんだ」


「それは、さっきお会いして解りました。俺よりも強いニオイがした」


「ぼくにはそのニオイとやらはさっぱりだけどね。じゃあ、彼が07(ゼロナナ)だっていうことにも気が付いたかい?」


 その言葉に、少年は驚愕の表情を雇い主に向けた。


「だって!それは・・・」


「そう、彼は白髪赤瞳(アルビノ)だ。彼らには今でこそ、白髪赤瞳(アルビノ)保護条例が存在している。けれど、保護条例が出来たのは今からたった五年前のことさ。彼は見た目こそ二十歳そこそこに見えるけれど、実年齢はもっと上だよ。ヘタすると、ぼくやジェーンの父親よりも年上かも知れない。まぁ、誰も彼の本当の年齢なんて知らないんだけれどね。おっと、そんな話はどうでもいいか。

 ・・・ところで、君は融合児(ハロルド)計画についてどこまで知っているんだい?」


「俺は被検体(ロストナンバー)の状態で逃げ出してきたから、詳しいことは噂程度にしか・・・」


「そうだろうね。それじゃあ、説明してあげるよ。このおぞましい計画と、彼らについて」


 雇い主はそう言うと、食べ物を売っている露天へと向った。そこでクレープの生地のような物に肉や野菜を包んだ食べ物を買うと、ひとつをカーチスへ手渡した。ここの露天で売買を行っている人たちとは顔見知りなのか、商品を買っている間にも多くの人々がジュニアに声をかけて行く。それら一つ一つと何かしらの言葉を交わしつつ、胸ポケットからタバコを取り出した。この時代、嗜好品であるタバコは法外な値段で取引されていた。一種のドラッグであるのも、その要因であろう。一〇〇年ほど前にはこの世からほぼ居場所を失った愛煙家も、今では上流階級であることを象徴する一つのステータスとして再びここに存在しているのである。煙をくゆらすと、彼はゆっくりと言葉を紡ぎながら歩いていく。


「戦争や紛争、事故や生まれ持った障害。そういったことで、平凡に生きることを阻害された人を救う慈善事業としてこの計画がスタートしたのは、今からたったの五〇年前さ。君も先の世界大戦については、聞いたことくらいはあるだろう?」


 歩き始めてからの雇い主の声のトーンは、周りの喧騒に掻き消されてしまうように、わざと周囲に聞こえないような調子であった。しかし、傍らにいる少年にだけは聞こえるような、そんな声音であった。きっと周りからは、一生懸命に買い与えられた物を頬張る弟と、それを優しく見守る兄のようにしか見えていないであろう。


「はい。何でも、すべての大陸をまたに駆けた大きな戦争だったって」


「そう。事故や戦争だけじゃ、こんなにも民の信用は得るような研究にはならない。当然だけれどね。

 この国はあの当時、戦争に負けていたんだよ。嘘みたいだろう?でも、融合児(ハロルド)計画によって一人のただの平凡な人間が、文字通りスーパーマンになってしまったんだ。この国はそれであの戦争に勝った。そのスーパーマンになった人間というのが、幼い頃からの戦闘訓練をしていなかったとしたらどうだい?長い戦闘訓練なしに、軍人と同じか、それ以上の力を発揮できる存在がなれるとしたら。まさに夢のような技術だろう?

 それこそが融合児(ハロルド)計画の目的だったんだ」


「スーパーマンをつくり上げることが、ですか?」


「スーパーマンと言ってしまえば聞こえは良いけれどね。彼らが重宝される理由は簡単だよ。この国やその同盟国は大きな戦争では勝ったけれど、まだ各地では小さな戦争が続いている。知っているだろうけれどね。じゃあ戦争が続くと何が生まれるかな?そう、君たちのようにスラムでしか生きられないような身寄りのない子供たちさ。もちろん子供だけじゃないよ。君も研究所で見てきたんだろう?身体の一部が足りない人、世に捨てられた大人、生きることを否定された子供、戦争の犠牲になってしまった人。スラムに一歩足を踏み入れれば、実験に必要な材料はたくさんあったのさ」


「スラムの人たちは、それに反発しなかったんですか!?」


「もちろん、反発したよ。戦争に負けて、負けたんだから兵器になってください、なんて酷い話だとは思わないかい?けれどね、金を持っている大人っていうのは残酷なものだよ。ほら、よくお金を積むと事件が揉み消されてしまうじゃないか。まさにそれだよ。数多のスラムの人々の反発よりも、貴族からの寄付金のほうが研究所にとっても、寄付を行う貴族にとっても有益なことだったんだ。ファミリアの屋敷の裏手にもコンクリートの高い壁があったろう?あの奥には、見渡す限りのスラムが広がっているんだよ。どこまでも続くそのスラムの果て・・・。

 ぼくには想像できない。何故かって?ぼくやファミリアがこどもの頃、まだ彼女の祖父である先代のクラウツ卿があの屋敷の主をしている頃、ぼくは彼女の屋敷の隣に住んでいたんだ。あの頃、あの塀はもっとずっと低いものだったんだよ。それが、ここ十数年であそこまで高く伸びてしまった。スラムの人々の反発を押さえつけるかのように、ね」


「外野の声を、聞かなくても良いように・・・ですか?」


「そう。さて、話を戻そうか。君が犠牲になってしまったように、いまだに融合児(ハロルド)たちは生み出されている。けれどね、彼らにはもちろん成功品とそうでないものがいるんだ。

 融合児(ハロルド)はそれぞれ身体のどこかに、個体識別番号として数字が刻まれていて、番号が若ければ若いほど昔に作られているんだよ。特に01(ゼロイチ)~09(ゼロキュウ)―――まぁ、生存が確認されているのは01(ゼロイチ)、03(ゼロサン)、07(ゼロナナ)、09(ゼロキュウ)のみなんだけれど―――までの番号は失敗作(ゼロナンバー)と呼ばれているね。そして二〇番以降の中でも特に優れた五体に関しては良融児(ワンダー・ベビー)と呼ばれているんだ。ああ、00(ダブルゼロ)に関しては試作品であったために、カウントされていないんだよ。

 最も、その00(ダブルゼロ)が件のスーパーマンであるロナルド・シルビアなんだけれどね」


「彼らは、いったい何をさせられるんです?護衛ですか?」


「そうだね。良融児(ワンダー・ベビー)である融合児(ハロルド)は、貴族や要人の護衛にあたることが多いかな。もちろん、融合児(ハロルド)たちの多くは戦地へ行ったり、何らかの護衛にあたったりすることが多いよ。人だけじゃなくて、高価な物とかね。

 けれどね・・・失敗作(ゼロナンバー)と呼ばれる融合児(ハロルド)は、新しい彼らが生み出されるたびにその地位を落とし最終的には奴隷として売り飛ばされる運命なんだ。とまぁ、彼らについてはこのくらいかな?」


 歩きながら雇い主の話に真剣に耳を傾けていた少年は、気付けば仕事場でもある雇い主の別邸についていることに驚いて立ち止まった。ファミリアの住んでいる屋敷よりも、一回りか二回り程も小さい―――もちろん、小さいと言っても成り上がりの貴族たちよりは、大きな屋敷であることは言うまでも無いであろう―――この屋敷に、彼は数人の使用人たちと共に暮らしている。父親はめったなことが無い限り訪ねてこないので、彼は御曹司だというのに割りとどころか、かなり自由に暮らしていた。だからこそ、少年を匿えたとも言えるのかもしれない。


「ちなみにね。ファミリアが奴隷商からあの執事くんを買い取った金額っていうのが、十億シェイドなんだよ」


「じゅう・・・そんな、ぼったくりじゃないですか!」


「そうとも言い切れないんだよね。今や保護条例のおかげでなかなかお目にかかることが出来ない白髪赤瞳(アルビノ)融合児(ハロルド)、それも失敗作(ゼロナンバー)に払う金額だったらって言うことを考えたら、彼女にとっては安い買い物だよ」


 雇い主がそう言って微笑むと、少年は貴族の考えることはわからない、といった表情を彼に向けた。それに気が付いたのか、彼はなんとも言えない複雑な表情を浮かべた。


「ぼくにも彼女の気持ちはわからないよ。ただ、彼女は一度すべてを失った。屋敷も、使用人も、家族も・・・文字通りの全てを、ね。とてもそうは見えないだろう?それが彼女の凄いところさ」


 ジュニアはそう言うと、屋敷の入り口の扉に手をかけた。


「さぁ、この話はそろそろ終わりにしようか。カーチス。ファミリアの言葉の意味、理解できただろう?」


「はい。明日もう一度彼女のところに連れて行ってください。俺があいつを、ハンナを助け出します」


「そうか、解った。それじゃあ、仕事に戻ってくれ」


「はい!失礼します」


 そう言って一礼した少年の顔は、ファミリアの屋敷を訪れた時よりも何倍も晴れやかになっているように見えた。


1シェイド=1円くらいの感覚です

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