第五話
十八時二十分。
南花大学からは、人がぞろぞろと吐き出されていた。
この大学は、小さな大学だったが、観光学――とくに南花街の誇る温泉街について――に秀でていて、全国からこの大学に進学を希望する人がいた。
西田健人もその一人だった。
秋の日差しがきつい中、彼は友人と帰り道を歩いていた。
「なあ、噂で聞いたんだけど、また瀬奈のやつ、懲りずに男ひっかけて失敗したのか? うまくいくわけないのによくやるよなあ」
南花街では恋愛をしてはいけないという掟は、全国から人が集まるこの大学にも適用されており、そのせいもあるのか、志望者数は年々減少する一方だった。
西田の周りの恋愛模様はもちろん秋の台風のように大荒れだった。
西田も、在学中には、とてもとても恋人を作ろうとは思えなかった。
「ああ、そうみたいだよ。ほんと、馬鹿なやつだ」
西田はやれやれ、と眉をあげた。
「残念ながら、ここにいる限りそんなことしても後悔しか残らないってのにな。まあ、瀬奈もそろそろ懲りてくれる頃だと思う」
「そうだといいけどな。もうこれ以上あいつの愚痴と泣き言を聞くのは勘弁だわ」
その後、西田は分かれ道にいたり、友人と別れた。
市内にある別の街から移住してきた西田は、家賃二万五千円という格安のアパートに住んでいた。
家賃が安い分、オンボロとしか形容のしない家で、「南花壮」と書かれたアパートの木製の看板には、カビが生えて、ところどころ青くなってしまっている。
エントランスにあるポストには、迷惑チラシが大量に突っ込まれているポストがあり、住人がしっかり生理していないことが伝わってくる。このアパートは二階建ての建物なのだが、階段も歩くたびにキシキシと軋み、今にも崩壊してしまうのではないかと恐怖心を煽られる。
二階につき、ドアを開けると、西田の散らかった部屋が現れる。
空のペットボトルや食べ終わったあとのカップラーメンの容器、着替えた後の衣料等々が床に落ちていて、整理整頓がされていないのがよくわかる。
西田はごみの山を踏まないように乗り越え、テレビをつけた。
その時だった。
寒気を感じた。背筋を撫でられた時のような、体中を走る寒さだった。
思わず西田は振り返る。
だが、何もいなかった。
気のせいだったのだろうか。それとも風邪でもひきかけているのだろうか。
にしても……あたりが暗くて何も見えない。
十月のこの時間、こんなに暗かっただろうか?
西田は、身に起きたことや疑問をすべて気のせいだと思いつつ、とりあえず電気をつけようとした。
すると――。
「やめてください」
今度こそ、体の芯から端までひんやりとしたものが走った。
思わず、西田は自分の体をかき抱く。
寒すぎる。まるで真冬に下着姿で外に出されたみたいだ。
それにさっきの声はいったい……。
「ごめんなさい! 驚かせてしまいましたね」
その途端、西田は目を瞠った。
目の前に学ランを着た、中学生が“浮いて”いたのだ。
それだけではない、その中学生は透けていて、向こう側にゴミ等が散らばっているのがうっすらと見えた。
いったい、なにが起きているのだろうか。
西田の脳は凍りついた体を温めるかのように猛烈に回転し始めた。
目の前にいるこの少年はいったい誰なのか。
この寒さは?
なんで透けている?
もしかして、少年の正体は……。
いや、もしかしなくても……。
幽霊?