教会のムスメ 七
暗闇に放たれる溢れるばかりの光。
それはリッカの手元からだった。
リッカの手の中にある手の平大の宝石、光はそこから放たれていた。
「下がっていて下さい」
リッカに言われるままシスター・クレアとシーラは広場の隅へ移動する。
強い光を放っていた宝石はいつの間にか金色に輝く銃へと変貌していた。
「この野郎!」
光に目がくらみ動けずにいる男たちの内、一人がリッカに銃を向ける。
リッカは横に飛び退きながら男の手元めがけて弾丸を放つ。
「ぐぁっ」
弾は命中、男の手から銃が落ちる。
落ちた銃はまた別の男の手に渡り、もう一度銃口がリッカに向けられた。
しかし、引き金を引くよりも早く銃は撃ち落とされた。
「武器は飛び道具しかないんですか?」
不敵な笑みを浮かべながらリッカは自分の銃口を空に向ける。
すると、銃は光を放ちながら金色のハンマーへと形を変えた。
「なんだあれ!?」
目の前で起きていることの意味がわからずたじろぐ男の横から、手に金属の棒を握った男が飛び出す。
「だぁああああ!」
「威勢だけは立派です!」
リッカは余裕でハンマーを横に一振り、男が持つ金属棒をはじき飛ばす。
そしてそのままの回転し、後ろ向きにハンマーを男の脇腹に叩き込む。
吹き飛ばされた男はあまりの痛みにその場でのたうち回るが、リッカの勢いは止まらない。
狙いを残りの男たちに定め走り出す。
「粛、正っ!!」
逃げだそうと背中を向ける男へリッカはハンマーを振り下ろす。
一人、二人とその場に倒れ込みラスト一人も、もちろん仲良く道連れに。
勝負はリッカの圧勝で幕を閉じたのだった。
* * *
「さて、懺悔をするなら聞きますけど?」
男たちは、四人揃って金色のロープで縛られ身動きが取れない状態だった。
諦めがついているのか暴れることもない。
「どうして私たちを狙ったんです?」
リッカの追求にリーダー格の男が話し始めた。
「……街で起きてる窃盗事件が、全部俺たちのせいにされてたんだよ。やってねぇって言っても信じてもらえないし……。だから自分たちで犯人捕まえて仕返ししてやろうって話になって……」
「つまりは、濡れ衣を着せられた腹いせに私たちを襲ったと言うことなのですね」
「……」
男は黙って頷く。
シーラは青い顔をして黙り込んでいる。
自分のしたことが思わぬ方向に発展していて困惑しているのだろう。
その肩は小刻みに震えている。
「そうですか……急に襲われた為攻撃してしまいました、ごめんなさい。迷惑を掛けてしまったことも謝ります。ごめんなさい。だからとっととこの場から立ち去って下さい」
棒読みかつ早口でそう告げ、ロープをほどいてやるリッカ。
丁寧な口調で言葉を放ちつつも、リッカのその目はとても冷たく、視線は男たちに向けられてはいるものの思考は別の場所にあるように感じられた。
このままここにいては殺られる────本能で悟った男たちはぺこぺこ頭を下げながら脱兎のごとく闇夜に消えていった。
「さて、お説教タイムといきますか?」
リッカは背筋も凍るほどの満面の笑みでシーラへ向き直る。
「……ごめんなさい……私……」
耐えきれず涙を流し始めるシーラ。
いくら教会の子供たちの為とは言え、自分のしたことの重大さにようやく気付いたのだろう。
……今回の件、私が介入する事じゃないですかね。
そう思いながらシスター・クレアをちらっと見る。
「私こそごめんなさい……私がしっかりしてないばかりにシーラにこんな事をさせてしまいました……」
シーラよりも大粒の涙を流しているシスター・クレア。
もしかしたら何もまとまらないかも……とリッカは不安になってしまった。
コホン、と一つ咳払い。
「お二人とも」
涙ながらにリッカへ顔を向けるシーラ、そして目も向けられないほど涙で顔がぐしゃぐしゃなシスター・クレア。
「シーラのしたことは、どんな事情があれ許されることではありません。他の人を不幸にしてまで幸せになりたいですか? あなたのしたことを子供たちが知った時、みんなは喜ぶでしょうか?」
シーラは唇をぎゅっと結んだ。
「シスター・クレア、あなたは神に頼りすぎ、努力を怠っているのでは? 神は努力をしない人間には見向きもしません。シーラの行動はあなたが頼りないことも原因の一つです。改善する必要がありますね?」
「はい」
シスター・クレアは両手を組み、目を閉じる。
シーラもそれに倣い手を組んだ。
「後のことはあなた方に任せます。とりあえず……」
一呼吸。
「今夜も泊めてもらえませんか?」
えへへ、と頭に手をやるリッカを、二人は喜んで受け入れてくれた。
そして、我が家へ帰るかのごとく意気揚々と歩を進めるリッカにシスター・クレアが語りかける。
「あの……あなたは何者なのです?」
リッカは振り向きながら当たり前のようにこう答えた。
「私はただの役所の犬です」
* * *
翌朝、深夜のお勤めのせいで寝坊してしまったリッカが目覚めたのは、お昼ご飯を用意し始める時間帯だった。
目覚めて早々、アリスに「おはよう、出戻りさん」なんて挨拶をくらってしまったが、今では微笑ましく感じられる。
庭ではいつものように子供たちが元気にはしゃいでいる。
グゥ。
リッカのお腹の虫もいつもの調子だった。
起きたばかりだが、お腹は空いている。
でも、お昼をいただくのは図々しいか……。
いや、それも今更か……。
あれこれ考えながらもとにかく挨拶をと思い、シスター・クレアを探していると、ふと、家の裏手の方から何か音が聞こえてきた。
こっちにも何かあったのか──そう思いながら裏手に回ると、そこにはださい格好をして土にまみれ、鍬を振るっているおばちゃ……
「シスター・クレア!?」
汚れたださいおばちゃんだと思ってたのは、修道服を脱いだシスター・クレアだった。
私服!?
あのださい服は私服なの!?
口に出したら世界が終わりそうなことを思いながらシスター・クレアに近づく。
「おはようございます♪」
額に汗する……程度ではまったくない程流れる汗を、首に掛けたタオルで拭いながらシスター・クレアは挨拶をする。
普段の清楚な雰囲気は微塵も感じさせない。
しかし、表情は今までよりも生き生きとしていた。
「な、なにをしてるんですか?」
「私、農家になることにしました♪」
「はい!?」
リッカは目が点だ。
「昨日、リッカさんに言われて気付いたんです。確かに私、努力をしていませんでした。祈るだけではだめなんだって思い知らされました。だから、シーラと話し合って……農家になることに決めたんです!」
言いながらガッツポーズを決めるシスター・クレア。
鍬から両手を離したせいで鍬が倒れる。
それを拾いに行くシスター・クレア……ってこの流れだと『お約束』が来てしまうのでは!?
案の定、鍬の先っぽを踏みつけ、反動で起き上がった柄の部分がおでこにヒット!
シスター・クレアってこんなキャラでしたっけ!?
修道服補正凄すぎる!!
「あ、そう言えば……」
額の痛みも何のその、シスター・クレアが何かを言いかけたその時……。
「おはよう、リッカさん」
背後からシーラの声がした。
振り返るとそこにはシーラの姿────だったのだが……。
「髪が……」
普段、後ろで結っていた髪が短くなっていた。
「朝、目覚めてすぐにシスター・クレアと一緒に街まで行ったんです。みんなに謝って、ちゃんと罰を受けようと思って……。そしたら街の人は、私が未成年ってことと、事情が事情だからってことで保護観察? にしてくれたんですよね」
短くなった髪が恥ずかしいのか、罰を受けるつもりが町の人々の優しさに触れ戸惑っているのかシーラは複雑な様子だった。
そこへすかさず、
「でも、きちんと罪は償わないとだめですよ!」
めっ! と子供を叱りつけるようにシーラに詰め寄るシスター・クレアだった。
「そんなんで大丈夫なんですか……? おまわりさん……」
町の人々の対応に呆れてしまうリッカだったがシスター・クレアはきょとんとして、
「まぁ、田舎ですし」
と、特に不思議に思うこともなく、当たり前のように言ってのけた。
やっぱり修道服は着てた方がいいんじゃないかなと思うリッカであった。
「ところで、あのキラキラ光る物はなんだったんです? 武器になったり、ロープになったりするやつ」
シーラの質問に対し、リッカはポケットの中から【それ】を取りだした。
「これは『愛の神託』です」
昨夜は暗闇で強い光を放っていた為はっきりと見えなかったが、それは手の平サイズのタンポポを象った宝石だった。
全体が黄色いクリスタルで作られており、それ以外に装飾物は付いていない。
今は昨夜のように光を放ってはいないが、それでも太陽の光を反射してキラキラ輝いていた。
「凄くきれい……」
「私のお守りです」
そう言いながら『愛の神託』ポケットへしまう。
「それにしても、ばっさりいっちゃいましたね」
話を逸らすようにリッカは髪を切る仕草をしてみせる。
シーラは毛先をいじりながら少し寂しそうに微笑んだ。
「町に行った時にけじめとして切ってもらったんです。シスター・クレアも『神』を捨てるし、じゃぁ、私は『髪』を捨てようかなって」
「ダジャレですか!?」
「私は神を捨てたわけじゃありませんよ! 努力を怠っていたことを改めようと……」
響き渡る笑い声、溢れる笑顔。
広がる青空、心も晴れ渡ってます!
神様、この者たちは、無事救われたようです。
転職完了。