エドベ
エルフはこの世界の神秘全てに責任のある種族。
神より与えられた恵の全てはその為のもの。
だからこそ掟を護らなければならない。
外部との接触などあってはならない。
その為に私は自分の父と母すら贄としたのだ。
下界に興味を持ち、エルフの里の繁栄の為と
謳いながら、私腹を肥やした両親を。
その両親が教育していた女王もまた、
外部との接触を徐々にしようと言う政策を
打ち出して来た。
当然の結果と言えばそれまでだ。
許される事では無い。
長寿と神秘とを与えられた我ら種族が、
劣等種族と対等であろうとするなど許されない。
エルフの鍛冶師を処分した時もそうだった。
里は外部に興味を持とうとしている。
それが私には許せない。
何故脈々と続いて来た里を維持するのではなく、
外部との接触に傾けるのか。
長寿は者の魂を腐敗させるのかもしれない。
そう考えれば、長寿はエルフにとって
仇となる能力だ。
ならば短い生だとすれば、里を維持する事に
懸命になるのだろう。
私は結論に至る。
女王を廃し、私が指揮者となりエルフの寿命を糧とし
強固な護りを作り上げる。
その為の方法を模索している時、
小さな子供が私の前に現れた。
それは神だと言う。
ロキと名乗る神は、私のその具体的な方法を教える。
女王を寄り代とし、大樹の生命力を糧に
この里を護る象徴を完成させると言う。
その為にエルフの里の人間が半分位減ると言う。
私は迷う。
ロキと言えば、どちらの味方か解らず、
戦いを引っ掻き回した神だ。
エルフの里の為に加担する必要はと尋ねると
「神にとって神秘が神秘のままあるのは好ましい事だよ。僕としてもエルフがちょこちょこ下界に居られると、違和感を感じるんだよね。だから君に知恵を授けたにすぎない。別に使っても使わなくても構わないよ」
そうほほ笑みながら言った。
私は覚悟を決める。
相手が神ならば、外部の力を借りた事にはならない。
神より与えられた使命を果たす為に、
神に力を借りて何が悪いのか。
私は早速行動に移る。
魔族の鍛冶師を紹介され作らせた魔剣によって、
女王の魂を食わせる。
まんまと計画通りにいったが、誤算が起こる。
魔剣は意思を持っていた。
主の望みを叶えると言う。
魔族の汚らわしい剣などに叶えてもらう望みなど無い。
そしてこんなおぞましい物を、
神に選ばれた私が持っているのは相応しくない。
私は下界が滅べば文句は無いと言って、
その剣を洞窟の最下層へ捨てた。
里へ戻ると王女が下界に降りたと言う。
私は焦る。
このまままかり間違って計画が露見すれば、
全てが水の泡だ。
私は部下達に私の思想を言葉巧みにねじ込む。
だが上手くいかない。
途中までは賛同を得るが、女王を廃する話しとなると
皆首を横に振る。
このままでは不味い。
どうにかしなければ私の計画が破綻してしまう。
女王を黙らせたと言うのに。
「やあ御困りかな?」
タイミング良く神は現れる。
私の全てを見透かしているようだ。
神だから当然か。
私は包み隠さず話し、計画の進行の手助けを願う。
神は最初眉間にしわを寄せていたが
「ならこれをあげよう」
と言ってペンダントを渡してきた。
これを首にかけて同志にしたい者に話しかければ、
自分の思想をそのまま植えつけられると言う。
私は嬉々としてそれを手に取り首にかけ、
仲間達を説得していく。
そうすると嘘のように、女王廃位に賛同し、
私こそがリーダーに相応しいと認めた。
私は狂喜する。
神は私は祝福している。
神は私に成し遂げろと言っている。
完ぺきだった全ては。
その筈だった。
その後私は剣を捨てた洞窟に、
ペンダントも罠を仕掛けて取り出せないように厳重にし
捨てた。
これで露見する事も無い。
一度思想を植えつければ、それを引きはがす事は出来ないと
神は言っていた。
なら必要無い。
下手に持っていて露見しては不味い。
だから捨てたのだ。
王女の連れ戻しと、巷で英雄と呼ばれる人間を抹殺する
指示をルールに出した。
これは神からそうしないとその英雄は王女と組んで
この里を荒らすと言われたからだ。
私はもう何も疑う事は無い。
この方は私に全幅の信頼を寄せて任せてくれたのだ。
期待にこたえなければならない。
しかし私の期待にルールは裏切った。
英雄の抹殺に失敗し、王女を連れて逃げたのだ。
私の顔に傷を付けてまで。
神に選ばれたこの私に傷を負わせたのだ。
直に手を下さねばならない。
神への冒涜だ。
追手を放った直後に、
エルフの里の入り口でいつも里に物資を売りに来る
商人達が里に入るべく衛兵と話していた。
私はルールと王女に対して怒りを露わにしていた。
気付かなかった。
その奥に立っていたエルフに化けた人間を。
改めて思い返すと、
あの人間が背負っていた剣の柄は見覚えがある。
何故あれを持っている!?
あれは捨てたはずなのに。
まさかあれが英雄と呼ばれている人間だとは。
だがそうとなれば私は急がねばならなかった。
「女王を神殿へ」
私は部下に命じて、大樹の下にある神殿に
女王を連れて来させた。
そして供え物を捧げる祭壇に女王を置く。
最早もぬけの殻でも、その血は高貴な血。
だが私は今や神の私兵だ。
この女王よりも高貴な者なのだ。
神の為に成し遂げなければならない。
誰にも邪魔をさせるものか!
「神々が植えし大樹よ!神の願いを形作る為に、女王を寄り代とし、その姿を変え我が前に現れたまえ!」
私は全霊力を使って陣を構成し、精霊達を呼びだし、
生贄の儀を取り行う。
英雄だろうと誰だろうと、もう間に合わない。
神の願いを妨げることなど出来るものか。
全てが私の神の願い通りになる。
神の願い……?
私は何を目的にしていたのか。
私は何故この儀式を行っているのか。
この儀式によって生み出される者は
神の願いだったか。
私はそれでも成し遂げる事を優先した。
そうしなければならないと信じていたからだ。
もう後戻りはできない。
この命を捧げても成し遂げなければ。
エルフの里に悲鳴が木霊する。
良い、これで成し遂げられる。
全てのエルフの魂をここへ。
それでこそエルフだ。
私は喜びに打ち奮える。
大樹と王女、そして同胞の命が集まり、
それは巨大な人型へと変わる。
これこそが神の意思!
「お役目御苦労さん」
私は驚き振り返ると、
そこには神が連れていた異形の女が居た。
「何用かな?」
「言葉通りじゃん?アンタの役目はここまでってことで。あれを動かすのにはね、生身の者を入れないといけないんだってさ。魂?が多くて統率がとれないらしいよ?ロキきゅんが言ってた。だからさ、アンタあの中に入ってよ」
「何を言っているんだ!?」
「ダルいわぁ」
その女は私の腹に剣を突き立てた。
何が起きているのか解らない。
神の使いが私は何故刺す?
私を生贄とする!?
「良かったじゃん?アンタの願った通りエルフの里そのものの化け物の頭を、アンタ自らも犠牲になって成し遂げられるんだから、喜んでよね。じゃあね、バイバイ♪」
その女は私の腹から剣を引き抜くと、
大樹が変化した人型の口まで襟首を掴み連れて行き、
口らしき場所へ放り込まれた。
そして私は意識が薄れて行く。
体が焼けるようだ。
どうにかしなければ。
死にたくない。
死ぬわけにはいかない。
私は神の使徒なのだから。
……解けて行く私の身を見ながら思う。
ロキという神を何故私は信奉したのか。
そして色々と辿れば、私も禁忌を犯していた。
自らが里の掟を信奉していたにもかかわらず、
神が現れたからと言って全てを忘れて。
銀の斧を落としたのに、金の斧を落としたと
言った男の気持ちが解る。
それはそうだろう。
目の前に素晴らしい物があるなら、
元々を忘れてそちらに気が行く。
そして結末もその通りになった。
まさか自らの身でそれを体験する事になるとはな。
全て滅ぼしてやる。
何もかも全て無に帰すれば、
私が掟を犯した事実も、
皆が下界に触れたがる気持ちも
全て無かった事になるのだから。
こうして私は解けて行く。
掟、掟と言いながら、
掟を破った私も罪人だったのだと。




