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教会のムスメ 三

 シスター・クレアの提案により、日が沈み、少し涼しくなるまで教会で休ませてもらうことにしたリッカ。

建物内は冷房が付いている様子はないがとても涼やかだった。

 リッカは適当な椅子に腰掛け、足を思いっきり伸ばしてみた。

 本当なら横になってだらだらしたいところだが、隣にアリスが付き添っている為それはできない。

「あのぅ、もうお水を催促したりしませんよ?」

「別にそんなこと思ったりしてません。ただ、監視してるだけです」

 不機嫌ではないにしろ結構ずばっと言ってくれちゃってます。

 まぁ、確かに知らない人物に教会内をうろうろされては困ると思うのですが……。

 アリスは自分の部屋から本を持ってきて、リッカの隣で熱心に読んでいる。

 ちらっと覗くと、それは児童向けの小説のようで比較的大きな文字に可愛らしい挿絵が所々に入っている。

 本を覗き込むリッカに気づいたアリスは、中身が見えないように隠してしまったので詳しい内容はわからなかった。

「聖書ではないんですね」

 『教会で読む本イコール聖書』だと思っているリッカは何の気なく聞いてみた。

「聖書は読まない。神様は誰も助けてくれない」

 アリスはリッカの方を見向きもせずに答えた。

 アリスくらいの歳の子だったら神様を信じているのが普通だと思っていたリッカは、その言葉にチクリと胸が痛んだ。

 アリスにも何かあったのかもしれない……そう思った時、ギィッと木の軋む音と共に教会の扉が開いた。


 入ってきたのは初老の女性だった。

 女性は扉を閉めると杖をつき、おぼつかない足取りで身廊(教会中央にある廊下)を歩き始める。

 途中リッカの横を通り過ぎる際には軽く会釈をくれた。

 リッカもアリスもそれに倣い会釈をする。

 そして、祭壇の前まで来たところで別の扉からシスター・クレアが入ってきた。

「お祈りに来たんだわ……出ましょう」

 アリスに小声で促され、二人は外へ移動することにした。


 やってきたのは教会の裏手。

 そこには教会とは別で家が建っており、周辺には十人から十五人程の子供たちがいた。

 小さい子供たちは暑さも気にせず走り回っている。

 アリスよりも大きい子供たちは洗濯物を干していたり、掃除をしていたり、家事をこなしている様子だった。

「この子たちは?」

「みんな教会に引き取られた子供たちよ。それぞれに理由があるんだからそこには触れないで」

 少し苛立っているような強い口調でアリスは言う。

 やはりアリスも触れられたくない理由があってここにいるんだろう。

 リッカはわかった、とだけ言って近くの日陰に腰を下ろした。

 アリスも何も言わずに隣に座った。

 『監視』とは言え、リッカにくっついてまわる小さいアリスは何気に可愛く、言葉には出さないがリッカの鼻息は荒くなっていた。

 アリスはまた、本を開き、そのままの状態でぽつりと語り始めた。

「さっきのおばあさん、ここのところ毎日来てる。街の方で空き巣被害が相次いでて、空き巣に入られた家の人の幸せを祈りにきてるみたい」

「空き巣とは物騒ですね。ここも気をつけないと」

「ここに来たって盗むものなんてないんだから、そこは大丈夫でしょ」

 確かに……と、思いつつ口を噤むリッカはいやいや、そんな失礼な……と、心の中で反省する。


「うー!」

 聞き覚えのある声がしたと思ったら、リッカに気付いたアネットがにこにこしながら走ってきた。

 それに続いて他の子供たちもこちらへ向かってくる。

「うー! うー!」

 アネットが一緒に遊ぼうと言うようにリッカの腕を引っ張る。

 するとまた別の子供が反対の腕を引っ張る。

 日陰から出たくないリッカとの攻防が始まった。

「お姉ちゃん、暑いところに行くと溶けちゃいますから! 日陰から出るなってお医者様に言われてるので!」

「うー!」

 リッカが何を言おうと遊ぶモードに入った子供たちには効かなかった。

 全体重を掛けて腕を引っ張る子供たち。

 そんなやり取りを冷ややかな目で眺めるアリス。

 必死で日陰を死守しようとする涙目のリッカ。

 そこへ救世主現る。

「こらー! 何してるの? お姉さん困ってるでしょ?」

 空の籠を脇に抱えやってきたのは、さっき洗濯物を干していた少女だった。

「子供たちがわがまま言ってごめんなさい、シーラです」

 シーラと名乗った少女とリッカは握手をした。

 挨拶の仕方から察するにサバサバした性格との印象を受ける。

 歳はみんなよりも少し上……十五、六といった感じか。

 体つきも大人の女性と相違ない。

 出るところは出ている……。

「ほらみんな、あっちで遊んでおいで」

 シーラに言われた小さい組の子供たちは、それでも楽しそうに思い思いの方向へ走っていく。

 子供たちから解放され、リッカは大きく息をついた。

「暑いの苦手で……」

 てへへ、と頭を掻きながら苦笑するリッカに対し、

「ごめんなさいね、外の人が入ってくるなんて滅多にないからみんなはしゃいじゃってるんですよね」

 と、シーラは大人の対応だった。

「そうなんですか? 教会に来る人とかいるでしょ?」

 リッカがそう言うと、心なしかシーラの表情が曇った。

「この教会にはあんまり人は来ないかな……シスター・クレアも、私たちが街の人と接触すること良く思ってないみたいだし……」

「え、どうしてです?」

「詳しくはわかりませんけど……子供たちが他の人と接することで傷つくのを恐れてる部分はあると思います。訳あってここに引き取られた子ばかりなので……」

 リッカはちらっとアリスを見る。

 アリスは黙って本を読んでいる。

 ……と言うのを装っているように見えた。

「この敷地内からも出ないように言われてるんですけど、アネットはよく脱走しちゃうんですよね」

 なるほど、私が最初にアネットちゃんと出会った時は脱走中だったのですね……と、私が納得し、うんうん頷いていると、パン! と大きな音を立ててアリスが本を閉じた。

「こんなとこ……居たいわけないじゃない」

 アリスは立ち上がり、二人に背中を向け言葉を続ける。

「平等に自由が与えられてるなんて嘘。私たちに自由なんてあり得ない」

「アリス」

「こんなとこ……いつか出てってやるから」

 そう言うとアリスはどこかへ走って行ってしまった。

 シーラは複雑な表情を浮かべながら見えなくなるまでアリスの背中を見つめていた。

 そして、リッカに対し「ごめんなさい」とまた謝る。

 無理矢理作ったその笑顔にリッカの胸は締め付けられた。


 この、小さな箱庭のような世界で生きている子供たち。

 シーラでさえも、心に傷を負って、でもみんなを守ろうと必死になってるんだと思うと、リッカの心は悲しみに満たされていった。

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