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教会のムスメ 四

「みんな、席に着いたー?」

「はーい!」

 夕飯時、教会で暮らす全員が食堂に集まっていた。

 大人も子供も、合わせて二十名近い人が集う食卓は非常に賑やかであった。

 リッカはと言えば、子供たちと遊んでいるうちに日が暮れ、なら一緒に食事でもどうですか? とシスター・クレアに誘われるままに夕飯にお呼ばれしているのだった。


 食事の支度は小さい子供たちを除いたメンバーで行うのがここのしきたりらしい。

 アネットは支度をせずに大人しく椅子に座っており、アリスは料理の入った食器をテーブルに並べている。

 シーラに至っては料理を作り、配膳をし、更に席に着かないやんちゃな子供たちの相手までしていたから感服する。

 しかし、テーブルに並んでいるのは手料理作ったよと自慢げに言える程ではなく、それは慎ましやかなものだった。

大人数と言うこともあるのだろうが同じ料理が大量に用意されていて、どれでも好きなものを取って──と言うわけにもいかないようだ。

 一人分の量も多くはない。

 それでも子供たちにとって目の前に並んでいるのは、まごうことなきごちそうであった。

 食べる前には神への感謝の言葉を述べ、みんなが一斉に食べ始める。

 誰もその食事に文句を言うこともなく、物を食べられる事に心から感謝し、食事を楽しんでいるように見えた。

 今日一日、と言っても数時間のことだけれど、子供たちと接する中でこの教会が決して裕福ではないことをリッカは悟っていた。

 それでもこうして自分を食事に招き、もてなしてくれていることがとても嬉しかった。

 シーラの料理は質素(と言っては失礼だが)ながらも一流料理人に負けないくらいおいしかった。

 この食卓の雰囲気も隠し味になっているのだろう。

「どうですか? お口に合いますか?」

 少し緊張した面持ちでリッカの正面に座るシーラが話しかけてきた。

「凄くおいしいです! 毎日食べたいくらいです!」

「よかったぁ」

 照れながらもほっとした様子のシーラ。

 リッカの言葉に偽りはなかったが、相当お腹が空いていた為本当はがっつきたかった。

 おかわりをしてお腹が破裂するくらい満腹になりたかったが、そこは我慢し、行儀良くおしとやかに料理を口に運ぶことにした。

「子供たちもすっかりリッカさんの事気に入ってるみたいだし、今日は泊まっていったらどうですか? 辺りも暗くなってますし……どうですか? シスター・クレア」

 シーラがシスター・クレアに提案をする。

「え……? あ……そうですね……でも、リッカさんにも都合がありますし……」

「私はむしろお願いしたいくらいですが……」

 と言いながらリッカの斜め左前、お誕生日席に座るシスター・クレアの方を見ると、シスター・クレアの笑顔が引きつっているように見えた。

 さすがに泊まるというのは図々しいか……。

 そう思ったが時既に遅し。

 側で話を聞いていた子供たちが、リッカが泊まってくことにはしゃぎ始めてしまったのだ。

「みんなも喜んでますし、いいですよね? シスター・クレア」

 シーラの後押しもあり、リッカは教会に泊めてもらうことになった。

「…………」

 承諾してくれたものの、シスター・クレアは浮かない表情をしている。

 子供たちが外部の人間と接触するのを好まないというシスター・クレア。

 やはりリッカも部外者と言うことで気が進まないんだろう……。

 リッカは内心気まずく思いつつ、気にした様子を悟られないように他の子供たちとの食事を楽しんだ。




 *   *   *




 その夜。

 リッカは布団に横になりなつつも眠れずにいた。

 用意された布団は薄っぺらく、横になると床の堅さで体が痛くなった。

 いや、眠れない理由はそうじゃない。


 お腹が空いているのだ。


 ぶっちゃけ晩御飯は少なかった。

 大食いではないリッカだが、人並みの量も食べることができなかったし、みんなの食事風景を眺めていると、とてもおかわりができる雰囲気でもなかった。


 グゥ。


 寝返りを打つとその反動で胃が動き、お腹が鳴ってしまう。

 みんなでいわゆる『雑魚寝』をしている為、真横で子供たちが寝息を立てている。

 一人に一枚布団が用意されているわけではないから、隣同士の間隔も狭い。


 グゥ。


 左を向いていた体を右に向けるとまたお腹が鳴った。

 このまま何も考えず、無の境地に至れば……。

 そう思っていた時だった。

 微かにお腹の音ではない音が聞こえた気がする。

 遠くの方から──外?

 幸いにもリッカが寝ていた場所は窓の側だった。

 リッカは不審者がいた場合に備えて、少しだけ顔を覗かせ辺りの様子を窺った。

 動きはない。

 耳を澄ましても何の音も聞こえない。

 気のせいか……そう思ってまた寝に入ろうとしたその時、視界の隅で動くものがあった。

 ちらっとしか見えなかったが、人影だった。

 しかし、辺りは暗闇。

 街灯もない街の外れだから、頼りの明かりは月明かりのみ。

 だが、月明かりは心許なく、その人物の輪郭を浮かび上がらせることはできても、人物を特定するまでには行かなかった。

 その人物の動きを見ると、この教会から外に出て行くようだった。

 ここでリッカの頭をよぎったのは、昼間アリスから聞いた空き巣の話だ。

『街の方で空き巣が相次いでいて──』

 アリスは盗られるものは何もないからと高を括っていたが、万が一と言うこともある。

 そう思い始めると、もう、そうとしか考えられなくなっていたリッカは、シスター・クレアに言わなければ! という使命感に駆られていた。




 *   *   *




 寝ている子供たちを起こさないように部屋を出たはいいが、肝心のシスター・クレアの部屋がわからない……。

 とは言え、そんなに広い家じゃない。

 一つずつ当たっていけばその内見つかるだろうと考え、リッカは近場の扉から中を覗き始める。

 二つ目の扉を開けたところで、シスター・クレアの部屋であろう個室を見つけた。

 そこは他の部屋よりも狭いが、ベッド、机、タンスが置いてあり、その三つの家具だけで室内はいっぱいいっぱいだった。

 だが、他の部屋のようにみんなで共有して使うような雰囲気ではなく、誰か一人のために用意されている印象を受けた。

 しかし、シスター・クレアの姿はそこにはなかった。

 ここじゃないのかな……?

 そう思ったリッカだったが、ベッドのタオルケットが乱れており、誰かが寝ていたのが窺える。

 室内に入り、シーツを触るとまだ温もりが感じられた。

 室内を見回すと、机の上にメモが置いてあるのが目に入った。

 人の物だから……と思いつつもやはり内容が気になってしまう……!

 ごめんなさいと思いながらその内容を見てみる。

 触ってない。

 触ってません。


『○○通り ゴードン家 ○月○日外出

 夫婦のみ 身内なし』


 走り書きのような字でそう書いてあった。

 この日付……今日?

 もうすぐ日付が変わろうとしているが、まだ今日のことだ。

 今日、外出するとある夫婦の情報……。

 これになんの意味があるのか────。

 夫婦は外出したかもしれないが、今の時間なら既に帰ってきている可能性もある。

 それならこのメモにはもう意味が……。

 いや、それ以前にこんな夜遅くにベッドを抜け出している人の部屋の机の上に不可解なメモが置いてあったってだけで別に深い意味は……。

 いやいや、それよりも……。

 それよりも……リッカの思考は一つの結論に基づいて動いていた。

 この教会の誰かが犯罪に手を染めている可能性。

 疑ってはだめ。

 なんの証拠もないのに……これはただの私の妄想。

 アネットと出逢い、ここに連れてこられて、アリスに水をもらい、シスター・クレアと挨拶をして、休ませてもらったらおばあさんが……。

 ここまで考えて、リッカはとにかくシスター・クレアを探さなければと思った。

 事態は急を要するかも知れないし、そうでもないかもしれない。

 とにかくシスター・クレアを見つけ、話をすることで胸のもやもやを晴らしてしまいたかった。


 リッカは部屋を出て、聖堂や食堂、トイレや庭など見て回れるところを静かに見て回ったが、シスター・クレアの姿は見当たらなかった。

 シスター・クレアを探すついでに怪しい人物や部屋の様子も調べてみたけれど、これといって特に変わったところもない。

 泥棒が入ってきたわけじゃなかったのでしょうか……。

 それともアリスの言う通り盗む物がなくて何も盗らずに出て行ったとか?

 それとも誰かが入ってきたのではなく、誰かがここから出て行ったとか?

 しかし、リッカはそれは考えたくはなかった。

 考えてしまうと『ある一つの可能性』に辿り着いてしまうから。

 そんなはずはない。

 大丈夫。

 自分にそう言い聞かせた。

 リッカは、とりあえず何もなかったと自分に言い聞かせ、元いた部屋に戻っていった。

 そして布団に横になり、何も考えないように眠りについた。

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