精霊の巨人
俺とファニーが神殿に着いた時、
神殿だったものは前半分が倒壊しており、
その先には光を纏った白と緑のまだら色の
巨人が立っていた。
俺はその光景に唖然とする。
なんだこの化け物は。
アーサーの時は確かに強大な力を感じたが、
身長はそう大きく無かった。
だがこれは違う。
大きさも特大で、しかも発する気は
神々しいものがあった。
何がどうなるとこんな物が出来るんだ。
「コウ、待ってたぜ」
ダンディスさんに言われ正気を取り戻す。
「あ、すいませんお待たせして。しかしこれは」
「ああ、俺達が来た時にはもうこうなっていた。ただ危害を加えないで突っ立っているだけだ」
「そうですか……」
それはそれで困った事になった。
状況が把握できていない。
目の前でエルフの人たちが消えたのを見る限り、
それを吸収して出来ているものだろうとは思う。
「ブルーム、お母さんの気を感じるか?」
傍に居たブルームに尋ねると、ブルームは頷く。
となるとエルフの里の人たちの殆どが
吸収された状態なのだろう。
大樹も消滅しており、まさにエルフの里そのものに
なっているのだろう。
そして恐らく混ざり合い過ぎて、意思が統一されてない。
だから動かない。
止めるなら今のうちと言う事か。
だがこれをどう止めれば良いんだ?
「私がお手伝いしましょう」
背中から声が届く。
先程倒した少女の声だ。
俺はその声に驚き静かに下ろすと、
自分の足で立ち上がった。
しかし目は虚ろで焦点が定まっていない。
それを見ていると、黒刻剣も
鞘から抜け出し、少女の元へと移動した。
「貴女は……?」
「お初にお目にかかります。私はブルームとルールの母です。今はこの女性の体を借りてお話しております。貴方がこの剣を連れて来てくれた事で、剣に封じられた私の魂を解放する事が出来ました。お礼を言わせて下さい」
「ブルームは俺の仲間ですから」
「そのように言って頂けるとは。私の娘は箱入り娘だと思っておりましたが、成長していたのですね」
そう嬉しそうに少女の体を借りた
ブルームの母親である、
エルフの里の女王は言った。
それを聞いてブルームも涙目になる。
「……女王様、エルフの里の人たちは光の粒になり、この巨人になったのですが、元に戻せるものですか?」
俺はブルームの事を考えて、
オブラートに包んで言おうとしていたが、
避けては通れないと思い、率直に尋ねる。
女王はそれを聞いて目を伏せた。
あるにはあるのか。
「俺に出来る事ならなんなりと。その為にここまで来たんですから」
「……申し訳ありません、私達の里の事ですのに」
「いえ、それで具体的にはどうすれば良いですか?」
「先ず私があの巨人の中に入り、恐らく練られているであろう魔法陣を破壊します。そしてその後、コウ様には光った所を剣で貫いて頂ければ、恐らくは上手くいくのではないかと」
「……前例がないからやってみないと解らないと言う事ですね」
「はい。生憎私もこのような状態になったのは初めてですから。全て憶測になってしまうのですが、体から感じるものは、恐らくエドベの理力が何かの魔法陣のキーになっていると言う事です」
「解りました。それしか解決方法は無さそうですね」
「コウ様もお解りのようですが、もし万が一失敗した場合には」
「成功する事だけに専念して下さい。後の事はお任せを」
「……有難う御座います。ではまた」
そう言うと、少女は力が抜けたように崩れて倒れた。
俺はそれを寸での所で受け止め、また背負う。
「さて上手くいくかどうか」
俺は背負いながら位置を直す為に少し少女を浮かせると
「……お父ちゃん……」
寝言を言いつつ涙ぐんでいた。
こいつにもこいつなりの事情があるのだろう。
決して許される事では無いが、
償わないで良い事は無い。
話を聞いてそれを一緒に解決してやるか。
そんな事を思っていると、巨人は急にもがき苦しみ出した。
「皆!神殿の外へ!」
俺は皆を誘導して神殿の外へと出る。
巨人は声にならない声を上げて、神殿を破壊し
エルフの里を歩きだした。
「こいつは不味いな」
「ええ。ウーナ、防壁みたいのは作れるか?」
「すみません、ここはエルフの里ですので、精霊が支配している地域です。大規模な法術を行使する事が出来ません……」
「そうか、そんなにすまなそうにしなくても良い。ならアイツを食い止めるか」
「どうやってやるのですかコウ殿。我々とあの巨人とでは体格差があり過ぎます」
「そうじゃの。我が本来の姿に戻った所であれには勝てまい」
「そうだな」
俺が途方に暮れていると
「何!?何なの!?」
と背中で暴れ始める。
全くタイミングが悪い。
「おいジッとしてろ。怪我を外的には直せても、内的に直せてるかわからないんだから」
「セクハラだし!触らないでよマジで!」
俺の頭をボカボカ殴る。
ホントやかましい。
後ろに倒れてやろうかと思うほどだ。
「って何あれ?」
「何って俺も解らん。エルフの里の住民を吸収して出来た化け物だ」
「スゴッ。ていうかアタシ達は大丈夫な訳?」
コイツ鋭い所を突いてきたな。
実はその不安を考えないでは無かった。
ブルームは母親の事や兄の事を思って
口数が少ないのかと思っていた。
ファニーも元気が無い。
プレシレーネも気丈にしているが、
親方の事があってだろう。
ウーナとリウは寄り添っているが、
どうも同じように元気が無い。
特にエミルは顔色が悪すぎる。
これは神秘に当てられた所為なのか。
「皆悪いけど里を出てくれ」
「コウ殿!?」
「コウ、何をたわけた事を」
「私も残るよ!」
「俺も残るぜ?」
「私も」
「グア」
皆俺と共に戦ってくれようとしている。
だが今のままここに居れば、全滅する可能性もある。
俺がやられた場合、他の方法を模索してもらう為にも
皆には外に出て欲しい。
だがまんま言えば出ないだろう。
「アンタ達馬鹿じゃないの?ホント脳みそ軽過ぎ」
俺の背中で背筋を伸ばし、
腕を組んで俺の仲間を上から目線で咎める少女。
ホント威勢が良すぎるな全く。
「貴様の方が軽いだろうに」
「コウ殿、その者は何なのですか?」
「コウ、そいつ敵じゃないの?」
「見た事無い方ですねぇ」
「品性が無さそうですわね」
「俺も知らんけど何でコイツ偉そうなんだ?」
「グア」
疑問を口にする皆。
ああややこしい事に。
「アタシがどうだとか今関係なし。アンタ達じゃ足手まといだって言ってんの?分かんないの?馬鹿じゃない?」
何か一言付けないと気が済まないのかコイツは。
「皆明らかに顔色が悪いから、一旦ここを離れてくれ。恐らくあの巨人の影響だろうから」
「しかし!」
「しかしもカカシも無い訳よ。ホントウザい連中過ぎじゃない?アンタ達じゃあのデカイのの影響を受けてまともに動けないって言ってんの。動けるのはこのオッサンとアタシだけな訳。ここまで説明してもまだ解らないなら小学校からやり直せっての!」
「貴様……小馬鹿にしている事は我でも解るぞ?もう一度痛い目に遭いたいのか?」
「はぁ?今のアタシに出来ると思ってんの!?」
いい加減にしてほしい。
俺の背中で仁王立ちして上から説教とか
どういう教育を受けたらこうなるんだ。
だが的確な指摘ではあるので止め辛い。
「兎に角一旦退却。それと俺の背中の威勢の良いのも連れてってくれ」
「それは無いわ。アタシは残る。アンタに借りを作りっぱなしなんて気持ち悪くて吐き気がする」
背中で威勢よく言われてもなぁ。
皆抗議をしてきたが、埒があかないので
取り合えず引いてもらう事にした。
しかし少女は俺の背中にしがみ付き、
俺の頭に噛り付いて離れようとしなかった。
そして皆に任せておくと、斬られかねないので
仕方なく残す事にした。
「ホントに大丈夫なんだろうな」
「アタシ以外にまともに使える奴が要る訳?」
ホントどうなってるんだコイツは。
少し前まで俺の首を狙っていたのに。
「まぁ仕方が無い。責任は持てないからな」
「持ってほしくないし!」
俺達は巨人の動向を窺いながら隙を見つけるべく、
里に残るのだった。




