第二話 クラウツ卿とその武器(5)
中庭でカーチスと共に午後のティータイムを楽しんでいたファミリアは、応接室に男たちを移動し終えた執事が迎えに来るのを待っていた。ファミリアはいつも通り、これから起こることを気にする様子もなく、中庭の中央にある噴水の縁に腰掛け、執事が置いていったワゴンからティーカップをとってお茶をすすっている。一方の少年は、ファミリアの隣に腰掛けてはいるものの落ち着かない様子で、執事がやってくるであろう方向と屋敷の間を、目線だけを往復させていた。
「少し落ち着いたらいかが?せっかくの美味しい紅茶が台無しよ」
「ファミリアさん、あの・・・戻らなくて大丈夫なんですか?」
「ええ、大丈夫よ」
さも当然のようにそう言うファミリアは、ワゴンに乗っている白いレースがかかった銀のトレイから、執事お手製の洋菓子をつまみ上げて口へと放り込んだ。
「えっと、時間的な意味じゃなくて、あの人数がもし全員屋敷から逃げ出そうとしたら・・・」
「あら、そんなことを心配していたの?大丈夫よ。セバスチャンは融合児ですもの。巷では、失敗作なんて言われて蔑まれているけれど、彼はちょっと傷の治りが遅いだけのただの融合児よ。わたしたちに比べたらずいぶんと素敵な生き物だと思わないかしら?それに・・・」
「それに?」
「今度わたしを裏切ったら、彼らはこの屋敷から二度と出ることは出来ないわ」
そう言って口元に笑みを浮かべるファミリアに、少年は背筋を冷たいものが流れ落ちていくのを感じた。この人には逆らってはいけない。そう本能が告げているような気がして、震える手を握り締めた。震えを抑えるように俯くと、遠くから執事が歩いてくる足音が聞こえた。
「お嬢さま。準備が整いました」
「ええ。さあ、行きましょう」
執事が声をかけると、ファミリアはカップをワゴンに乗せ、最後の一つのケーキを口に放り込み、応接室へと軽やかにスキップをしながら向かっていった。
ファミリアが応接室に辿り着くと、部屋にいた黒いスーツの男たちは一斉に立ち上がった。彼女が上座にある一人がけのソファに腰掛けると、黒いスーツの男たちはテーブルを囲むように置かれたその他のソファに再び腰を降ろした。彼らの表情は地下牢に居た時とは一変し、昨日屋敷を訪れた時よりもずっと晴れやかであった。
それから数秒遅れて室内へ執事と共に現れた少年に、男たちは驚愕の瞳を向けた。
「生きて、いたのか・・・」
「どういう意味かしら?」
「文字通りの意味です、クラウツ卿。私たちは全員、彼は死んでいると伝えられていたのです」
「それでは、何故この屋敷へ彼を探しに来たのですか?」
執事がそう聞くと、男たちは一瞬アイコンタクトをとったが、これ以上隠し立てをしても得になることはないと判断して再び口を開いた。
「所長が“万が一にも彼が生きていた場合、双子の妹の暴走抑制機能になりかねない”と」
「なるほど、読めてきたわ。それで彼が死んでいるのか、万が一にも生きていた場合には彼を始末し、暴走抑制機能が働かないようにしようとしていたのね」
「あの・・・ロスト・スイッチって?」
少年が申し訳なさそうにおずおずとそう言った。執事は彼をファミリアの隣に移動させながら、口を開いた。
「融合児にはそれぞれ、暴走抑制用のICチップが埋め込まれています。私やメアリ、もちろん貴方にも埋め込まれているはずです。普段そのスイッチはONの状態、つまり力を極限にまで引き出せる状態になっているのです。それが、あることが引き金となってOFFになってしまった場合、その融合児は機能しなくなってしまいます」
「融合児には常に多大な負荷がかかっているわ。だから常に暴走抑制機能はONになっていなければならないのよ。そうでないと融合児としての機能だけではなくて、生き物としての生命活動まで停止してしまうことになるわ」
「つまり、ハンナにとってのそのスイッチが、俺・・・?」
少年が力なくその場に崩れ落ちるのをよそに、ファミリアは話を続けていく。
「そうなるわね。融合児の暴走抑制機能がOFFになるのは、精神状態が不安定になっている時が多いと言われているわ」
「それに加えて、君たちの場合は双子であるということが重要なんだ。君たちは精神の弱さを、お互いが存在しているという確信から保っている。もし君が死んでしまった場合には、彼女は私たちの意図を無視して勝手に自我を失う。そうなると、完璧な兵器としての融合児が完成する。だけどもし、君が彼女の精神状態が不安定な時に彼女に出会ってしまったら?どうなると思う?」
「ハンナが、死ぬ・・・?」
「そうだ。だから私たちは君の生き死にを確認する必要があったんだ」
男たちがそこで言葉を切ると、ファミリアは納得した顔で頷いた。
「解ったわ。それじゃあ、この事を帰ってジル卿や所長に伝えて頂けるかしら?」
「貴女が、彼を匿っている事を・・・ですか?」
「あら、わたしは別に匿っていたわけではないわよ?ねえ、セバスチャン」
「さようでございますね。お嬢さまは拾われた小猿を、保護していただけでございますから。罪にはならないはずでございます」
執事がそう言うと、男たちは静かに頷いて立ち上がった。そしてファミリアに向かって一礼すると、ぞろぞろと屋敷の外へと出て行った。ファミリアはそれを見送ると、口元に楽しげな笑みを浮かべた。一方で少年は、受け止め切れない現実を必死で理解しようとしているのか、ぶつぶつと独り言を呟いていた。




