教会のムスメ 二
女の子に手を引かれ、辿り着いたのは古びた教会だった。
さっき休んでいた木陰からはさほど離れていなかったが、女の子の手前、うだるような暑さに文句を言わず歩いて行くのが女にとって何よりの苦痛だった。
「アネット!」
教会の門をくぐったところで横から女性の声が聞こえた。
声のした方を見てみると、女性とは言い難い小さい少女が立っていた。
『アネット』というのが私をここまで連れてきた女の子の名前なのだろう。
「一人で出歩いちゃいけないっていつも言ってるでしょう? 知らない人まで連れてきて……」
言いながら少女はじろっとこちらを睨んだ。
顎のあたりで髪を二つに結っているこの少女。
歳は八歳くらいだろうか、発言と同じくしっかりした顔立ちをしておられる。
が、やはり服装はシンプルで風通しが良さそうだった。
「うー!」
アネットと呼ばれた女の子は手に持っていた花を少女に突き出した。
「また献花……?」
「うー!」
そう言うとアネットは駆け出し、建物の中へ入っていった。
アネットが入っていったのは教会の本堂となる部分。
屋根の上には十字架が掲げられている。
残された少女はまたもじろりと女の方を見ると、
「では、お引き取り下さい」
そう告げると女を押しやり門を閉じ、鍵をかけ、踵を返して本堂の中に入っていこうとする。
「えーーーっ? 私、連れてこられただけで放置ですか? もうちょっと何か……」
せめてお水だけでも~! と食い下がる私に少女は大きなため息をついて、しょうがないなぁと言いながらどこかへ行ってしまった。
少女の姿が見えなくなると、女は門の横の壁に背中をつけ腰を下ろした。
「ふぅ……」
日陰でもなんでもないこの場所にいるのはかなりきつかったが遠くから聞こえる子供たちのはしゃぐ声が癒やしのメロディのように感じる。
姿は見えないがアネットとあの少女以外にも子供がいるのだろう。
子供の声が眠気を誘うのか、気を失う寸前なのかは定かではないが、目を閉じると意識が遠のいて……。
「ちょっと!」
突然の声にびくっ!と体が反応して目が覚めた。
どのくらいの時間が経っているのかわからないが、気がつくとそこにはさっきの少女が水の入ったコップを持って立っていた。
そして、隣には知らない女性が……。
少女はぶっきらぼうにコップをこちらへ差し出しながら言った。
「この人です、シスタークレア。アネットが連れてきました」
『シスタークレア』と呼ばれた女性は一歩前へ出てお辞儀をした。
この暑い中シスター(のような)の格好をしているのは女も同じだが、醸し出すおっとりした雰囲気は完敗だった。
「こんにちは、旅の方でしょうか?」
シスタークレアはにっこりと微笑みながら閉ざされた門越しに語りかけてくる。
澄んだ声と優しいしゃべり方はまさに聖女だった。
この暑さの中顔色一つ変えてない。むしろ汗をかいてる様子もない。
「はい、わたくし転職案内人のリッカと申します」
リッカはシスタークレアに負けじと満面の笑みを作ってみせる。
そして、少女から水の入ったコップを受け取り、腰に手を当て一気に飲み干す。
この水のおいしいこと!
「ぷはーっ! おかわりもらっていいですか?」
「はぁ? 図々しいんだけど!」
リッカからコップを受け取りながら少女が怒鳴る。
たくさん汗をかいて水分補給が必要なリッカに遠慮している余裕はない。
「まぁまぁ。アリス、もう一杯お水を持ってきてあげて」
さすが聖女様はわかってらっしゃる。私のドヤ顔に顔が引きつり、イラッとしている様子を見せながら、アリスと呼ばれた少女は渋々水を取りに行った。
「転職案内人……とは、名前しか聞いたことがありませんが、お仕事を斡旋される方でしょうか?」
「まぁ、そんなものです。もっとあなたに合ったお仕事ありますよ~といった感じで転職を勧めるのです」
「それで旅を?」
「えぇ、現場を見て来いって上司がうるさいものですから」
「この暑い中大変ですね……」
シスタークレアは哀れむような表情で胸に手を当てている。
その姿も慈悲に溢れていて実に美しい。
こんなシスターだと懺悔と言いつつ世間話しにきちゃうなぁと思いつつ、リッカは気になることを聞いてみた。
「あのぉ、アネットちゃん……は、言葉が……?」
「……はい、あの子は今よりもっと小さい頃に心に傷を負ってしまって、うまくしゃべれなくなってしまったのです。その頃のことは、私も詳しくは知らないのですが……」
「……そう、ですか……」
気の利いた言葉も返せず、リッカはそれ以上の詮索を中止した。
そこへ、二杯目の水を取りに行って不機嫌極まりないアリスが戻ってきた。
今だけはこの不機嫌少女もナイスタイミングな天使に見えてくるリッカであった。
二杯目の水を飲む前に、コップを額に当てたり、ほっぺに当てたりと、その冷たさを堪能していたリッカ。そこにアネットが走ってきた。
「うー!」
アネットは鍵の掛かった門をガシャガシャと鳴らす。
開けようとしているのだろう。
リッカは自分の家ではないのでどうすることもできずその様子を見守るしかなかった。
「アネットはお姉さんのことが気に入ったのね」
そう言いながらシスタークレアは門の鍵を開けてくれた。
「よろしければ少し休んでいかれますか?」
門が開いて、リッカの足に勢い良く抱きつくアネットと、シスタークレアの提案に不服そうなアリスを交互に見やり……
「じゃぁ、ちょっとだけ」
複雑な表情で好意に甘えることにした。