第三話 クラウツ卿と研究所(4)
カーチスがセバスチャンと共に再び屋敷の外へ出ると、屋敷の前に停まっていた馬車のような乗り物の中で、子供のような笑顔を浮かべる女性と目が合った。彼女は無邪気な笑顔を浮かべていた口元を、そのまま真横へ引き伸ばす。その表情に少年は言い知れぬ恐怖を感じながら、彼女の向かいの席へ促されるままに腰掛けた。少年が向かいに腰を下ろすと、パッ、と少女は普段通りの笑顔になった。
「ファミリアさん。今からどこに行くんですか?」
「ジェスター卿のお屋敷よ」
「ジェスター卿の?あっ!この前言っていたスラムの学校の話ですか?」
「いいえ、それとはまた別件よ。本来ならあちらから来て頂くのが良いのでしょうけれど、今回はことがことだから、こちらから出向く形をとったの」
「ことが、こと・・・って?」
少年がそう言うと、女性は先ほどのような笑顔を再び浮かべた。この屋敷に来てから何度か見たことがあるその表情を見るのが、少年には苦しかった。
「セバスチャン。例のものはどこにあるかしら?」
「スフィンクスでしたら、いつものトランクに」
執事がそう言うと、女性は少年の隣に腰掛けた。そして、自分が今まで座っていた座席部分を開く。持ち上げた座席の下は収納になっているらしく、そこから銀色のアタッシュケースを取り出した。それを元の状態に戻した座席の上に置くと、キーをはずして中身を確認する。紅いベロア(・・・)が敷かれた上に、銀色に塗装された拳銃が一本収納されている。
「拳銃、ですか?見たことがない型だ・・・」
「それはスフィンクスAT2000といって、亡き当主であるデイビット・クラウツ様の愛用の銃でございます。現在はいっさい市場に出回っていない銃でございます」
「さしずめ、これはおじいさまの肩身といったところよ。ね?美しいでしょう?」
彼女はそう言いながらその銃に不備がないことを確認すると、再びアタッシュケースへと戻した。
「カーチス。これから起きることをよく覚えておくと良いわ」
ファミリアがそう呟くと、乗り物はジェスター卿の屋敷へたどり着いたのか、ガクン、と激しい上下運動を一度して停車した。ファミリアは馬車から降りると、アタッシュケースを執事に手渡した。屋敷の裏口、前回はジェスター卿本人が出迎えに出て来たそこには、ジェスター卿の弁護士と思われる見目麗しい女性が立っていた。
「クラウツ卿、お待ち申し上げておりました」
「お手間を取らせて申し訳ないですわ」
「いいえ、こちらこそわざわざお越し頂けるとは思っていなかったものですから、このような形でのお出迎えしか出来ず申し訳ありません」
「前口上は良いわ。要件を仰ってくださらないかしら?」
「大変失礼致しました。それでは、早速ですがご案内させて頂きます」
ジェスター卿の弁護士であろうその女性はそう言うと、屋敷の中へ続く扉に消えていった。
その後に続いて中に入ると、少年は前回とはまるで違う室内の雰囲気に足がすくんだ。ジェスター卿の弁護士の女性もそうだったが、屋敷の主が逮捕された後とはとても思えないほど、教会の中はあまりにも普段通りだった。誰も騒ぎ立てず、ただいつも通りに粛々と日常が進んでいる。
「大丈夫よ。彼女たちは何もしてこないわ」
葬式とも言えるような、パレードとも言えるような、なんとも不思議な雰囲気の中、三人が通されたのはジェスター卿の書斎だった。書斎の椅子には、拘束具で固定されたジェスター卿が、なんとも滑稽に見えた。椅子がキャスター付きなのか、ジェスター卿が身じろぎする度にグラグラと円軌道を描いているせいかもしれない。その姿にファミリアは、やっぱりか、と言いたげな表情を見せた。
「彼は警察に引き渡したのではなかったのかしら?」
「クラウツ卿の前でこのようなことを言うのもおかしな話ではございますが、お金を持っている貴族というのは嫌な生き物ですね。釈放だそうですよ。保釈金を倍以上積んだそうです」
「保身のために、ここへの寄付金を使ったと報告すれば勝てるわよ」
「それでもきっと、他の貴族が彼を救い出してしまいます」
「それもそうね」
ファミリアはそう言うと、くるり、と執事を振り返った。執事は彼女が振り向くとアタッシュケースの蓋を開けた。ファミリアはアタッシュケースから愛用の拳銃を取り出すと、ジェスター卿を振り返った。口に銜えている物のせいで、ジェスター卿が何を言っているかは良く解らないが、どうやら弁明の言葉を述べているのは明らかだった。ファミリアは銃口を男に向けると、彼の弁護士に視線を移した。
「わたしへの依頼というのは、これでよろしいのかしら?」
「はい。彼は私たちをスラムからは救ってくださいました。けれど、彼は私たちに自由を与えてはくださらなかった。彼は救ったつもりだったのかもしれません。けれど、私たちは彼の隷属でしかありませんでした・・・。いつも、クラウツ卿がここを訪れるたびに、私たちは貴女の執事を羨ましく思っていました。契約以外のものには縛られていない彼が、私たちには自由の象徴のように見えていましたから・・・」
「そう。そうね。そうだと良いわね」
ファミリアはそう呟くと、トリガーに手をかけ引き金を引いた。弾が人体に当たってはじける音と共に、キャスター付きの椅子に座っていた男の頭に穴があく。反動でキャスター付きの椅子が、前後に何度も揺れて部屋を紅く汚す。少年はその光景とニオイ、恍惚の表情を浮かべる拳銃の持ち主の姿、そして自分に、眩暈と吐き気を覚えた。




