遅れてきた春
「なぜ、誰も私に感謝しないんだろう。こんなに頑張っているのに、皆、ありがとうの一言も言わない」部屋の奥で1人の若い女が、そう怒っていました。彼女も含めて、4人の若い女たちが交代で、この部屋を仕事場として使っていました。皆、仲良く交代で仕事をしていました。皆、自分の仕事が好きで、一生懸命に働いていました。しかし、他の3人と違い、彼女だけが感謝されていませんでした。そのことを知った時、女はひどく腹を立てて、部屋の中に閉じこもりました。そして、春が来る頃・・・
「もうそろそろ春になっても良い頃なんだが・・・一向に温かくならない」空を、やや焦り気味に仰ぎ見ながら、老人は嘆きました。老人は、この国を治める王様でした。王様が、いくら空を見ても、そこには鉛色の雲が垂れ込め、いつ止むともしれない白い雪が、えんえんと降り続いています。それは、春の訪れが、まだまだ遠いことを如実に物語っていました。
季節は、もう5月になりますが、一向に温かくなりません。雪はえんえんと降り続いています。もうこの状態が7か月も続いていました。普段なら、もうとっくに温かくなるはずなのに、温かくなりません。それに、春の訪れを告げる「温かい春の風」が、とっくに、やって来てもいいはずなのに、春の風は吹かず、春を告げる春の草花も咲いていません。
春の風が吹かず、寒い状態が、ずっと続いているため、本来なら、そろそろ畑を耕し、種をまくはずなのに、当然、畑を耕すことも出来ず、種をまくこともできません。そればかりか、いつ止むともしれない雪が、人の往来を妨げ、人々は、外にすら出られない状態となりました。家や道には雪が積もり続け、多くの人々が、寒さに震えながら、家の中で過ごしていました。秋のうちにたくさんの食べ物や暖房用の石炭や薪を蓄えていた家も、もうわずかな量しか残っていませんでした。
「このままでは、飢え死にしてしまうぞ」「王様、何とかしてください!!」いつしか、我慢できなくなった多くの人が雪の中を歩き、王様の住むお城の前に押し掛けるようになりました。家族をを家に残してきたお父さんや、小さな子供の手を引くお母さん、人々のなかには、家に病気のお母さんを残している子供もいました。お城の前でした。では、押し掛けた多くの人々が、お城を護る衛兵に抑えられながら、王様に訴えました。毎日毎日、多くの人が、降りしきる雪の中、お城の廻りに立って、王様に訴えましたが、王様も、どうすることもできません。
「どうすればいいのだろうか?」王様が溜息をついて尋ねました。その顔は、その場にいる誰にも、疲れがたまっていることが分かるまでになっていました。王様はお城の広間に身分の高い家来や偉い学者たちを集めて、長い時間、会議を開いていましたが、皆黙っていました。そこにいる誰もが、なぜ、冬が続いて春が来ないか?など分からなかったのです。
「誰か、分かる者はいないのか?どうすればいいんだ?このままでは、皆寒さで死んでしまうぞ」やや、いらだちながら王様は言いました。しかし、誰も黙ったままでした。王様が、もう一度、広間に集まっている家来や学者たちを見回し、何か言おうとした時でした。「あのう」どこかで声がしました。その声は、まるで子供のような声でした。
思わず皆が、声のした方を向きました。そこには子供によれば、愛らしい金髪の少年が立っていました。眼の覚めるような鮮やかな緑の服を着て、何やら手紙のようなものを持っていました。「お前は何者だ?」王様は、突然目の前に現れた、その子供に尋ねました。子供は答えました。「初めまして、王さま。僕は春の妖精。春の女王様のお使いで来ました」「何?春の女王だと?」「はい。そうです。女王様からの手紙を持ってまいりました」王様が訪ね、子供は答えました。
子供は、いつの間にか、王様の前に進み出て、持っていた手紙を王様に手渡しました。それを広げると、王様は読み始めました。手紙を読み進めていくうちに王様の顔色が、どんどん変わっていくのが、広間に居る人たちにも分かるほどでした。
「どうすればいいのだ?」お手紙を読み終えた王様は思わず叫びました。「何事ですか?王様。その手紙には何と書かれていたのですか?」家来の一人が尋ねました。王様は真っ青になった顔を家来の方に向けて、手紙を渡しました。手紙には、こう書かれていました。
『王よ。あなたにお伝えします。冬の女王が季節の塔に閉じこもったまま出てきません。普段なら私も含めて、春、夏、秋、冬の4人の女王が、それぞれ順番に季節の塔に入り、そこで、一定の期間過ごし、4つの季節を交代で創ります。一番初めの春の女王である私は春の季節を、次の夏の女王は夏を、その次の秋の女王は秋を、最後の冬の女王は冬を創ります。これを交代で、ずっと続けていきます。こうして私たちの世界は一年を4つの季節に分けて続いていくのです。しかし、今年は、王様もご存じのように、いつもと違いました。一年の最後の季節である冬を創る冬の女王が、いつまでたっても、季節の塔から出てこないのです。冬の女王が、いつまでも季節の塔の中から出てこないので、春の女王である私は、いつまでも、当の中に入ることが出来ず、季節は冬のままです。このままでは、ずっと、冬が続くことになるでしょう。王よ、どうか冬の女王を塔から連れ出して、私が、始まりの季節である春を創ることが出来るように助けてください。春の女王より』
「どうすればいいのだ?」王様は、もう一度つぶやきました。「簡単です。直ぐに軍隊を出して、季節の塔から冬の女王を追い出しましょう。そうすれば、もう冬に悩まされることもありません」家来の一人が王様に言いました。「それは困ります」女王の使いの子供が怒った顔で言いました。「そんなことをしてごらんなさい。春の女王ばかりか、夏も秋も怒って、この国には二度と季節が来なくなりますよ」
「では、どうすればいいのかね?」王様は男の子に尋ねました。「とにかく、冬の女王を力で追い出すのではなく、自分から出てくるようにしなければなりません」男の子は答えました。「どうすれば自分から出てきてくれるかな?」王様は身を乗り出して尋ねました。その眼はやや輝いていました。やっと長い謎が解けてきたような気がしたからです。
しかし、謎はまだ残っています。「なぜ、冬の女王は出て来ないのだろうか」王様は尋ねました。「私にも分かりません。しかし、この謎を解き、冬の女王を無事に塔の外に出せば、春の女王が入れ代わりに塔に入り、季節は冬から春になることが出来るでしょう」男の子は答えました。
「それでは困る。何か、塔から離れない原因さえ分からないとは・・・」王様は、また困った表情をしました。「何かないのか?女王を塔の外に出す方法は?」王様が尋ねると、「分かりません」男の子は、きっぱりと答えました。「では、どうすればいいのだ?」「それは、ご自分で考えてください」「では、せめて、その塔がある場所だけでも教えてはもらえぬか?」「お渡しした手紙とは別に、塔のある場所の地図があります」そう言うと男の子は、一枚の地図を王様に渡し、そのまま消えてしまいました。
その場にいる全員が、まるで夢でも見たかのように、この信じられない出来事に、しばらく、動くことは、おろか、話すことすらできませんでした。「夢・・ではないのか?いや、夢ではない。夢ではないぞ。これは本当に起こったことなんだ。春の女王が、あの子供を使いに出して、余に手紙と地図を送ってきた。冬の女王を塔から出せば、また春がやって来る。そうすれば、みんな助かるぞ」王様は2通の手紙を目の前にかざし、そう叫びました。
「誰か、塔の中から女王を出す方法はないか?無事に出すことが出来れば、それにふさわしい褒美を取らせるぞ」王様は辺りを見渡しました。しかし、家来も学者も、その場にいた全ての人が、王様も含めて、黙ってしまいました。なぜ出て来ないか分からないのに、塔から出させる方法など、わからないのです。
王様も含めて、話し合った結果、とにかく、地図にある塔に使者を出し、冬の女王に塔から、出てきてもらうように説得することにしました。そうなると、使者を誰にするかでした。使者は、すぐに決まりました。家来の中にいた年寄りでした。あまり身分は高くありませんでしたが、喧嘩をした者同士を仲直りさせたり、宴会の司会が上手くて、皆を楽しませることが得意な家来でした。
「私は人と話をしたり聞いたりするのが、得意な人間ですから、私が話をして、事情を聴いてきます」年寄りは年に似合わない大きな声で言いました。「では、任せるぞ」王様は言いました。
王様は、さっそくおふれを出し、国中に、今回のことを知らせました。国中が、この老人に全ての期待を託しました。「頼んだぞ」「がんばれよ」城の外には、大勢の人たちが、先程まで、絶望していた顔を希望に溢れる顔に代えて集まり、この年老いた家来を見送りました。ようやく長く続く冬が終わり、待ち続けた春がやって来ると誰もが、そう思いました。
「さあ、どうするかな?」年寄りは一人、馬に揺られながら、女王が閉じこもっている塔までの道を行きながら、考えていました。年寄りは、考えました。(おそらく、話を聞こうにも、聞くことはできないだろう。なぜ、塔に閉じこもっているか聞いたのなら、既に、春の女王が、使いに話しているはず。おそらく、あの子供や春の女王は、一度、塔に行き、話しているはずだ。それでも無理だったから、私たちの所に手紙と地図を送ってきたに違いない)
馬に揺られながら、年寄りは、あれこれ考えましたが、いい知恵は浮かんできませんでした。やがて、陽も暮れて、その日、年寄りは小さな宿屋に泊りました。その晩のことでした。老人は部屋の中で、疲れた体を休めて、ベッドで眠りこけていると、「はははははははははあっははは」部屋の下で、大勢の人たちが楽しそうにお喋りをしていたのが、聞こえました。旅の商人や芸人たちが、1階の広間でトランプをしていたり、面白い話を互いにしては、仲良く笑っていました。「おや?旅のお人?あなたも来なすったかい?」商人らしき男が声をかけてきました。「はい、まあ、そんなところです。」年寄りは、そう言い、話の輪に入っていきました。年寄りは、お茶を頼み、話しに加わりました。しばらく、何気ない雑談が続きましたが、年寄りは、ふと思いました。(なぜ、わしは部屋から出てきたのだろうか?)次の瞬間、年寄りは、席を立ち、宿代とお茶代を払い、お城に戻っていきました。
次の日、年寄りは道化師のような恰好をして着飾った馬に乗っていました。そして、その後には、大勢の芸人や宮廷の歌手、楽人、そしてゲームやスポーツの得意な若者たちが続きました。三日ほど、北に進み、地図に描かれた塔に着きました。ここに、冬の女王が居るのです。「さあ、始めようか」年寄りは、そう言うと、楽人に楽器を弾かせました。明るく楽しくなるような音楽でした。そして、音楽の演奏が終わると、塔の前に、スポーツの簡単な競技場、いろんなゲームの場所、簡単な屋台などを造らせて、そこで、毎日のようにコンサートやスポーツ大会、ゲーム大会などを開きました。屋台では多くの人たちが飲んで騒いでいました。大きな声で笑い声をあげました。
塔の前は、突然、お祭りの会場と化してしまいました。人々の楽しそうな笑い声や応援の声などが、いやでも、塔の中に聞こえてきました。そうしたことが、しばらく続き、ある日を境に、国中で、それまでのことが嘘のように、ピタリと雪がやみ、急速に温かくなっていきました。農民は、ようやく、畑を耕して種をまき、作物を育てることが出来るようになりました。寒く厳しい冬が去り、ようやく人々が待ち望んだ春がやってきたのです。冬の女王が塔の外に出たのです。
しばらくすると、お城に例の緑の服を着た子供が現れ、王様に手紙を2通渡しました。最初の手紙には、こう書かれていました。『王よ。お伝えします。この度の長く続いた冬は、厳しくつらい仕事を行なっているのに、人間たちが、自分への感謝をしなかったことに、冬の女王が怒ったことが原因でした。この度、あなたが、楽団や芸人を送って、冬の女王を慰めたために、今、冬の女王の機嫌は治り、私は無事に塔の中で春を造ることが出来ました。遅くなりましたが、春の季節を送ります。なお、送っていただいた楽人や芸人たちは全て、お返しします。ただ一人を除いては。春の女王』「ただ1人を除いて?」首をかしげながら、王様が、もう1枚の手紙を開くと、そこには、こう書かれていました。
『この度は、素晴らしい贈り物を、ありがとう。あなた方の感謝の証として、ありがたくいただき、今後は、いつも通り、順番に季節を創っていきます。できれば、毎年、4人のうち、誰かが塔に入る時に、あの様な贈り物を送っていただきたいのですが、お願いできませんでしょうか。なお、今回頂いた贈り物のうち、あの老人は気に入ったので、私の傍にずっと置いておきます。あしからず。冬の女王』
王様が手紙を読み終えた頃、聞き覚えのある楽隊の演奏が聞こえ、お城の外では、大きな歓声が上がっていました。そして、その中には、例の年寄りの姿はありませんでした。そして、それ以降、4人の女王が、それぞれ、交代する時期には、塔の前で、盛大なお祭りを行なうようになり、これは現在でも、続いています。
今回、冬の童話への参加表明が遅れてしまい、作品提出が出来なかった作品です。一応、出来上がったので、今回、投稿しました。なんでも結構ですので、、感想を頂ければ幸いです。最後に、作品提出が遅れ、ご迷惑をおかけしたことを心よりお詫び申し上げます。