エルフの里へ
「コウ……」
俺はエミルが持ってきてくれたエルフの耳、
そしてミレーユさんからパウダーを貰って顔に塗り、
エルフに変装した後、ロリーナが寝ている寝室へ
顔を出した。
「ロリーナ寝てていい。ゴメンな、俺が離れたばっかりに……」
「気にしないで。僕が油断してたのもあるから」
俺はロリーナの手を握り、目を瞑る。
「ロリーナの気も一緒に連れて行く。じゃあ行ってくるよ。安静にしててな」
「お早いお帰りを」
ロリーナの手が名残惜しそうに
俺の手を握っていたが、
俺は優しく手を重ねると手を離した。
「皆、準備は良いか?」
ギルドの前で皆に確認する。
と言っても一緒に顔を塗りたくっていたので
準備は万全だ。
「コウ、ギルドは俺とリムンが護る。安心して行ってこい」
「俺も今暇だからギルドの守備をしておこう。安心してくれ」
ビルゴとヘラクルスさん、リムンに見送られ、
俺達は旅立つ。
エミルが必要なアイテムを
あらかた揃えてくれていたので、
そのまま街を出る。
「エミル、ここから真っ直ぐか?」
「はいー。このまま真っ直ぐ森も進んで行けば、エルフの里に行けます」
「了解だ。まだここら辺は大丈夫だろうから、森に入ったら警戒しよう」
「了解!」
俺達は草原を越えて、森へ入る。
魔物などが出てこないか警戒しつつ進む。
ある程度進むと、草むらがガサガサ音を立てる。
「皆、俺の後ろに」
そう指示すると、皆俺の後ろに回りつつ、
周囲を警戒してくれている。
一際大きな音を立てて、草むらから
何かが飛び出して来た。
「つぁっ!」
「待て待て!」
俺は黒刻剣を引き抜いて
斬り払おうとしたが、中華包丁2本に受けとめられる。
……中華包丁2本?
俺はこの世界に来て中華包丁を戦いで使う人物は
一人しか知らない。
「ダンディスさん!?」
「おう!待たせたな!」
現れたのは獣族の神狼の異名を取る戦士だった。
俺は剣を背中の鞘に収めると、
ダンディスさんの手を握った。
「お久しぶりです!でもどうしてここに!?」
「ホント久しぶりだな!ビルゴの旦那には逢っただろう?」
「ええ。じゃあ洞窟の一件がらみで?」
「そう言う事だ。ビルゴの旦那は詳細に報告してくれてな。お前さんが動いていると聞いて、どうせエルフの里へ行くだろうと踏んで追いかけて来たのさ。冒険者ギルドに着いた時に一足違いだったみたいでな。飛ばして来たんだ」
俺達は笑顔で握手を交わし終えると
「ウーナとリウ、プレシレーネは初めてだったな。ダンディスさんと言って、アイゼンリウトの戦士として戦った神狼の異名を持つ凄腕の戦士だ」
そう皆に紹介した。
「よせよ!お前に凄腕とか言われると立つ瀬が無いぜ」
「いや、凄腕ですよ。リードルシュさんもダンディスさんも」
「お初にお目にかかります。私は鍛冶師のプレシレーネと申します」
「初めまして、私はコウ様付きのシスター、ウーナと申します」
「グァ!」
それぞれ握手を交わし終える。
「エミルは久しぶりだな!」
「ええ、ダンディスさんもお変わりないようで何よりです!」
エミルとダンディスさんは久々の再会を祝うように、
硬く握手した。
「これで準備万端だな!何せエルフの里と取引経験がある商人が二人もいるんだから」
「そうですねぇ。これなら余計な変装は要らなかったかもしれませんね」
「まぁ用心に越した事は無いから大丈夫でしょう」
ダンディスさんはそう言う俺の顔をまじまじと見て
声を上げて笑った。
「しっかしまぁ凄い手の込んだ変装だな。これならバレないかもしれないな」
「それなら良かったです。そんなに笑えますか?」
俺もつられて笑ってしまったが、大丈夫なのだろうか。
改めてウーナやプレシレーネ、ファニーの顔を見ると
確かにいつもと違う顔をしているので、そう言う意味で
面白いかもしれない。
俺が改めて笑うと、ファニーの鉄拳が飛んできた。
「女性に対して顔を見て笑うなど失礼であろう」
「ごめんごめん。何時もと違うからさ。それよりファニーは今日は随分と静かだけどどうしたの?」
俺は街を出る前から比較的大人しいファニーに対して、
尋ねるとファニーは眉間にしわを寄せて
「気持ちが悪いのだ」
とかすれた声で言う。
「気持ち悪いってお酒が抜けてないのか?」
「それもあるが、エルフと言う種族が我は苦手なのだ」
「それはまた何で?」
「個人的なものだ。決まりだ掟だ精霊だと崇めたてまつり、その物を理解せずに固執する一族など、ブルームに逢わなければ遭いたくない者どもだからだ」
なるほどね。
ファニーも崇められてきたから、
崇められる者の気持ちが解るし、
ただ崇めるだけで理解しようとせずに
伝統だからと他の事を二の次にしているのが
許せないのか。
「酒の抜けも悪い上にそんな者たちと遭うのだからな。少しくらい静かにしていなければもたん」
「そうか、俺も気持ちが悪いと言えば悪い」
理解を示しつつも、俺は背中に何かザラリとした感覚が、
森に入ってからエルフの里に近付くにつれ、
強く感じて気持ちが悪かった。
これは何の感覚だ?
「コウ、お前も野生の勘が備わっているのか?」
ダンディスさんが耳打ちしてくる。
「いえ、そんな事は無いと思うんですが、何かザラリとした感覚が背中から離れなくて」
「俺の勘も危険を感じている。具体的には何とは解らないが、注意した方が良い」
「了解」
俺は頷いてファニーの背を押しつつ進んだ。
その内ファニーは本格的にダウンして
俺がおぶっていく事になった。
やがて俺達は目当ての場所が見える所まで来た。
「ここからが本番だな」」
「そうですね。衛兵も立っていますし、用心していきましょう」
そうダンディスさんと話していると、
里の中から黒尽くめの男達が出てきた。
「あれは……」
ルールと同じ格好だ。
とすれば暗殺者だ。
何があったんだ?
「取り合えずお前達は変装しているし、俺とエミルは顔が割れてる。あの黒尽くめが去った後に近付いて、それとなく衛兵に聞いてみよう」
「そうしましょう」
俺達は身を潜めつつ様子を窺う。
黒尽くめが俺達の居る場所から見て右側へ
移動したのを見届けてから、里へ近付く。
「どうもエルフの旦那方!毎度!」
「どうもー」
ダンディスさんとエミルが衛兵に声をかける。
「ああお前たちか。間が悪いな、今は立てこんでいて中へ入れる訳にはいかないんだ」
「どうしたんですか?」
衛兵たちは苦い顔をして答えない。
「お前達何をしている!?」
ヒステリックに衛兵に対して怒鳴りつける声が
奥から飛んできた。
その顔は厳格そうな顔をしていたが、
傷つけられたと思われる頬を痙攣させて
怒りを露わにしていた。
冷静で無い所を見ると、今さっき何かあったのか。
――奴だ!――
黒刻剣の声が
聞こえる。
こいつが犯人か。
でも耐えてくれよ。
まだ出る訳にはいかない。
「エドベ様!ルール達が里の東へ向かっているのを発見しました!」
先程去った黒尽くめの仲間が一人、
厳格そうな顔をした男にそう伝えた。
「お前達さっさとここから去れ!」
「わっかりましたー」
ダンディスさんの声に合わせて
俺達は里を離れる。
「どうやらヒントは東にあるらしいな」
「ええ、急ぎましょう」
俺達はエルフの衛兵たちから見えない距離まで
走ると、そこから東へ走り出す。




