教会のムスメ 六
時は真夜中。
草木も人も眠りについているこの時間。
暗闇に紛れる影一つ。
その影は誰にも気付かれないようにある家の門をくぐり裏手に回ると、勝手口の前に来た。
もちろん鍵はかかっている。
だが、こんな片田舎の古びた一軒家。
しっかりとしたセキュリティがなされているわけでもなく、その鍵はいとも簡単に解かれてしまうのだった。
家の中に人の気配はない。
だが、影は用心深く音を立てないように移動する。
窓からその姿が見えないように注意しながら……。
引き出しを開け、宝石などの金品を探す。
豪奢な模様が彫られた金色の懐中時計が入っていた。
その価値はわからないが、売ればいくらかの金にはなるだろう。
そう思い、それをバッグの中に入れる。
「何をしているのですか」
突然の声にびくっと体を震わせる影。
振り向くと逆光で姿がよく見えないが、静かに、だけども重みのある口調で語りかける者が居た。
「ここはあなたの家ではないはずです」
更に言葉を投げかける。
その者は静かに一歩踏み出し、月明かりの元に顔を晒す。
リッカだった。
リッカは、厳しくも哀しい眼差しを向けていた。
「教会を出てから私なりに調査をしていました。ここのところ街を騒がせている空き巣について。昨日の夜も出掛けていましたね。昨日はゴードンさんのお宅でしたか?」
影は一言もしゃべらない。
身じろぎもしない。
だが、リッカは続ける。
「毎日教会に来るおばあさんにも会って話を聞きました。おばあさんは空き巣に入られた家の人をとても心配しており、教会へやってきては皆さんの幸せを願っていました。ですが、それが徒となったのですね。『次に家を空ける予定のある人』の心配もしてしまっていました。もちろん名指しで。」
ここまで言っても影に動きはない。
外は若干雲があり、雲間に見え隠れする月明かりも今はなく、辺りは薄暗かった。
「あなたはおばあさんから情報を聞き、留守となった家に夜な夜な忍び込んでは物を盗んだ。今朝、人形騒動がありましたが、あれもあなたが関わっているのでしょうか?……いや、あれは違いましたね。『拾った』とあの子が言ってましたもの」
わずかに影が体制を変えた。
強ばっていた体から力が抜けるのが目に見えてわかった。
やはりこの人は……。
「どうしてこんなことをするのですか? シスター・クレア」
リッカの問いかけと同時に雲間が晴れ、今まで輪郭しかわからなかった影の姿を照らし出した。
「えぇえええええ!?」
リッカは思わず大声を上げてしまった。
そこにいたのはシーラだった。
シスター・クレアじゃなくてシーラが犯人!?
どうして!? と言う思いもあるが、あそこまでシリアスに語っておきながら肝心の犯人当てを外すなんて恥ずかしすぎる……!
「……あの人がこんなことするわけないじゃん」
リッカの勘違いはスルーの方向で、諦めとも呆れとも取れる表情を浮かべながらシーラが言った。
「あの人はどこまでもお人好しだから、何でも平和的に解決しようとして……でも結局は何も解決できなくて……。教会の様子見たでしょ? ボロボロの家にあれだけ子供たちがいるのに教会には収入がないんだよ? でもシスター・クレアは神様が助けてくれるとか何とか言っちゃってさ」
シーラの体は震えていた。
「いつ助けてくれるのかもわからない神様を待ち続けるなんてできる!? その間もお腹は空くし、毎日の生活があるんだよ! そもそも神様が本当に私たちを助けてくれるなら、私もあの子たちも親に捨てられるなんてことなかったはずでしょ?!」
涙を堪えながら感情をぶつけるシーラ。
今までずっと一人で耐えてきて、誰にも相談できずに辛い思いをしてきたんだと思うとリッカも何も言えなかった。
でも、だからといってシーラのしてきたことが許されるわけじゃない。
何があっても人の道に外れたことはしてはいけない。
リッカは意を決して拳に力を込めた。
そして、私のありったけの思いを語り始め────
「シーラ……!」
リッカは言葉に詰まって咳き込みそうになった。
リッカの後ろからシーラを呼ぶ声が聞こえてきたのである。
声のする方に目を向けるシーラ、後ろを振り返り暗闇に目を細めるリッカ。
シスター・クレアがそこにいた。
どうしてシスター・クレアがここに!?
て言うかいつからいたの!?
このタイミングで声かけてくるとか、一連の流れを把握してるんじゃないんですか!?
リッカは流された犯人当てを思いだし、更に恥ずかしさMaxで場から逃げ出してしまいそうだ。
「シスター・クレア……」
驚きの表情を浮かべるシーラ。
「ごめんなさい……私のせいで……」
涙を流しながら謝るシスター・クレア。
ここでもリッカの件はスルーされるようです。
「私が至らないばかりに、あなたに辛い思いをさせてしまいました……許して下さい……」
「…………」
泣きながらひたすら謝るシスター・クレアにシーラは何も言わない。
いや、何も言えないんだとリッカは思った。
子供たちのお世話をしているとは言えまだ十五歳。
シーラだって子供だ。
親に甘えたい気持ちもあるだろう。
いつから今の生活を続けているかは知らないけれど、もっと前から誰にも頼れず、弱音も吐かず、自分が何とかしないとと思いながら頑張ってきたんだろう。
「えっと……口を挟んで申し訳ないのですが……どうしてシスター・クレアがここに……?」
どうしても気になっていたリッカは口を挟まずにはいられなかった。
「あ……そうですね……。今日……つまりさっきですね、なかなか寝付けなくて、お水を取りに行こうと思ったらシーラが外に出ていくのを見かけまして……何かあったのかと心配になり後を付けてきたんです」
「シスター・クレアは、シーラがこういうことをしているのを知っていたわけではないのですね?」
「いえ、全く……」
一緒に暮らしてて、財政状況も把握しているであろうシスター・クレアが何も不思議に思わなかったという事実を目の当たりにして軽く引いてしまうリッカ。
なるほど、平和主義者ですね……。
これならシーラが何とかしなきゃと思うのも無理ないか……。
「あのメモはシーラの行動を知っていたからでは?」
「メモ?」
机の上に置いてあったメモの事だ。
「……それ、私のメモじゃないかな……」
ずっと黙っていたシーラが口を開いた。
「ゴードンさんのやつでしょ? それ私。見られてたとは思わなかったけど……」
あの部屋はシスター・クレアの部屋ではなくてシーラの部屋だったのか。
個室を与えられているとは、やはりあの家でのシーラの立場は相当なんだろうなと思った。
「じゃぁ、シスター・クレアは昨日の夜どこにいたんですか?」
「部屋で寝てましたよ? リッカさんとは別の大部屋ですけど、私、一人では寝られないのでみんなと一緒に寝てるんです」
恥ずかしそうに肩をすくめ、ペロッと舌を出してみせるシスター・クレア。
なんか、どんどんだめな人になってきてますよ……。
事件とは関係なく言いたいことは色々あるが、リッカには迷っている一言がある。
それは『自首をするかどうか』。
この状況を見る限り、シーラに逃げ隠れするつもりはなさそうだった。
シスター・クレアも自分が悪いと思ってるし、シーラを咎めることもなさそう。
だとしたら、ここは第三者である自分がしっかりしなければいけないのでは……そう思っていた。
「とりあえず…………出ます?」
リッカは言葉を飲み込んだ。
あまり長居するのも危険だと思い、一旦外へ出るよう促す。
シスター・クレアは、そうですねと頷いた。
シーラも何も言わないが同意のようだった。
家を出る前にシーラは、バッグの中からさっき手に入れた懐中時計を取り出し、元の場所へと戻した。
* * *
人に見られないように身を隠しながら家を出る三人。
何事もなく帰れると思った矢先……。
ジャリ……。
裏口を囲むようにそびえる影が四つ……。
明かりがなくその姿はよく見えないが、とてもいい状況でないのは確かだった。
「お前たちが例の空き巣か?」
ドスの効いた低い声。
「どちら様でしょうか?」
ここでびびってはいけない。
リッカは恐怖を悟られないようにしっかりとした口調で答えた。
「お前たちのしたことで迷惑してる人間だよ」
声の主は太い腕を伸ばしてリッカの腕を掴み後ろに捻り上げる。
それを合図にシスター・クレアとシーラも同じように腕を掴まれ身動きが取れなくなった。
「痛いっ……!」
悲痛の声を上げるシーラ。
「ら、乱暴はやめてください!」
震える声で抵抗するシスター・クレア。
「連れてけ」
抵抗むなしく、リッカたちは、そのままの状態で少し開けた場所まで連れていかれた。
連れて行かれた場所は、周りには建物がほとんどなく整備もされていない野原だった。
街の明かりが届かないこの場所は月明かりだけが頼りだった。
そこに着くなり無造作に投げ出される三人。
地面に転がるリッカたちの前には、四人の柄の悪い男たち。
ゴロツキか……。
しかもなにか迷惑掛けられて怒ってる様子。
一体何があったのか知りませんが、これはまずい状況なのではないでしょうか……。
「やっと礼ができるぜ」
そう言いながらにやにやと笑う男。
その手には拳銃が握られており、掌で弄ばれるように上下左右に揺り動かされ、その度に鈍い光を放っている。
「神様……」
シスター・クレアはその場に座りこみ、震える両手を組んで神に祈る。
シーラはそんなシスター・クレアの肩を抱きながら男たちを睨んでいる。
神様はほんとうにいじわるです。
こんなに試練を与えるなんて……。
リッカはシスター・クレアとシーラを庇うように前に立つ。
神様が助けてあげないのなら、
私が助けてあげるまでです!
その時、辺りが光に包まれた。