中編
前編より少し短いです。
市場へ着くと、そこはたくさんの人でにぎわっていた。
鮮やかな色をしたオレンジを売るおじさんの大きな声や、新鮮な魚を値切っているおばさんの声、いろんな人の元気な声が行き交っていた。
それに海が近いからか微かに潮の匂いもする。
「すごい人だね。」
「ここはバーンサイドでも中心部だからな、港も近いし色んな奴がいる。はぐれるんじゃねぇぞ。」
「うん。」
ウサギ獣人である私は目立ちやすいため、帽子を被って市場に来ていた。
ロップ村の麓の町では気にしたことなかったけど、こっちのほうでは私は珍しいので好奇の視線が集まるということで、ジンが帽子を被せてくれたのだ。
ちなみに殴られたところの包帯は、もうタンコブだけだったので取ってしまった。
それにしても、出会った時から思っていたけど、ジンって…。
「ジンってさ、優しいよね。」
「あ?なんだ急に。」
「言葉使いはチンピラみたいだけど。」
「おい、褒めんのか貶すのかどっちかにしろよ。」
ジンの口の端がピクピクと動いていた。
あ、引きつってる。怒らせちゃったかな。
「でも、疑問なんだよね。どうして賞金首が攫ってきた人質にここまで良くしてくれるの?」
ジンはとても私に良くしてくれている。それにはすごく感謝しているが、私はいわばロイド兄弟が攫ってきた人身売買の商品。普通、警察に引き渡すかそういった施設に連絡するなどだろう。
それがわざわざ自分の家に連れてきて、しかも故郷に送ってくれるなんて。ありがたいけども、普通こんなに面倒をみるだろうか?
私の質問を聞いて黙り込んでいたジンが口を開く。
「…………サーシャ。」
「何?」
「歳は?」
「歳?18歳だけど。」
「料理はできるか?」
「一応できるよ。」
「好きな食べ物は?」
「キャロットケーキ」
な、なんだろうこの質問攻めは。
ジンは質問の間ずっとニヤニヤといたずらっ子のように笑っている。
「特技は?」
「速く走ることと、高く飛ぶこと。」
「……ブッ!」
「…なんで笑うの。」
ジンが私の特技を聞いた瞬間堪えきれなくなったように吹き出した。
「いや…キャロットケーキといい、特技といい、ところどころにウサギ要素入ってるんだな。」
「ウサギっぽくて悪かったね!!お菓子作りとかお裁縫のほうが良かった?!」
「…面白いからそれでいい。」
そう言って笑うジン。
その顔は確かに面白がっている。
ていうか面白いってどういうことですか。私がウサギっぽいのがウケるってことですか。
私はジンをムッとして睨んだ。
「もう!さっきからからかってるの?質問したのになんで質問が返ってくるの。」
「まあ聞けよ、最後の質問だ。今好きな奴とかはいるか?」
「い・ま・せ・ん!これでいい?さっきから変だよジン!」
「落ち着け、サーシャ。そうか、いねぇのか、そりゃあいいこと聞いたな。」
答えを聞いて笑みを深めるジン。
私に好きな人がいないと聞いてすごくいい笑顔だ。
そうかそうか私が色恋ごとに無縁って聞いてそんなに嬉しいか。
「…で、結局私の質問の答えは?」
「今のがお前の質問の答えだ。」
「…全然わかんない。」
「これから1ヶ月も一緒に旅するんだ。まあおのずとわかる。…俺は気長なタイプだ、じわじわ攻めるのが好きだからな。」
そう言ってはぐらかされた。最後の方よく聞こえなかったけど。
その後は、何度聞いてもジンは教えてくれなかった。
◇
買い物を終えた私たちはジンの家に帰ってきた。
ついついたくさん買い込んでしまった。
「たくさん買っちゃったね。」
「旅支度だからな、まあしゃあねぇだろ。それより、食いもんばっか買ってたが何に使うんだ?」
「助けてくれたお礼に晩ご飯作ろうと思って!」
「へー。うまくできんのか?」
ジンがニヤニヤと試すように私の方を見る。
あ、また私のことからかってるな。
「できるよ!市場で言ったでしょ。後はジンの口に会えばいいんだけど……あ!」
そこで私はある忘れ物に気がついた。
「あ?なんだ?」
「ジン。私、帰りに寄ったパン屋さんに買い物袋1つ忘れてきちゃった!」
「んなもん明日取りに行きゃいいだろうが。もう暗いし店も閉まるぞ。」
「袋の中に生の魚が入ってるの!取りに行かなきゃ腐っちゃう。大丈夫、私道覚えてるし、すぐに取りに行けば間に合う。言ったでしょ速く走るのは得意なの!」
「ちょっ、おい待てサーシャ!」
私はジンの制止も聞かずに家を飛び出した。
早く取り行かなければ店が閉まってしまう。きっと走れば間に合うだろう、店は真っ直ぐ行って突き当たりを右のはずだ。
人気のない道を私は全力で走る。
突き当たりを右に曲がると、少し行った先にパン屋の明かりが見えた。
よかった!まだ開いてる!
私はホッと息をついた。
–––––その瞬間、
横の細い路地から出てきた手に腕を掴まれ、もう片方の手に口を塞がれた。
「!?んー!?んんん!!」
「やっと見つけたゼェ、ウサギちゃんヨォ。おい、足押さえろ。」
「お安い御用だぜ兄貴ィ!」
私を路地に引き込んで捕らえたのはロイド兄弟だった。こいつらはジンが警察に突き出したはずじゃ…!
「いやいや、希少価値の高い商品をみすみす逃すなんて俺らも落ちぶれたもんだナァ。あのいけ好かねぇ賞金稼ぎにノされるしヨォ。」
「この町のサツがヘボくてよかったな!簡単に出れたぜ。」
おまわりさん!犯罪者に負けちゃダメじゃないか!
私は手や足をバタつかせて必死に抵抗を試みるが、相手の力が強くて振り解けない。
「兄貴ィ、こいつジタバタ動いて捕まえにくいったらありゃしないぜ。」
「腹にでも一発入れときゃ大人しくなるだロォ。服に隠れるから売るときには問題ネェ。」
「おうよ!」
ロイド兄弟の片割れが元気のいい返事をした瞬間、私のお腹に強い衝撃が襲ってきた。
「ッ!…カハッ…ゲホッ…」
お腹をねじり潰されたような激痛の後、私の記憶はそこで途絶えた。