前門の虎、後門の狼
巨人は苦しむように暴れていた。
崩れて行くエルフの里を見つつ、
俺は機会を待つ。
俺の背中で口笛を吹きつつのんきにしている
少女がいる。
コイツホントに役に立つのか?
俺は呆れながらも巨人から目を離さない。
「ねぇねぇオッサン」
「……何だ少女A」
「少女Aって何ソレ。つまんない」
「面白さを求めるなら相手を選べ。で、何だ?」
「アタシ眠いから寝てて良い?」
俺は頭をもたげる。
ホントコイツ何を考えてるんだ。
「寝てろ寝てろ」
「アタシ確信したわ。オッサン変だ」
「確信するのが遅いわ。どう考えても変だろ」
「オッサンって変だからアタシ眠くなる」
「だから寝てろ。またそこに戻るのか。漫才か」
「フフ、ちょっと面白い」
そう言って体重が重くなる。
本気で寝始めやがった。
捨てて行きたい。
何だ一体。
巨人は暴れ続ける。
これはブルームの母親が頑張っている事もあるが、
中に渦巻く里を壊したい感情が
その行動に現れているのではないか。
里の中でも俺達に興味を持つ人は、
リードルシュさんのように居るはずだ。
掟を護る事を第一としているとファニーは言っていた。
そのジレンマが、意識の集合体になった途端に
巨人の行動として現れているのではないのか。
そしてエドベなどの掟を重視する者たちの思考と
混ざり合い、里を護る=名前のみ残し滅びるという
結論に至っているのかもしれない。
そうなるとこのままただ見守っているだけでは、
復興するレベルの話じゃない。
一から何もかもやりなおさなければならない。
確かに古い慣習の中には時代に合わせて、
変えた方が良い事もある。
だけど何もかもぶっ壊してから新しい事を
始めるのは、先人達が失敗し教訓として
必要だから作り上げたものも無くしてしまうと言う事だ。
本来しなくてもいい失敗や犠牲を
態々もう一度するなんて馬鹿げてる。
古い物も使いようだ。
掟をただ護るだけでは無く、時代に合わせた
ものに変えるなら、それは先祖も喜ぶだろう。
生きている限り、自らの種族、血は変えられない。
だが掟も法も変える余地が残されているのは、
先人達からの宿題だと俺は思う。
それが血を繋げて行くものの責任ではないのか。
ただ護るだけでは足りない。
繋げていかなければならない。
「おい、そろそろ起きろ」
俺は背中でぐっすり寝ている少女に起きるよう
揺らす。
「うぅ~何~?」
「止めるぞ」
「どうやってー?」
「俺の魔法で足止めをする」
「……へぇ。なら私も参加しよっかな」
「魔法が使えるのか?」
「うん、なんかさぁ?私も使えるのがあるらしくて、ロキっちに教えてもらったんだ」
ロキの魔法か。
何か使ったらリスクがあるんじゃないのかそれは。
「俺だけで良い。お前は寝てろ」
「何でよ。使えるよ?」
「何かあったら困るからな。俺が何とかするから寝ながら終わった後の事でも考えておけ」
「それなら考えてあるから別に言われるまでもないし。でもまぁそう言うなら寝ておくわ」
「少し騒がしいがな」
「工事中でも授業中でも寝られるのがアタシの特技の一つ」
「自慢にならんが良い特技だ」
俺はそう言うと担ぎながら走り出す。
巨人はあまり移動していなかったのですんなりと
前へ回り込めた。
そして見晴らしが良い位置へと場所を移し
「黒刻剣来い」
そう俺が言うと鞘から黒刻剣は
抜けて俺の手に納まる。
この黒刻剣を使えば
俺が貰った魔法は増幅されるようだ。
そして今ブルームの母親の魂という枷が解かれたのか、
それとも増幅が無くなったのか。
試すには絶好の機会だ。
足止めする為に連発する。
被害は最小限に抑える。
何とかブルームの母親が間に合ってくれれば良いんだが。
「神の息吹」
俺は黒刻剣を薙ぎながら
唱える。
風は竜巻となり巨人を包む。
そしてその竜巻の中に葉っぱなどが混じり、
巨人を傷付ける。
気圧が下がっているだろうが、真空状態ではない為、
苦しさはないだろう。
巨人の叫び声が聞こえる。
巨人は自分の両腕を振りまわし、
逆回転して竜巻を消した。
流石エルフの集合体。
ただデカイだけじゃない。
だがそれでも足止めにはなる。
そう確信した俺は続けて風を巻き起こす。
黒刻剣は
枷が外れたというのが正解のようだ。
そして意思がある。
仇があの中に居る。
だからこその力なのか。
「まだか」
俺はその後神の吐息を
数回放ち足止めしている。
底なしに感じられても実際には底があるらしい。
魔力が徐々に切れてきたのか、
竜巻の大きさが小さくなり始めた。
このままだと2振りの剣をも振れなくなる。
どうする。
「今ならスパッとやれそうだよね」
俺の背中越しに物騒な声が聞こえる。
「マジかよ」
このクソ忙しい時にまたか。
まぁ俺が勝手に背負って走っていただけだ。
牙を剥くなら絶好のチャンスってわけだ。
「気付かないワケないじゃん?同じ者だしさぁ。アンタの魔力、底尽きかけてるでしょ?ついでにアタシの鎌は何処からでも出せる」
前門の虎後門の狼か。
俺は冷や汗をかきつつ、
打開策を探るのだった。




