第二話 クラウツ卿とその武器(4)
翌日の昼を過ぎた頃であろうか。日は既に西の方角へと傾き始めている。
ファミリアはカーチスの部屋を訪れると、その姿に堪え切れずに声を上げて笑っていた。執事によって着せられたであろうその服が、少年には少々どころかだいぶ不恰好に見えたからである。
「服に着られるっていうのは、こういうことを言うのかしらね」
ファミリアはそう言いながら衣装箪笥を開き、今着ている物よりも機能性に優れ、なおかつそれほど貴族らしくない物を選んでセバスチャンに渡した。執事は少年の服を脱がせると、手際よく今受け取った服を着せていく。
「ファミリアさん、昨日はいつ帰ってきたんですか?夕飯にもいなかったから、俺てっきりまだ帰って来ていないんだと思ってたんですけど・・・」
「お嬢さまは、昨日はだいぶお疲れのご様子でしたので、大事をとってお部屋でお休みいただいておりました」
「ごめんなさいね、カーチス。心配をかけて」
ファミリアがにっこりと笑うと、少年は頬を赤く染めて顔をそらした。
「動かないでください。タイが結べないでしょう」
「だって・・・!」
「セバスチャン、あまりイジメてはかわいそうよ」
「失礼致しました」
セバスチャンが少年に服を着せ終わるのを確認すると、ファミリアは彼の部屋の出入り口の扉を開けて一緒に来るように促した。少年が着いて来ているのを確認すると、ファミリアは執事に階段下の扉の鍵を開けさせた。執事がその錠を開くと、地下から湿った空気が昇ってくる。少年が顔をしかめるのをよそに、ファミリアはするすると階段を下っていった。人感センサーになっているのか、彼女が進む速度に合わせて、階段の壁面にある窪みに明かりが灯っていく。
「お久しぶりですわね」
階段も牢屋も、鉄格子以外はすべて石で出来ている。一七世紀のイギリスの地下牢のようなそこには、昨日メアリが椅子の変わりに使っていた男たちが疲れ果てた顔で座っていた。
「クラウツ、きょう・・・」
そう呼ぶ声もどこかか細く、昨日屋敷を訪れた頃の威勢の良さなど微塵も残っていなかった。ファミリアの横にいる少年がお目当ての少年だということには、誰一人として気が付いていないようであった。ファミリアはその姿に少々呆れながらも、再び口を開いた。
「さて、さっそくですけれど用件に入らせていただきますわ。昨日わたしの屋敷に忍び込んで、わたしの書斎から契約書を盗んだのはどなたかしら?」
「彼です!」
「いいえ、彼です!」
「お前・・・何言ってるんだ!それはあいつだろ?!」
「なっ!?お前ら裏切るのか!!」
「お前こそ!」
ファミリアの問いかけに対して、地下牢に居た男たちは勢い良く鉄格子に駆け寄ると、口々に無実を訴えはじめた。大人たちのその無様極まりない姿に、彼女の楽しげな表情が一瞬で無へと変化した。その表情の変化に少年は驚いて彼女の顔を見つめた。
彼女は盛大なため息を吐くと踵を返し、視線だけを鉄格子の中の男たちに鋭く向けた。
「興醒めだわ。セバスチャン、後はいつもどおりに」
「かしこまりました」
そう言い捨てて地上へと戻っていく主人の背に、執事は深々と頭を下げた。
「セバスチャンさん!いつもどおりって、いったい何を・・・?」
「簡単に言ってしまえば拷問です。誰の命令でここに来たのか、何が目的でここに来たのか、それらを全てお話頂くまでお帰しするわけにはまいりません」
「だって、昨日この屋敷で殺しはしないって!」
「地上では(・・・・)ということです。ここは屋敷の中であり、外でもある。それに、私は主人の命令に忠実に従うまででございます」
「ちょっと待って!!」
カーチスはそう叫ぶと、湿って滑りやすくなっている階段をもつれる足で駆け上がっていった。玄関ホールに出ると、自室の方へと戻って行くファミリアの後ろ姿があった。
「ファミリアさん!」
「あら、カーチス。どうかなさったの?」
今しがた、遠回しに人を殺せと命じたとは思えないほどに、彼女の表情はいつも通りだった。和やかに、淑女らしい微笑みで、ファミリアはカーチスを見つめている。
「セバスチャンさんが、彼らを拷問するって!でも、貴女は殺しはしないって昨日聞いて、だけどあの人たちはこの屋敷でのルールを破ったから、バツを受けるのは当然なわけで・・・でも、殺すのはおかしいと思うんです!それで、あの・・・えっと・・・」
息を切らせながら、考えのまとまらない頭をなんとか回転させて紡ぎ出した言葉は、自分でも支離滅裂だとはっきり解るくらいに酷いものだった。けれど、その姿にファミリアは口元に薄い笑みを浮かべた。
「それで、貴方はわたしに何を望むのかしら?」
「彼らを・・・殺さずに、情報を聞き出してください」
「解ったわ。いらっしゃい」
ファミリアはそう言うと元来た道をひきかえし、湿った階段をまるで滑り台を滑り降りるかのように軽やかに降りていく。二人が地下にたどり着くと、ちょうどセバスチャンが男たちの一人を牢屋から出しているところだった。
「おや、お嬢さま。どうかなさいましたか?」
「セバスチャン。彼らを丁重にオモテナシしてちょうだい」
「かしこまりました」
セバスチャンがそう言って一礼すると、ファミリアは頷いてカーチスと共に地上へと戻って行った。少年は満足気な顔を浮かべている。
「まったく。・・・さて、命拾いされましたね、皆さん。客間をご用意してございますので、主人と商談をされる前に一度そちらで昨日からの汚れをお流しください」
執事はそう言って牢から全ての男たちを出すと、男たちを引き連れて地下から地上の玄関ホールへ、玄関ホールから二階の客間へと彼らを案内していった。




