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クラウツ卿と研究所の少年  作者: 馬場未知瑠
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第一話 クラウツ卿と少年(1)


 大きな洋館の書斎に、一人の女性がいた。

 雫の形にカットされた大きなピンクダイヤが、ゴールドのチェーンで吊るされ、ピアスとして彼女の左耳で揺れていた。しかしその希少なピアスよりも、その女性のいで立ちそのものが彼女を印象的に見せていた。ブロンドの長いウェーブのかかった髪に灰色の瞳が、流行の春色のワンピースに覆われた、彼女本来の素材を美しく強調していた。

 ただ書斎の椅子に腰掛けているだけの彼女の姿は、なんともアンバランスな印象を他者へ与える。それは彼女の書斎がまるで一昔前の―――解りやすく形容するならばシャーロック・ホームズの時代のような―――書斎をしているからだった。二十代の女性が好むような可愛らしく機能的な調度品や家具はなく、男性のそれも年寄りが好むような調度品や家具が多く並べられている。この部屋の元の所有者が年配の男性であったことは、どんなアマチュアのミステリーハンターでも容易に推測出来ることだ。

 しかし、そんなことよりもまず彼女に目がいってしまうのが、この屋敷の恐ろしいところであろう。彼女の姿の次に部屋の雰囲気に目がいくものだから、まるで社長の愛人が仕事場におしかけて、修羅場になるように演出しているかのように見える。もちろん、屋敷の現在の主人はそんなことは気にしていない様子だ。けれども、八割方はそうなることを計算して演出していた。それが、ファミリア・クリスロード・ラ・クラウツ・ジェーンという女性なのである。


 ファミリアはデスクの備え付けの椅子に腰掛けて、デスクと扉の間にある長方形のガラスのテーブルを見つめていた。それを囲むように配置されたソファに腰掛ける男を視界に収めて微笑んでいる。黒い髪に東洋系の顔立ちをしたその青年は、まだどこか十代のようなあどけなさの残る笑顔で、この屋敷の主である女性を見つめ返していた。


「珍しいわね、バーディン・ジュニア。貴方がこの屋敷を、アポをとってから訪ねてくるなんて」


 二十三歳という若さでこの大きな洋館を所有している彼女がそう言って微笑むと、少年とも青年ともつかない年齢のその男は、立ち上がって女性のデスクの前まで歩いていった。


「仕事の依頼をしたいんだ」


 その声に、女性は今までのやわらかい微笑みからは想像もできないような、厳しい視線を男性に送った。それは幼馴染に向ける視線ではなく、かといって仕事の依頼主へと向けられるものでもなかった。


「わたしの仕事の受注率(素行の悪さ)はご存知よね?それで、どういったご用件かしら?」


「実は依頼をするのはぼくじゃないんだ」


 男性がそう言って微笑むと、女性はその言葉に少々度肝を抜かれたのか目を(しばたた)かせた。


「カーチス、来なさい」


「はい」


 男性が声をかけると、今までファミリアからは死角になっていて見えなかった部分から、一人の少年が姿を現した。白い髪に褐色の肌が印象的な少年である。


「カーチス・ブライド。父の別邸で庭師をしてもらっている少年だ」


「庭師?その子がかしら?」


「何かおかしいかい?」


「ええ、おかしいわ。とても貴族の家の庭師をするような家柄の少年には見えないんですもの」


 その言葉に、カーチスと呼ばれた少年は驚きと不安の表情で、自分をここへ連れてきた男性を見上げた。一方で男性は、その答えを待っていたよ、とでも言わんばかりの満面の笑みを浮かべていた。


「さすがだよ、ジェーン。ご名答、彼はスラム出身だ」


「そのようね。それも、融合児(ハロルド)計画の犠牲者・・・と言ったところかしら?」


「どう、して・・・」


 女性の言葉に、少年は困惑の瞳を浮かべた。男性と出会って彼の別邸に引き取られてから今まで、半月近くもの時が流れていた。しかしその間、誰も彼をスラム出身者だと気付いた者はいなかったのである。ましてや自分がかつて収容されていた研究所のことまで言い当てられるとは、夢にも思わなかったのである。


「理由は簡単よ。セバスチャン」


 彼女が呼ぶと、白髪をオールバックにまとめ、赤い瞳を片方だけ覆う丸い鼻眼鏡をかけた男が扉を開けて現れた。高めの身長に見合った黒い燕尾服を身に纏っている彼は、室内に入ると深々と一礼した。


「お呼びでしょうか、お嬢様」


 彼の発したその声が、見た目よりもだいぶ老け込んでいるように感じられて、少年はさらに困惑の瞳を雇い主へと向けた。


「これがその答えよ」


 彼女はそう言って椅子から降りると、軽く上に伸び上がった。そして、自分のデスクに背を向けると、目の前の窓から見える青空と高いコンクリートの壁を見つめた。壁の奥から喧騒とも罵声ともつかない声が聞こえるが、それらは全て窓にあたって元の方向へと返っていく。


融合児(ハロルド)計画の子達っていうのは、独特のニオイがするのよ。彼、セバスチャンもそう。研究所の職員やわたしのように、長い年月融合児(ハロルド)と生活を共にしている人にしか解らないような、本当に些細な違いなのだけれどね」


 少年は驚きと困惑の表情を崩せずにいた。むしろ、さらにその感情を増幅させたと言った方が正しいのかもしれない。


「カーチス、といったかしら?」


「はっはい!」


「貴方はわたしに何を望むのかしら?武器?それとも優秀な人材かしら?」


 少年は彼女の鋭い視線に生唾を飲み込んだ。そして、一度乱れた呼吸を立て直してから口を開いた。発した声が震えているのが自分でも解った。


「あいつを、俺の双子の妹を助け出してくれ!」


「断るわ」 


 まるで笑いを(こら)えきれなかったかのように吐き出されたその言葉に、驚いたのはカーチスだけではなかった。彼をここにつれてきた男性も同様だったようで、あまり動揺を表に出さないはずのその人は勢い良く机へと詰め寄っていた。


「ジェーン、どうして!」


「甘ったれないでちょうだい。貴方はたった一人の兄妹(きょうだい)を救い出すのに、わたしのような他人の、それも研究所に寄付を送っているかもしれない貴族の力を借りるというのかしら?」


「だったら、だったらどうしろっていうんだよ!俺には何も出来なかったんだ!!あいつを守ることも、救い出すことも、何も・・・」


「どうしたら良いか、答えが出たらもう一度いらっしゃい」


 ファミリアはそう言うと、再び椅子に腰掛けた。その姿に、カーチスは拳を握り締めて部屋を飛び出して行った。ジュニアはその後ろ姿を見つめると、やれやれと大げさに額を片手で覆って天井を仰ぎ見た。


「ジェーン。相手はまだ年端も行かない子供だよ。ちょっと酷じゃないかい?」


「解っているわ。けれど、このセカイで生きていかなければならない子供なのよ。恨むなら、わたしではなくこのセカイを、この時代を恨むことね」


 ファミリアの言葉にジュニアは、今度はやれやれといった表情だけを浮かべると、少年の後を追いかけるようにして部屋を出て行った。


「セバスチャン。あの子、どう思うかしら?」


融合児(ハロルド)独特の芳しいニオイが致しますね。けれど・・・」


「やはり、貴方も気が付いていたのね」


「ええ。彼は(わたくし)とは違います。が、メアリとも違います」


失敗作(ゼロナンバー)でも良融児(ワンダー・ベビー)でもないと言いたいのかしら?」


「ええ。(わたくし)被検体(ロストナンバー)の段階でこちら側に来ていらっしゃる方というのは、はじめてお目にかかりました」


「そう、解ったわ。ありがとう」


 ファミリアの言葉にセバスチャンはうすく微笑むと、一礼して扉に手をかけた。


「ああ、セバスチャン。シャワーを浴びたいの」


「はい。熱い紅茶を用意してお待ちしております」


「ええ、あがるまでに用意しておいてちょうだい」


「かしこまりました」


 机においてある時計はまだ正午にもなっていない。



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