主神の太刀筋
洞窟を出て見ると、夕焼けが広がっていた。
夜になる前に戻れたのは良かった。
本当に夕焼けが綺麗で、胸に来るものがある。
なぁ魔刻剣夕焼けも悪くないだろう?
―悪くない。何とも言えない気持ちになるな―
そうか。なら良かった。
「さ、皆エルツに戻ろうか!」
「おー!」
ゆっくりと森を通る。
その間後ろの娘軍団はワイワイ賑やかだった。
良かった、誰も怪我無く帰ってこれて。
しかし何か忘れている気がする。
――そうだ、コウよ。忘れている――
カッコつけ過ぎて気を張っていたのが緩んだ。
そして俺は元々引きこもりの無職である。
力と魔力があっても、体力がある訳ではない。
体力は多少付いたが。
俺は瞼が閉じて行くと共に地面に近付き意識を失う。
「で、何度も同じだと俺も流石に気付く訳ですが」
大体電池切れして重要な所に近くなると、
俺はここに呼ばれるらしい。
気軽に呼ばれて良いのか俺。
「察しが良くて助かるわ」
目の前には絶世の美女。
名前は聞かない。
「用件はどんな感じでしょうか」
「そこも察しはついているんじゃ無くて?」
「大体は」
「なら頼むわね。ただ今回はちょっとここに居てもらうから」
「え?」
俺は嫌な予感がする。
まぁ問題として効率良く剣を振るえても、体力が無いと
毎回倒れる羽目になる。
解消したいけどそう簡単に解消するものなのか?
「フリッグよ、後は我が話そう」
「あら、貴方自ら?」
「そうだ。あ奴のみに褒美を横取りされたのでは我も動きたくなる」
「まさか……」
これは参った。
ウーナが見たら卒倒しそうだ。
「そうだ。我がオーディンなり。さぁ剣を抜け」
その姿は前に何かの本で見たような出で立ちだった。
黄金色の鎧に身を纏い、青いマントを靡かせ、
気を放つ大きな馬に跨り、矛は穂先にルーン文字、
柄は枝から作られたように見える。
「あのすみません、それでうちの剣を叩かれると破壊されるんですが」
「なら気をしっかり持つが良い」
マジだ。
問答無用だ。
オーディン様は戦う気満々だよ!
あの馬は恐らくスレイプニル。
八本の足を使った滑走はあっと言う間に
俺とオーディン様の距離を詰める。
てか剣に槍って間合いが圧倒的に不利なんですけど!
「我に一太刀浴びせて見よ!」
「いやマジっすか!?」
「出来ねば死ね」
「あの眼鏡より性質悪い!」
「ふん!」
グングニルはグラムを砕いた槍。
そしてその投擲は的を外さない。
なら俺は間合いを離す訳にはいかない。
離れたら最後、グングニルで心臓を貫かれる。
しかし馬上からの突きは、手加減をしてくれている
だろうけど、鋭すぎてかわしてるのに切り傷が増えた。
どっちで行く!?
ここは黒隕剣で行こう、
魔刻剣だと砕かれる。
「つあっ!」
槍の突き返しを窺い斬り込むと、
「やる気になったか」
次は腰に差していた剣を抜いて防いだ。
「ずるい!」
「ずるくは無い。死にたいのか?」
ずるいだろう絶対!
グングニルに剣まであるとは。
グングニルには黒隕剣で、
この剣には魔刻剣で対抗しよう。
これ力量の差があり過ぎて特訓になるのか!?
馬上からの攻撃というのは経験が無いから有り難いが、
どう考えても超一流の武芸者でもあるこの神様、
手加減とかまるで無いわ。
片目が眼帯で覆われているから、その死角を突いている
のだが、何事も無かったかのように槍で牽制され
剣で視界の中へ戻される。
なるほど。
不利を承知して巧く自分の場を整える。
これは全体での戦い方にも通じるものがある。
「コウ、何時まで我をスレイプニルに乗せたままにしている気だ?」
「バレました?」
「確かに我も手加減をしているが、まさか馬上からの攻撃を体験する為にスレイプニルを攻撃しないとはな」
「ならば」
俺はグングニルを掻い潜り、
剣を魔刻剣で受け、
黒隕剣の剣身の腹でスレイプニルを叩く。
スレイプニルは横に吹っ飛び、
オーディン様は俺へ飛びかかりながら
グングニルを振り下ろす。
それを二振りを交差させ受ける。
「そうこなくてはな!」
「スレイプニル叩いてすみません!ですがご教授頂きます!」
「良かろう!」
グングニルの隙も漏らさぬ突きを
バックステップでかわしながら
黒隕剣で払うと間合いに飛び込む。
そこに剣が飛び出してきてそれを
魔刻剣で受け
「貰った!」
俺は頭突きをオーディン様の鳩尾に向けて放つ。
「甘い!」
いつの間にかグングニルを手放した手で
背中を強打される。
だが意識を失う訳にはいかない。
折角稽古を付けてくれるのに勿体ない。
俺はそれでも倒れず前に出て
鎧越しに頭突きを入れる。
「戦い方が雑だな」
「主神相手に余裕かませるほど強く無いのですいません」
俺はそう言いつつも、態勢を崩したオーディン様に
間髪入れず剣撃を繰り出す。
二振りの剣、しかも意思を持つ相棒。
二人は俺の魔力を吸い上げ、主神を追いつめる
手伝いをしてくれている。
感じる。
剣に気も魔力も通っているのを。
俺達は一つだ。
「ふふ、ふははははは」
オーディン様は笑うと、気を発し爆風で俺を吹き飛ばす。
「なるほど、これでは雑魚では手に負えんはずだ。魔王や魔神なりかけを退けるだけではなく、この我をも下がらせるとはな」
「いや、この二振りの剣と籠手があればこそって感じです」
「解っているではないか。その籠手はお前の気力魔力を剣にスムーズに通す補助機のようなものだ。慣れれば自然と外れる」
「これも贈り物ですか」
「そうだ。お前の元の世界では生かせない能力を完全に覚醒させる為のな」
主神オーディン様はそう楽しそうに
微笑みながら言うと、グングニルと剣を構える。
これはまだまだ終わりそうもない。
死ぬ気で掛かるしかない。
「その意気や良し!我に一太刀入れて見よ!」
「はい!」
こうして俺の鍛錬は主神の本気に当てられ続け、
意識を失うまで続けられた。
結局一太刀入れる事は出来なかったが
「次までにマシにしておけ」
という有り難い言葉と共に意識を失った。




