教会のムスメ 五
翌朝、まだ日が出始めの薄っすらと青みがかった空をリッカは眺めていた。
疲れていた割に早く目が冷めてしまったリッカ。
昨夜のことが気になっているのだろうか……。
リッカが目覚めた頃には、シスター・クレアは朝のお勤めをしているところで、その様子に変わったところは見受けられなかった。
「さて、と」
ポツリと呟き、リッカは自分の少ない荷物をまとめる。
何かと気になることはありつつも、いつまでもここに居座るわけには行かない。
人には人の生活があるのです。
リッカは、まだ朝の涼しい間に教会を立つことに決めた。
のだが、折角だからと朝食を勧められ、空腹に負けたリッカはそれを断ることもできず、当然ながらおいしくいただき(もちろん量に満足はしていないが味は最高だった)、今はお世話になったお礼にとアリスと二人でみんなの食器を洗っているところだった。
「食器洗ったらすぐ出るの?」
「そうですね、そうしないとまたタイミング逃してしまいそうなので」
苦笑するリッカ。
「…………そう」
今日のアリスは口数が少なかった。
人見知りがある様子ではないし、言うことは言う。
その人に対する興味の有無はあるんだろうけど、リッカに対しての不信感は薄まっていたように感じていた。
何か言いたいことがあるのでは……?
そう思っていた矢先、外が騒がしくなってきた。
誰かが怒鳴る声がする。
「何?」
まだ泡だらけの食器を置き、アリスが走り出す。
リッカもそれに続いた。
「あんたが犯人なんでしょう!?」
「違います!」
トラブルが起きていたのは教会の敷地への入り口付近だった。
門を間に挟み、外側に三人の女性。
うち一人の女性が子供を連れて怒鳴り声を上げている。
こちら側ではシスター・クレアが対応しているが、アネットと同じ歳くらいの女の子がシスター・クレアにしがみつき怯えている。
その子の腕の中には女の子の人形が……。
「絶対私のお人形! 死んだおばあちゃんが私に作ってくれた物なの!」
「この前空き巣に入られた時になくなった物よ! それをこの子供が持ってるって事はあんたが盗んだからでしょう!?」
「私は盗みなど行っていませんし、これはこの子が拾ったと言っています! 何かの間違いでは……」
状況から察するに、教会の女の子が持っている人形が、以前空き巣に入られた時になくなった人形と酷似している。
だからお前が盗んだんだろうと街の人が怒鳴り込んできている、といったところか。
周りには他の子供たちも集まってきているが、シーラが近づかないようにとそれを制している。
アリスは少し離れたところから黙って全てのやり取りを眺めている。
リッカは、それより更に離れたところから様子を窺っていた。
一通り怒鳴り終えて気が済んだのか、しばらくすると街人は帰って行った。
人形の持ち主だと主張していた子供だけが、名残惜しそうに後ろを振り返っている。
シスター・クレアは、ただひたすらに子供の無実を叫んでいた。
人形を抱えている女の子は恐怖に体を震わせている。
朝から見たくはなかったですね。
そう思いながらリッカは一足早く、食器を洗いに台所へ戻った。
「それでは、お世話になりました」
騒動から一時間程後、リッカは教会を出ようとしていた。
見送りには教会で暮らす全員が集まってくれて、リッカの涙腺が緩んでしまいそうだ。
「大したおもてなしもできず、申し訳ありません」
シスター・クレアは申し訳なさそうに頭を下げる。
「全然そんなことありません! アネットが連れてきてくれなかったら、私はお腹を空かせて野宿をしていたところですよ」
きっとそうなってたに違いない。
自虐気味に言いながらリッカは魂のこもらない目でとおぉぉくの方を眺めていた。
「リッカさん、これ、お昼に食べて」
シーラから渡されたのは小さな紙の包みだった。
受け取るとほんのり温かい。
「これはもしや!!」
目をキラキラさせながら目の高さまで包みを持ち上げ匂い、もとい香りを嗅ぐ。
「お弁当。中身は開けてからのお楽しみね」
そう言いながらシーラはウィンクをした。
感動のあまり言葉を失うリッカ。
みんなと別れる寂しさと感動で、ついにリッカの涙のダムは決壊してしまった。
一通りみんなと別れの挨拶を済ませたリッカだったが、そこにアリスがいないことに気付いた。
「アリスちゃんは?」
「あの子は、こういう別れって苦手なんです。でも、リッカさんのこと気に入ってた分、特に寂しいんだと思いますよ」
シスター・クレアは我が子の話をするように優しく微笑んでいた。
本当に、聖母ですね。
しかし、アリスちゃんが私を気に入ってくれていたとは……。
あまりのツンデレぶりに全然気づきませんでした。
ツンの部分しか見せてくれないアリスちゃんの姿が見られないのは残念だったが、リッカは教会を後にした。