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クラウツ卿と研究所の少年  作者: 馬場未知瑠
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第二話 クラウツ卿とその武器(3)


 それからたっぷり三時間ほど経ってから、ファミリアは屋敷へ戻ってきた。髪がほどかれ、服が乱れている所を見ると、どうやら少年の想像通りの事が行われたようである。

 ファミリアは自室の扉を開けると、わき目も振らずに天蓋付きのベッドへ倒れこんだ。年代物のベッドはいくら女性とは言え、主人が急にかけた重みにご立腹なのか、いつもよりも大きく音を上げた。


「まったく・・・貴族の趣味にはついていけないわ」


 そんなことを気にする素振りすら見せずにそう言う彼女は、笑っているとも怒っているとも言えるような表情で天井を見上げた。ヒラヒラと天蓋が揺れる。その揺れが、自分が思い切りベッドへ登ったからではないということに気付いていた彼女は、ゆっくりと視線だけを扉へ移した。執事が優しい笑顔で主人を見つめ、室内へと入ってくる。


「おかえりなさいませ。紅茶をご用意致しますので、先にシャワーを浴びられてはいかがでしょうか?」


「連れて行ってちょうだい」


「かしこまりました」


 執事はため息混じりにそう言って彼女の手を握ると、動きを止めて思わず顔をしかめた。嗅ぎ慣れたニオイが、彼女の服から芳しく広がる。いや、服だけではない。彼女自身からそのニオイが発せられているのだ。


「・・・ついに、融合児(ハロルド)ともお戯れになられたんですか?」


「迂闊だったわ。・・・“最高のパートナー”っていう言葉を、ジル卿がそう解釈するとは思わなかったんだもの」


 不服そうにそう言う雇い主をベッドから―――いわゆるお姫さま抱っこという形で―――抱き上げるようにして下ろすと、そのままバスルームへ運んでいく。脱衣所に立たされ、着ていた服を脱がされながら、彼女は口を開いた。


「あの男、失敗作(ゼロナンバー)一人と、他にも少なくとも三人の融合児(ハロルド)を所有しているわ。でも、良融児(ワンダー・ベビー)はいないみたいだったわ」


「それはお相手をした人数ということですか?」


「相手をした融合児(ハロルド)失敗作(ゼロナンバー)一人よ。他は普通の男何人かだったわ。ジル卿が手を出してこないと思って油断したわ」


「そのようですね」


 執事はそう言うと濡れないように燕尾服の上着を脱ぎ、自身の服の袖と裾を捲り上げた。そして、彼女をシャワールームのタイル張りの床に立たせると、シャワーのコックを捻った。冷水が勢い良く流れ出る。


「本当、凄いニオイね」


「それは(わたくし)のセリフです。まったく・・・」


「ええ、解っているわ。・・・最悪よね」


「ご理解頂けたようでしたら幸いです」


「あら、わたしはこのニオイにだけ文句を言っているわけではないのよ?わたしと貴方はそう言うことをしたことがないのに、それをジル卿が勘違いしたことにも腹が立っているのよ」


 ファミリアの言葉に少々度肝を抜かれたのか、執事は目を(しばたた)かせて雇い主を見つめた。ファミリアは自らシャワーのコックを捻って水を止めると、執事の横をすり抜けて脱衣所へと戻って行った。


「別に今日のことを忘れさせて欲しいから言っているわけではないのよ?そんなオトメなことを思うくらいなら、こんなやり方はしていないわ。貴方も解っていると思うけれど、この身体はこのセカイで生きていくための、生き抜いていくための、わたしの武器なの。銃やナイフより殺傷能力は劣るけれど、ある意味ではもっとも恐ろしい武器よ。それに・・・貴方の傷を抉るようなことはしたくないわ。それはわたしのポリシーに反することですもの」


「・・・かしこまりました。とりあえず服を着てください。お風邪を召されます」


 執事はそう言うとシャワールームを出て、彼女にバスタオルをかけた。執事はまるで高価な白磁器をそうするように、丁寧に彼女を扱っていく。主人の方も、執事の行動を黙って受け入れている。二人にとっては、これがあたりまえなのである。彼女の身支度を整えて自室に送り出すと、執事は再び口を開いた。


「紅茶をお持ち致しますので、少々お待ちください」


 執事がそう言って頭を下げると、ファミリアは再び勢い良くベッドへ倒れこんだ。先程よりも軽くスプリングが軋み、身体を覆っていたバスローブが乱れる。執事はそれを確認して少々苦笑いすると、雇い主の部屋を後にした。ファミリアがごろごろとベッドの上で左右に意味もなく転がり始めると、執事が紅茶の入ったティーポットとティーカップの乗ったワゴンを押して部屋に現れた。


「・・・ずいぶん早いのね」


「準備をしている途中で貴女がご帰宅されましたので」


 執事はワゴンをベッドの近くまで持っていくと、紅茶をカップへ注ぎながら再び口を開いた。


「貴女がご帰宅される三時間ほど前になりますが。メアリさまがこちらの屋敷でオイタ(・・・)を働いた方々を床に寝かしつけていらっしゃいましたので、彼らを地下の応接室の方へ運ばせていただきました」


「そう。彼らは何をしたのかしら?」


 そう言いながら身体を起こすと、彼女は着崩れたバスローブを気にすることもなく、ベッドに足を崩して正座した。


「カーチスさまが現在使用されているお部屋が荒らされ、お嬢さまの書斎からカーチスさまがサインなされた契約書が盗まれておりました」


「そう。それは大罪ね」


「まったくもってその通りでございます。それで、処罰の方はいかが致しましょうか?」


「・・・そうね」


 ファミリアは受け取った紅茶を一口飲み、用意されていた一口サイズのケーキを(つま)みながら、考え事をしているような表情を浮かべた。答えなど、話を聞いている段階ですでに決まっているというのに。


「いかがいたしましょう?」


 彼女が一杯目の紅茶を飲み終え、多少満足したような表情を浮かべたところで執事は再びそう問いかけた。


「カーチスの決断に委ねるわ」


「かしこまりました」


 執事はそう言ってティーカップを受け取ると、二杯目の紅茶を注ぎ始めた。ファミリアはその様子を見つめながら口元に満足気な薄い笑みを浮かべた。


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