地下居住地
七階に降り立った俺たちを待ち受けていたのは、
想像より意外な光景だった。
そこはかなり大きな空洞になっており、
家や神殿みたいなものまであった。
想像ではあるが、この世界でも昔洞窟に住んでいた人が
居たのだろう。
その名残かもしれない。
ただあまり綺麗ではなかった。
崩れ落ちているというよりも汚れている。
生活観がある。
恐らく放置されていたこの遺跡に、誰かが住み着いたのだろう。
「グア」
リウが周りを見つつ考え事をしていた俺に呼びかける。
「アーーーー!」
想像通りの悲惨な光景が広がっていた。
俺は女性陣の視界に入れないようにする。
リウも俺の横に並んで座り込み、
その光景を隠してくれた。
リウは良い子だ。
俺はリウの顔を見つつ微笑みながら、
「神の息吹」
と手を突き出し唱え、その悲惨な有様を
吹き飛ばして綺麗にした。
「ちょっといきなり何!?」
「いや、ちょっと岩があってね」
俺はすっとぼけて進む。
取り合えず絶世の美女に貰ったこの魔法は、
かなり便利だ。
勿論綺麗事だけでは無い世界だし、
命を奪いもしている。
だが別に好き好んで悲惨なものを見せる必要は無い。
おっさんの目にも余るからなぁ。
「取り合えず皆周囲を警戒してくれ。恐らく来る」
俺はそう言いながら前を歩く。
「ヒャアアア!」
建物から飛び出してきた者を
俺は取り合えず鳩尾に黒隕剣の柄頭を叩き込む。
俺の腕に倒れてきたのはゴブリンだった。
ゴブリン位の知性があれば、ここを使用して
生活を営む事は可能だろう。
しかしその魔剣というのは本当に凄いな。
ここに住んでいたゴブリンをほぼ瘴気に当てて、
正気を失わせている。
望まれて生まれてきたはずなのに、
その用途が呪いで人の魂を食らうしかないなんて。
まさか……。
俺の頭にあの眼鏡の顔が浮かぶ。
斬り合った時、もしもう一振りあれば。
ファニーのバルムンクに関するリスクを聞いたが
「無い」
と即答された。
無い訳が無い。
だが言わない、察しろと言うことだろう。
俺はそれ以来黒隕剣の相棒となれる剣を探している。
先のエミルの店でも話しつつ、目で探していた。
エミルもそれを察して首を横に振った。
貴方に合うものはない、と。
「まぁ今は最下層まで辿り着く事が先決だ」
俺は自分を納得させて、先へ進む。
瘴気が原因なら、元を無くせばゴブリンたちも
正気を取り戻せるはずだ。
殺戮なんてものに加担したくはない。
降りかかる火の粉は払いのけるが、
わざわざ火事場に飛び込んできた手前、
なるべくそうしないように最大限の努力はしたい。
幸いなことに、ゴブリンは人より丈夫だ。
多少力を入れて機を失わせておかないと、
自分の目が届く範囲で行われない殺戮が横行するだけだ。
俺は続々と飛び込んでくるゴブリンに、
容赦なく一撃加えて倒す。
後ろの皆にはなるべく今のうちに
温存してもらいたいのもあるが、
手加減が出来るかどうか不安なのもあった。
手加減できなければやるしかない。
今の俺はあの眼鏡の御陰で剣の腕が上がったのもあり
よりよく見えるようになった。
乱雑な動きなら、苦労はいらない。
的確に鳩尾を叩き、潰れていて貰う。
どうあっても今日中で無いと不味いな。
俺はゴブリンを捌きながら少しずつ速度を上げる。
皆もそれに合わせてきてくれる。
少し早すぎるときは、リウが俺の顔の横に
自分の顔を当てて教えてくれた。
ただ避けるだけ、捌くだけでは足りないのがきついな。
「グウ!」
リウはそれを察して手助けしてくれていた。
有り難い仲間が増えた。
俺たちは神殿のような場所に辿り着く。
その奥に下へと続く穴がある。
そこからは瘴気が漏れて来ている。
「コウ様、ここは私の出番ですわ」
ウーナが俺の前に出る。
「主神オーディンよ、我らを妨げる瘴気を払いたまえ」
刺々しいハンマーを前にそう祈ると、
俺たちの前に薄いバリアのようなものが
発生した。
「これで大分マシになりますわ。参りましょう」
ウーナの先導で俺たちは八階へ降りる。
「ウーナ、リウに乗って先行してくれ。急いで最下層まで突っ切る」
「やはり急がなくてはなりませんのね。でもどうしてゴブリンの為に」
「生憎俺は殺戮者じゃないんでね。出来る事は全部やっておきたいんだ」
「……益々貴方に興味が湧きましたわ。喜んで」
そうウーナは言うと、リウは近寄りしゃがむ。
そしてウーナが乗ると
「皆、悪いが少し強行する!」
「了解!」
そう皆に声を掛けて走り出す。
「ブルーム、もし罠がありそうなら直ぐ声を挙げてくれ!」
「解った!」
八階は複雑な道ではなく、すんなり九階へと進む。
瘴気は一段と濃くなっている。
「……不味いですわね」
「不味いな……でも行くしかない。俺とウーナだけで行こう」
「そんな!」
「我らも行くぞ!」
「私が居ないと罠の解除が!」
「私も護衛に!」
「駄目だ。この瘴気でウーナのこの結界みたいなのは、俺たち全員をカバーできるか?」
「お察しの通り無理ですわ」
「と言うことだ。悪いが美味しいところは頂く。リウ、皆と一緒に待っていてくれ。俺の変わりに皆の援護を頼む」
リウは俺の首に自分の首を当てると、
ファニーたちのところへ行く。
「なるべく早く戻ってくるから、皆待っていてくれ!」
「皆様、どうかご無事で!」
「そっちこそ!頼むよ!」
俺とウーナはファニーたちに少しの別れをして、
九階を進む。




