冒険者王
「いよっ!お早いお目覚めだな」
俺が女性陣に叩き起こされ、
ギルドのカウンターへ行くと、
そこにはヘラクルスさんが座っていた。
「ヘラクルスさんおはようございます。ひょっとしておまたせしましたか?」
俺は頭を下げながらカウンターに腰かける。
「いや俺が早かっただけだ。お前さん盗賊退治したんだってな」
「……ええ、まぁ」
「歯切れが悪いな」
「ちょっと変なのと会ったんで。後味が悪い感じです」
「そっか。なら俺が役に立つ訳だ」
「え?」
俺はミレーユさんが出してくれた暖かいミルクを飲みつつ、
続く言葉を待っていた。
「ふふ、コウ。昨日話していた情報屋さんよ」
「ヘラクルスさんが!?」
「そう言う事だ。俺もここを拠点としてはいるが、放浪するのが好きでな。その関係で情報も扱っている。クエストをこなす時間よりも放浪する方が好きだから、丁度良い仕事だと思ってる」
「確かにヘラクルスさんならクエストをこなさなくても、生きていけそうな気がします」
「褒め言葉として受け取っておこう」
「それ以外に無いですよ。屈強そうだしへこたれる事とか無さそうですよね。強い相手とか集団に相対しても燃えそうなタイプにみえます」
「……流石英雄だ。見る目もある」
「英雄は止めてください。ヘラクルスさんと比べられたら月とスライム位差がありますよ」
「謙遜はダメだぞ?この世界舐められたら終わりだ」
「いや、舐められていた方が暗殺されなさそうですけどね」
「確かに。だがお前はもう謙遜していられない」
俺はミルクを飲み干すと、ヘラクルスさんに向き直る。
「……色々面倒な事になってる感じですか?」
「そう言う事だ。この世界かなり広いから、お前クラスの兵が多くいる。だが、ことこのエルツやアイゼンリウトがあるシルヴァ大陸においては、上位にランク付けされている」
ヘラクルスさんが言うには、この大陸は後3つ国があり、
其々が牽制しあって均衡を保っているらしい。
海を隔てた大陸が幾つも存在すると言う事も聞いた。
俺はその大陸に興味が沸くが、それを窘められた。
「お前が今この大陸から他の大陸に行くのは難しいだろう」
「というと?」
「さっきも言ったが、お前はこの大陸で上位にランク付けされている。具体的に言うなら10本の指に納まっている」
「ヘラクルスさんも入れてですよね?」
「……それを俺に言わせるなよ。それは置いて、10本の指に入る人間が一つの国家に留まっている。そして聞けば中立を保っているとなれば、仲間に引き入れようとする国家も出てくると言う訳だ」
「エルツが所属する国はどうなんですか?」
「お前はどう思っている?」
そうヘラクルスさんに問われ、
俺は顎に手を当てて考える。
これだけ大事を解決し、ヘラクルスさんが旅をしていた所でも
俺の話が出る。
だが国は一度として俺達と接触しようとは
してこなかった。
褒章も無い。
「俺の予想ですが、恐らく10人の内一人がこの国の王様で、冒険者ギルドの権利などの大きさから見、冒険者に対する手厚い報酬などから考えると、冒険者を多く集める事で国の防衛に当てているのではないでしょうか」
「……ふむ。俺もお前への評価を正確にしなければならないな」
「この国の王様が俺の予想通りなら、かなり頭がキレる人物ですね。防衛費用を最低限にして、自主的に近い形で国を防衛させている。勿論自分の周りにも屈強な者達を従えているでしょうが。そしてもう一つ予想するなら、その王様って元冒険者じゃないですか?ギルドと言う仕組みを実に巧く使っている」
「……同業者として言わせてもらうなら、あまり思った事をそのまま言うのは止した方が良い」
「すいません、つい」
「ヘラクルス、私もその話に混ぜて貰っても構わんかね?」
俺達の背後から声がする。
その人はウェーブのかかった方まである髪に、
金のヘッドバンドを着け、
服装は上等な物であしらっているが、
動く事を考えられた物を着ていた。
そして腰に下げた、ロングソードとショートソードの
中間の剣を2振り腰に下げている。
気品のある顔立ちに蓄えた髭と顎髭。
マントを靡かせ俺達に近寄る。
何だこの風格は。
俺はその人の間合いに入った事を肌で感じる。
ファニーやロリーナ、ウーナにプレシレーネ、
そしてビルゴが席から立ったが俺が手で留める。
この人なら間合いに入った瞬間に、
俺をやる気ならもう首が飛んでいる。
そう俺の勘が告げていた。
「ミレーユ久しいな。俺にも一杯もらえるかな?」
「葡萄酒が宜しいですか?」
「そうだな3人分頂こう」
俺の隣にサッと座った人は、抑えているが
俺の肌がビリビリ感じている。
この人は強い。
今の俺がリミッターを解除した所で
危ない。
「そう畏まらないでくれ。俺は今は一介の冒険者だ」
「クロウディス王、それは無理ですな」
「ヘラクルス、いきなりバラすでない。コウが恐縮してしまうではないか」
「十分恐縮していますよ名乗らずとも。貴方なら解る筈ですが」
「……そうであったな。俺も強い者と会うのはヘラクルス以来久しくてな。つい忘れてしまった」
「お人が悪い」
そうヘラクルスさんが言うと、
クロウディス王は豪快に笑う。
怖いよー怖すぎる。
豪傑二人に挟まれるとか何の嫌がらせだ。
「クロウディス王、どうぞ」
「有難うミレーユ。さ、コウ。俺と杯を交わして頂けるかな」
「こ、こちらこそ。すみません名乗らずに!」
「名乗らずとも良い。俺は知っている。寧ろ俺が無礼であったな。改めて名乗らせてもらおう。このエルツを含む国を収めるクロウディスだ。以後宜しく頼む」
「こ、こちらこそすいません!コウと申します!ご相伴に与ります!」
「はははっ。そう硬くなるな。酒は愉快に飲むものだ。このような朝から、強い者と組み交わす酒は俺にとって最高の酒だ」
「クロウディス王、職務は良いので?」
「構わんだろうヘラクルスよ。何せ厄介事はコウが解決してくれた。内政に関しては俺が抜擢した優秀な家臣が居る。だからこそ一日位の遊興は許されよう」
「確かに」
三人で杯を交わし葡萄酒を飲む。
酔える気がしない。
胃が痛い。
「で、なんだったかな議題は。俺が国を統治するのにギルドを巧く利用していると言ったところかな?」
「お意地が悪い」
「兵は兵を知るという事だ。実に俺は嬉しい。この仕組みの屋台骨を支えているのは冒険者達だ。俺は元冒険者として今も心はここに置いてきている。巧く利用するというよりも、国を護るという命題よりは自分の生活基盤を護る為に必要だと感じてくれる国にしたかっただけの事だ」
胃が痛いよー。
この人たち怖いよー。
なんで何事も無かったかのように
国の仕組み語ってるの?
挟まれてるだけで針の筵に入る感じなんだけど!
俺は仲間たちの方を振り返るが、
皆目をそらした。
汚ねぇ!ズルイ!
「コウ、お前が解決したアイゼンリウトの問題やエルフの里の問題はミレーユも言っていたと思うが、本来俺達が乗り出しても可笑しくない問題だ。だが敢えてお前に任せた。面白い冒険者が居ると聞いていたしな。領土拡大は国としては狙うべき事だろうが、敢えて混乱を呼び込むのは自殺行為だ。俺としてもアイゼンリウトは国として機能してくれた方が、隣国としては助かるし、エルフの里が開放的になれば、利益は上がる。そうなればこの国の評判を聞きつけて人が流れてくれる。他の国が圧政を強いれば強いるほど、俺の国は儲かる仕組みだ。人こそが基盤であり基礎なのだ。それを疎かにする国が多ければ俺としては嬉しい悲鳴を上げざるを得ない」
ここまで暴露したって事は、俺に何か要求があるんだろうか。
そう感じてビクビクしていると
「まぁそう怯えるな。俺としてはお前を拘束するつもりはないが、魅力ある国だと自負している。長く留まって名声を上げてくれ。仮にお前がこの大陸の何処かに国を作ったとすれば、俺としてはお前と縁があり結べれば益々俺の国は安泰になる。それは良い事だ。応援するぞ?」
「いえ!国なんてそんな」
「俺も最初はそう思っていた。だがな、一人二人と仲間が増えてくれば、仲間を養う責任が出てくる。そうなったら国を作るか街を作り住まわせ、食わせていかなければならない。冒険者だけでは何れ限界は来る」
「た、確かに……」
「お前に付いて行くという連中もいるだろう。そういう者達を真に大事だと思うなら、選択肢の一つとして用意しておくべきだ。これは先輩としてのアドバイスとして受け取ってくれれば嬉しい」
「あ、有難う御座います!」
「……まぁ初対面だから無理もないが、そう恐縮されては俺も居心地が悪い」
「王」
「ヘラクルス、お前も王と言うからいかんのだ。俺は確かに王ではあるが、一介の冒険者としての腕もそれなりだと自負している。何なら今から3人でクエストでもこなすか」
俺はそれを聞いて吹く。
この3人でやるクエストって言ったら
大陸統一クラスじゃないのか!?
俺は血の気が引く。
「クロウディス様、お戯れが過ぎますぞ」
「そうか、やはりアイゼンリウトの件が解決した時に来るべきだったな。そうすればもっと砕けて飲めた筈だったのに。俺とした事がしくじった。長い事玉座なんぞに座っているからこんな事になる。強い者と美味い酒を飲むだけが楽しみだと言うのに」
「あれは運良く解決出来ましたし、最終的に国を建て直したのは、あの国の人達ですから」
「そう言う所がまた俺の心をくすぐるのだ。英雄然とした去り方、まさに俺の若い頃を思い出す」
「確かにクロウディス様も投げっぱなしがお好きでしたな」
「当たり前だろう。こちとら自分の身内を養うのに忙しいのに、障害を取り除くだけで手一杯だ。歓迎なぞされた所で退屈なだけだしな。まぁそういう所でこの国の友好国が多くなったのは狙った訳ではないのだ」
「確かに」
俺が同意を示して頷くと、クロウディス王は喜び
「だろう?お前もそう思ってくれると信じていた。やはり城に籠るのは宜しくない。俺ももう少し市井を歩く時間を作らせなければ。好き好んで引き籠るならまだしも、仕方なく引きこもらせられるなど苦痛になりかねん」
と俺の方を抱き絡んできた。
あれ、王様酒弱いのか?
「いやぁ酒が上手い!城で飲む酒は碌に酔えん!ミレーユもう一杯3人分くれ!代金は先に払っておく。倒れるかもしれんからな!」
王様は腰に下げていた袋をテーブルに置き、
そう言っておかわりを注文した。
「クロウディス様、あまり飲み過ぎてはダメですよ」
ミレーユさんが優しく窘めるが、クロウディス王は
首を振り
「良いではないか。年にそうある事ではないのだ。だがコウが今しばらく活躍してくれれば、こう言った席を多く設けられる。俺は楽しい!」
そう胸を張りながら言った。
本当にこのギルドに来る冒険者のような、
気持ちの良い人だった。
王の息吹は民草にも伝染していると言う事か。
「コウ、解ったようだな。俺の国の民は俺の家族だ。だからこそ、過保護にはせず、かといって絞り取ったり手放しにしたりはしない。家族が困った時にサッと手を貸して、じっと我慢して待つのも大黒柱として必要なのだ。それを感じてくれれば、国の民も王のようでありたいと思ってくれる。そして俺と民は繋がるのだ」
「解った気がします」
「嬉しいぞ。そしてお前も今は俺の民だ。俺の民から王が出たとなれば、俺はどんな事業を功績を成した事より嬉しい。だからお前はお前の思うように生きろ。成すべき事を成せば、自ずと答えは出る。俺が力になれる事があれば、いつでも言ってくれ。応援する。お前に対する褒章はその時に」
「いえ、そんな」
「そんなも何も無い。本来であれば俺の傍に控えさせたい位なのだ。それほどの活躍をしてくれた。民に代わって礼を言う。そしてそれを言葉以外でいつか返させてもらう。これは俺の矜持だ」
こうして上機嫌のクロウディス王との酒宴は
3人が酔い潰れるまで続いた。
王のあり方か。
俺はぐでんぐでんになりながら、
俺の王とは何だろうと思った。




