大人の時間
「いててて」
俺は体のあちこちに痛みを感じながら目を覚ます。
見た事のある天井があった。
ここは冒険者ギルドの俺の部屋だ。
幸いなことに皆俺をただ寝かせておいてくれた。
上半身を起こし服をまくって確認すると、
そこには主神との稽古の跡が残ったままだった。
血は止まっているが、傷は治りきっていない。
そこまではサービスしない、
未熟を感じろってところか。
俺はまた上半身を倒す。
あれで手加減してるんだから、
どんだけ強いんだ。
それに切り札の一つも見られなかった。
まぁ切り札を出されたら防ぎようもないが。
ひょっとすると黒隕剣で、
絶対命中という結果を変えられるかもしれない。
――やるなら死を賭して、だな――
だよなぁ。
防御に関してはリードルシュさんの軽鎧が
今も現役だけど、恐らくこれでも防げない。
オーディン様はその隙間をキッチリ狙ってきた。
流石世界一の強さだ。
黒隕剣と語らっていると、コンコンと扉を叩く音がした。
「はい」
俺はベッドから起き、扉を開けるとそこには
ビルゴが居た。
「大丈夫か?」
「ああ何とか。皆は?」
「女性陣は女性陣で部屋で盛り上がっているようだ」
「そうか」
「で、どうだ。下で一杯やらないか?」
「付き合おう」
俺は笑顔で答えると、ビルゴと共に冒険者ギルドの
カウンターへと降りた。
「コウ、おかえりなさい。もう大丈夫?」
ミレーユさんの声にほっとする。
よくあれで生きて帰ってこれたものだ。
「うん、もう大丈夫。ビルゴからお誘いがあったんで降りてきた」
「なら二人とも掛けて頂戴」
「失礼する」
「どっこいしょ」
俺はおっさんらしく座ってみた。
ビルゴは流石ドラフト族一の戦士だけあって
姿勢正しく席に着いた。
「さぁどうぞ。葡萄酒の良い物が入ったから」
葡萄酒……俺はそれを聞いて少しぎょっとする。
葡萄酒はオーディン様の好きな酒だ。
葡萄酒のみを飲んで
食べ物は取らないと聞いた事がある。
「ふふ、コウは物知りなのね」
「まぁ元引きこもりだからね」
「あら」
俺とミレーユさんは笑いあう。
ミレーユさんに対しても深く突っ込まない。
俺はこの人の笑顔が好きだ。
この笑顔は俺がこの世界で大事なものの一つ。
それを失ったり曇らせたくない。
だから何も言わない。
「では乾杯しよう」
「ああ、親子の再会とリムンの笑顔に」
「……お前と言う良い男と出逢えた事に」
カン、とグラスを合わせて鳴らす。
「私は」
「ミレーユさんの気遣いにも乾杯」
「あら、有難う」
ミレーユさんともグラスを合わせて鳴らした。
「しかしコウ、お前はまた色々な事に首を突っ込んでいるようだな」
一杯目を3人で空けた後、ビルゴが言う。
色々な事ってなんだ。
思い当たるのは一つしかないが。
「コウは歩くだけで何かに当たるみたいよね」
ミレーユさんはくすくすと笑う。
何だそれは。
俺は刑事ドラマか。
行く先々で事件か。毎日事件か。
「まぁそれによって周りにも影響が出ている」
「影響?」
「ああ、解り易い所ならあの洞窟に住むゴブリン達だ。恐らく俺の妻を切っ掛けに、外の世界に興味を持ち始め、お前と言う救世主を見て更に引かれただろう」
「良い方向に行けばいいけどね」
「お前もそう思うか。ゴブリンと言えば野蛮な存在という認識だし、確かにそうだ。だが中には俺の妻のように頭の良いものもいる。そうなると、交流が生まれる代わりに」
「軋轢も生まれると」
「そうだ。そうなった時、お前はどうする?と聞こうとしたが止めた」
「なんだよ。解りきってるみたいな言い方だな」
「解り易過ぎるだろ。どうせ助けに行く癖に」
「ただの通りすがりが、偶々助ける事もある」
「通りすがる事が多すぎるだろう」
俺とビルゴは笑いあう。
つい最近まで戦ってた相手なのになぁ。
「まぁ何にしても、お前はアイゼンリウトだけでなく、あの洞窟のゴブリン達の心を掴んだ訳だ。そして次はエルフかな?」
ビルゴは鋭く突っ込んできた。
「さぁどうだかね。通りすがると良いねぇ」
「……エルフの事は多少は知っていようが、あの部族はドラフトよりも自らの種に対する保守感が強い一族だ。ハッキリ言えば、エルフ以外は滅んでも構わない位思っていると考えて良い」
「そういうのは何処にでも居るもんさ」
「行くなと言っても行くんだろう?」
俺はミレーユさんに注がれた何杯目かの葡萄酒を見つめながら
「泣いてい子が」
「ああ」
「泣いてる子が居たとしてだ。それを救う力が無ければ諦めたかもしれない。もしかすると俺の勘違いなのかもしれない。でもあると思っているんだ。そしてその力で泣いてる子を笑わせる事が出来るなら、俺はそれで満足。単なる自己満足なんだ。だから何も求めない。ただ道は示されているのだから、俺はもう前に進むだけと決めたんだ」
「そうか」
「ああ、後ろは死んだ時に振り返る。保守的であろうと無かろうと、女の子が泣いているなら助けたいと思っちゃうのがどうしようもないんだよなぁ」
「全くどうしようもないな」
「ホントだな」
そう、元の世界の俺は死んでいるのかもしれない。
この世界で死んだら元の世界の俺が死ぬのかもしれない。
どれも正確では無く、この瞬間も夢かもしれない。
かもしれない事だらけだからこそ、
どうにかしてしまえる力があるのだから、
やるだけやって死んだら出来なかったと諦める。
というかオーディン様に稽古を付けてもらえる人間も
そう居ないだろう。
俺とビルゴは暫く無言で飲んだ後、
「俺とリムンは暫くこの街に居る。リムンも寂しがっていたからな。無事に帰ってこいよ」
と言い残して二階に用意されたビルゴ親子の部屋へと戻った。
「コウ、ビルゴの言う通り、エルフは一筋縄じゃいかないわよ?」
「だろうね。想像以上にヤバそうだ」
「でも行くと決めたのね」
「通りすがるだけだよ。何時もと変わらない。アイゼンリウトも通りすがっただけさ。偶々そこに泣いている子が居ただけ」
「この世の中で泣いている子の涙を全部止める気?」
「そこまでカッコ付けられないよ流石に。自分の目に見える範囲は頑張ってみたいんだ。もう頑張らないのは止めた」
「そう。ならまた無事に帰ってきてね」
「この美味い酒をもう一度味わう為に」
こうして夜は更けて行く。
自分の寝床に入った時に、
元の世界の事を思う。
こっちでは力がある、武器がある、友がある。
だからこそ出来る限りの事は何でもやりたい。
元の世界では無かった物を与えられた事には意味がある。
そう信じていたから。




