パン屋のムスメ 二
パン屋は小さいワゴン車を改造した物で、車の側面が上に開くようになっており、備え付けられたガラスケースの中にいくつものパンが並んでいた。
パンは個包装されておらず、中には湯気を上げている物もあった。
よく見ると車の奥の方に小さい竈が設置してあり、手が空いた時にそこで手作りしているようだった。
車には『三つ星パン』という看板が下げられている。
パン屋はそこそこ人気なようで、行列とまでは行かないけれど列ができていたのでリッカもその最後尾に並んだ。
並んでいる間もできたてのパンのいい匂いが漂ってきて、空腹のリッカには並ぶことすら苦行であった。
「いらっしゃいませ~!」
並んでから五分ほどでリッカの番が来た。
まとめ買いする人が多いのか、ショーケースに並んだパンはさっきよりもかなり減っている……。
お腹も減ってるし。
「おすすめはありますか?」
どれもこれもおいしそうで、自分では決めかねているリッカは店員さんに尋ねてみた。
「全部おすすめなんですけど、こちらのりんごパンができたてなので是非食べて欲しいです!」
店員さんが勧めてきたのは中に切ったりんごが入ったアップルパイのようなパンだった。
ホカホカとほのかに白い湯気をまとい、つやつやした表面、辺りに漂うりんごの甘い香り──確かにおいしそう!
よだれも決壊しそうなのでりんごパンとクルミの入ったクルミパンを一つずつ注文した。
「ありがとうございます!」
店員さんはてきぱきとパンを袋に詰めていく。
とても元気な店員さんで顔も可愛らしい。
肩までの長さの髪と少し大きめの丸めがねがよく似合っている。
パンを入れてもらっている間、車に貼られているチラシを見ていたのだが、その中にある『人さらい』の文字が一際目を引いた。
貼り紙によると最近この辺りで女性や子供を狙った誘拐事件が多発しているとのこと。
不審者を見つけたら警察か店員まで連絡を……。
「え……店員さんに連絡?」
つい声が出てしまった。
警察はわかるが、店員さんに連絡してどうにかしてもらえるものなのか?
「あ、うち、緊急避難所として登録してるので何かあったら警察と連携が取れるようになってるんです」
「そういうことだったんですね」
リッカは、代金を支払い店員さんからパンを受け取る。
まだ温かい。
「お姉さんは旅行者ですか? 地元の人じゃないといなくなっても気付きにくいから狙われやすいんです。気をつけて下さいね」
「ありがとうございます」
ふと後ろを見ると、人の列が増えてたので、リッカはそこで話を切り上げる。
本当はまだ聞きたいことがあったのだが──。
それは──今日寝泊まりする場所がないのだ。
昨日は奇跡的に教会に泊めてもらえることになったが、今日はそうはいかない。
どこかホテルを探さないといけないのだが、右も左もよくわからないリッカは、迷った挙句とりあえず……パンを食べることにした。
さっきからいい匂いを放っているパンが食べたくて仕方がなかったのだ。
折角焼きたてなんだし、今食べないと損です!
リッカはその場で立ったまま店員さんおすすめのりんごパンを一口……。
「うまっ!!」
あまりのおいしさに声が出てしまった。
いやいや、これはおいしすぎます! こんなところで食べ歩きしている場合じゃないです!
そう思いながら、残りのりんごパンを袋にしまい、ホテル探しを始めるリッカ。
人に聞きながら宿に辿り着いたのは二時間後のことだった。
気がつけば残しておいたりんごパンがなくなっている。
おかしいなぁ……と思いつつジャムの付いた指を舐めるリッカ。
「もう一つは……部屋で食べます……!」