頸木
「おい、ルール、ブルーム、怪我は無いか!?」
俺は二人に駆け寄り、様子を見る。
ブルームは所々痣があった。
ルールは疲労しているようだが、怪我は無かった。
「ウーナ、治癒とか出来るか!?」
俺は後ろに居たウーナに尋ねる。
ウーナは頷き、ブルームの痣を見て手をかざす。
暖かい光が出て、徐々に痣は消えて行く。
「良かった。女の子の体に痣が残ったら大変だからな」
俺は一息吐くと、ルールに向き直す。
「ルール、どう言う事か説明してくれ」
そう真剣な顔で問う。
ルールはそれに驚いた様子で
「……何故俺を斬らない。俺はお前の仲間を傷付けたのに」
と聞いて来た。
「だがブルームを護ってくれた。
今はそれで良い。で、どう言う事なんだ」
確かに頭にきていたが、ブルームも俺の仲間だ。
そしてこのままだと永遠に闘い続ける事になる。
それを解決するにはルールの力が必要だ。
恐らく指示に従ったんだろうし。
勤め人は辛い所だよな。
俺は無職だったから解らないが。
それから傷の手当てが終わり、ルールが話し始める。
エドベという今までエルフの里の掟を護る為に、
逃げたエルフの暗殺を指示していた者が
反旗を翻して自ら統治者になろうとしている事。
その為に自分達の母親はこん睡状態になった事。
何ともまぁ解り易い事だ。
「そうか、なら急いでエルフの里に行くぞ。立てるか?」
「何故お前がエルフの里へ行く?部外者じゃないか」
「部外者?違うだろ。ブルームは俺の仲間だし、
お前も約束を護ってくれた。なら今度は俺が約束を護る番だろ?」
「お前……馬鹿だろう」
「そうかもしれないな。だがそれで良い。
どうせ馬鹿なら大馬鹿野郎になってやるだけだ」
俺は立ち上がり里の方角を見る。
追手が来る可能性がある。
ならこちらから打って出るのが礼儀ってもんだろう。
「皆行くぞ」
「おー!」
俺は走り出す。
ルールもきっと来るだろう。
今は立てなくても、何れ迷いを断ち切って。
「貴様ら、ここから先は行かせ」
俺は何か言いかけた黒尽くめを殴り倒す。
ファニーも蹴り飛ばし、
プレシレーネも投げ飛ばす。
リウも首で吹き飛ばし、
ダンディスさんも中華包丁で峰打ちにした。
ウーナとエミルも其々倒した。
全く凄い仲間だよ俺の仲間は。
「コウ。とっとと済ませて帰ろう。吐きそうだ」
ファニーは相変わらず顔が青い。
大丈夫なのか?
「あいあい。さっさと済ませましょう」
エルフの里までもう少しだ。
正面突破では無く、柵みたいなものがあったので
それをよじ登って侵入しようと考えていた。
衛兵に言っても通してはくれないだろうし。
早くしないとブルームとルールの母親が危ない。
「取り合えず里を囲っていた柵を登って侵入するけど大丈夫か?」
「問題無い。我は飛び越えられる」
「私も問題ありません。跳躍で行けます」
「流石に私はちょっと」
「私もそこまで飛べませんね」
「俺はいけるがなぁ。このリウってのも無理だろう」
引き上げるのも難しいな。
ならやっぱ正面突破か。
「なら衛兵の方には少し眠って頂きますか」
「それしかねぇな」
俺とダンディスさんは笑いあう。
そう決めて俺達はエルフの里の入口まで戻った。
「お前ら、今は無理だと言っ」
俺とダンディスさんが峰打ちで衛兵を気絶させる。
「ブルーム、母親はどこだ?」
「お母さんはあの大樹の下にある神殿にいます!」
「よし、真っ直ぐ行くぞ!」
「まぁ待ってよ英雄さん」
俺の背後に聞きなれない声がする。
「誰だお前は」
「僕かい?僕は狂言回し(ロキ)さ。
そう急ぐ事は無い。もう少しでそれは具体的な力となって現れる」
「悪いがそれは聞けないな」
「頼んでないよ」
キンと言う音が俺の背中で鳴る。
黒隕剣が抜けて防いでくれた。
「凄いねその剣。流石例外的な存在に相応しい剣だ」
「それは?」
「ゲイ・ボルグだよ。君も知っているはずだ」
「何!?」
俺は振り返る。
そこに居た子供の姿を見る。
俺は息を飲んだ。
「君には僕がどんな風に見えているのかな?」
「貴様……!」
「ほうほうなるほどね。君の弟に見えている訳か。
僕の立ち位置としては相応しい姿だね」
「人の嫌なものに姿を変えるのか?」
「鏡のような存在かもね」
その容姿は忘れるはずが無い。
俺が最も恐れ、嫌い、憎んだ相手の子供の頃の姿だ。
「引きこもりで無職の兄を持つなんて可哀想だよねぇ。
僕なら死にたくなるよ」
「挑発のつもりか?」
「つもりじゃなく挑発しているのさ」
「悪いが先を急ぐんでな」
「行かせないって言っただろ?」
紙一重で頬をかすめたゲイ・ボルグをかわし、
俺は一撃入れようとするが、
流石槍だ。ゲイ・ボルグの真ん中で受け止められた。
「終わりかな?」
「まだだ!」
俺は黒刻剣を引き抜き、
二振りの剣で隙を与えないように剣撃を加える。
「どうやら大成功だね。君の太刀筋は粗い。力の入り過ぎだ」
俺の剣撃を受けつつ、突き返してくる。
攻守が入れ替わる。
俺との距離を絶妙に保っている上に、
周りに殺気を放って皆思うように動けないようだ。
「流石僕が選んだ君だ。こんな状況でここまで出来るのは流石だね」
「世迷い事を!」
「君も解っているはずだ。他の者は動く事も出来ない。
何故だか解るかい?」
「お前も神だからだろう?」
「そう言う事だ。僕も一応神なんでね。他の者は動けない。
成す術なく刺されるしかない」
「だから俺が相手をしているんだろうが」
「それがどう言う事か解るかな?」
「まさか神に近いとか言うんじゃないだろうな」
「近いのかそれとも対抗手段なのか。僕はそれを見極めたい」
「……どう言う事だ」
「何れ解る。この世界の全ては法則によって
成り立っている。神が神として生かされているとしたらどうする?」
「神が登場人物として設定されていると言う事か?」
「そう。そしてその頸木から抜け出そうと画策する者が居るとしたら?」
「お前がそうか?」
「さてどうだろう?だが寿命の無い生を送っていると暇になるんだ。
だからこの世界に面白い事を色々起こしたくなる」
「はた迷惑な奴だ。ここでケリを付けてやる」
「本当にそうする気なのかい?斬れるのかな君に。
弟の姿をした僕を。神である僕を。それを成し遂げればどうなるか解っているのかな?」
俺と弟の姿をした薄気味の悪い奴は剣と槍を
重ねながら言葉を交わす。
狂言回しと退屈しのぎ。
そして神。
該当するのは俺の頭の中には一人しか居ない。
悪戯好きでラグナロクという神々の戦いを引き起こした
張本人、ロキだ。
流石神だ。
武神でもないのに、全く隙が無い。
「さて、頃合いだ。僕は引かせてもらおう。後は宜しく。
君にプレゼントがあるから受け取ってくれ。
神殿にあるから急いで行くと良い」
ロキは俺を跳ね飛ばし、
距離を取ると言葉を残して消えた。
神話道りのトリックスターか。
何を仕掛けているのか知らないが、急がなくては。
「皆動けるか!?」
俺が皆に声を掛けると、ハッとなり辺りを見回す。
神様を目視するとか普通は無理だよな。
恐らく脳が拒否するだろう。
思考停止状態に陥っていたのだろう。
「あ、ああ。何かあったのか?」
「いや何も。さ、急ごう」
俺は皆を促し、神殿へと向かう。
ロキのプレゼントが気になる。
しかし久しぶりに見るあの姿は、
俺の動きを鈍らせた。
頭を振りつつ神殿へと走った。




