パン屋のムスメ 一
「日が暮れる前に到着して良かったです」
教会を出発したリッカは、鉄道の街『シンフォード』へやってきた。
この街は、いくつもの鉄道が通っており、あらゆる地域への通過点となっている。
入り組んだ線路とあちこちに設置された改札口、それぞれの目的地へと向かう人でごちゃごちゃしているこの街は、貿易も盛んに行われており、めずらしい品物が手に入ったりもする。
これと言った目的地もないリッカは、気の向くままに道を進み、シンフォードへと辿り着いた。
とりあえず座れる場所を……。
キョロキョロと辺りを見回してみると、市民の憩いの場となっている広場を見つけた。
だが、そこには旅行客らしき大荷物を持った人でごった返していて、どのベンチもいっぱいだった。
あからさまにうんざりした顔をしながらも、そろそろ出発しそうな人の背後に陣取り、テーブル席が空くのを待つリッカであった。
* * *
リッカが席に付くことができたのは見知らぬ人の背中を眺め始めて一時間も経った頃だった。
なぜ誰も席を立たない……。
心身共に疲れ切ったリッカは不機嫌を通り越して今この場にいる人全員を恨み始めていた。
そんなリッカだが、肩に掛けていた鞄から取り出した包一つで機嫌を直してしまうのだった。
取り出した包み──それは教会を出る前にシーラからもらったお弁当だった。
シーラはサンドウィッチだと言っていたが、腹ぺこのリッカはシーラのおいしい手料理を想像するだけでよだれが止まらない。
いざ、包みを開けようとしたその時、
ガツン!
リッカの座っていた椅子の脚に何かが当たった。
「?」
椅子に腰掛けた状態で上半身を折り曲げ足下を確認するも、特におかしな点は見当たらなかった。
何かゴミでもぶつかったかな? と思いながらテーブルに視線を戻すと……。
包みがない。
思考が停止すること数秒。
再起動したリッカは自分の周り、テーブルの下、椅子の下、鞄の中、至る所を探してみたが包みは見つからなかった。
ドン!!
顔を伏せながら両の拳をテーブルに叩きつけるリッカ。
その表情はとても人には見せられない形相をしており、このまま悪魔になってしまうのではないかという勢いだ。
般若の形相から人の表情へと感情を落ち着かせつつも、歯ぎしりをしながら顔を上げ辺りを見渡す。
「ダレガヌスンダ……」
今のリッカなら、犯人を見つけ次第そのままあの世へ送ってしまいそうだ。
そんなリッカの視界に『あるもの』が入り込んだ。
移動式のパン屋だ。
「パン……」
ジト目でパン屋を眺めているとお腹の虫がゴーサインを出してきたので仕方なくパン屋へ向かうことにした。
仕方がありません……もう私はパンを食べる準備ができているのだから……。
そう思いながらふらふらパン屋へと向かうリッカだった。