教会
洞窟を出るまでに何かあるかと思ったが、
結局何事も無く、洞窟から出てエルツに戻った。
こういう時に魔法とかでサクっと戻れたら
便利だなぁと思いつつ、へとへとになって
帰ってきた。
「おかえりなさい」
ミレーユさんのこの言葉を毎回聞くと、
帰ってこれたなぁと実感する不思議。
「ミレーユさん、ちょっとお客さんが一緒なんだけど」
「ファニーたちと同じ部屋に泊まると良いわ」
「有難う」
何も聞かずに受け入れてくれる。
その心地よさについつい甘えてしまう。
そう言えばこの世界に来て感謝の言葉を
素直に口に出来るようになった。
伝わっていると良いな……。
「ミレーユさん、教会ってまだやってるかな」
「ええ、教会は今頃ミサも食事も終えているから丁度良いかも」
「なら4人は湯場にでも行っててくれ。プレシレーネは教会には入れないだろうし」
「えー!?」
「えー!?が多い。細々とした事はおっさんに任せて、皆は明日の為にゆっくりやすんでくれ」
「それならばコウが休むべきであろう」
「そうだよ。僕がブルームと行くよ」
「私もその方が良いと思います!」
「コウ殿が適任かと。後私は教会には入れませんが、周囲の警護位は出来ますし、何か尋ねたい事があった時に近くに居た方が良いかと思いますが」
俺は顎に手を当てて天井を見る。
さてどうするか。
プレシレーネの言う事は一理ある。
詳しい事情を知らないから近くに居てくれた方が、
直ぐに聞ける。
だが一人だけ連れて行くことになれば、
私も私もと始まって収拾がつかない。
ブルームは母親の事となると宝箱を解錠する時ほど
冷静で丁寧な状態ではいられないだろう。
ロリーナの場合大雑把で端折りそうだし。
それは長所でもあるんだけどなぁ。
「いや、やっぱ駄目。全員休息。正直俺の自業自得だけど、今日休んで明日万全で居られるか自信が無いんだ。だから皆にはしっかり休んでもらう。そして明日はこき使わせてもらうからさ」
俺は冗談めかしつつも、
自分の状態が完全に把握出来ないこと、
そして皆を頼りにしているということを
伝え、何とか渋々了承してもらった。
プレシレーネは流石鍛冶師として地上に
居た事があるだけあって、魔族からドラフト族へと
姿を変えた。
容姿が近いのが変身に楽らしい。
それから四人娘と湯場の前で別れ、
俺は一路教会へと向かう。
厳かな建物が見えてくるにつれ、
どうもバツが悪い気がしている。
大きな扉の前で叩こうか叩くまいか
迷っていると
「あらあら、当教会に何か御用でしょうか」
とのんびりとした優しい声が流れてくる。
振り向くと、其処にはまさにシスター然とした
格好の人が立っていた……と思ったら
「ああ、ごめんなさい。何か良くないものが居た気がして」
と青のシスターの服に自分で可愛らしい刺繍などが
施されていたが、
刺々しい丸い頭のハンマーを振り上げ、
丸い盾を構えて俺を叩き殺そうとしていた。
マジか。
この世界のシスター殺伐としすぎだろう。
「当教会に御用ですか?」
さらっと素早く隠した。
何事も無かったかのように振るまったよ。
シスターなのかこの物騒な人。
「あー、えーっと他にシスターは」
「私のみですわ」
「そうですか」
うーん、何か怖いな。
「懺悔ですか?懺悔ですよね?懺悔しましょう」
どうしても懺悔させたいらしい。
「いや懺悔は今は置いといて相談があるんですが」
「……そうですかぁ」
あからさまに残念な態度を取ったよこの人。
どんだけ懺悔させたいんだ。
「シスターって呪いを解いたりとか出来ますか?」
「呪いですか。専門です!」
あれ可笑しい。
何かうちに居る面子と似た匂いがする。
「……他をあたります……」
俺はきびすを返して行こうとすると
「まってくださいー。ホントに出来るんですよ私ー」
いや出来る気がしない。
うちの面子の手先が器用クラスに信憑性が無い。
「いやホントにこっちもマジで呪い解けないと不味いんで。無理されても困るんで」
「無理とかないですー。私専門家さんなんですー」
いや専門家が自分にさん付けするか?
シスターなのに胡散臭い。
「ちなみに失礼ながらお年は?」
「こう見えても二十歳ですわ!」
二十歳?
背丈が百四十五センチ位のまん丸とした目に
可愛らしい顔立ちで二十歳……。
ドジっ子成分はブルームだけで間に合ってるんだが。
ロリーナもファニーも怪しいし
ゲージが偏りすぎる。
うちのパーティがうっかりパーティになる。
「いや、シスターも街の人たちの懺悔とかでお忙しいでしょうし」
「全然暇です!」
言い切ったよこの人。
そこ言い切ったら駄目じゃん。
「じゃあ俺人として駄目なんですがどうしたら良いですか?」
「それは無理ですね」
はやっ!
あっさり切り捨てた!
救う気とか一切無いよこのシスター。
懺悔に誰も来ないわけだ。
「シスター、名前は?」
「ウーナです!」
「ウーナさん。無理とか言っちゃ駄目だよ?駄目な人も等しく信じる神の御心に委ねて今後改心しましょうとか言わないと」
「なるほど、参考になりますわ!」
どんだけ人生経験薄いんだこのシスター。
「シスターが好きなものは?」
「懺悔を聞く事と魔物討伐です!」
シスターアウトー。
もう駄目だよこのシスター。
何回言ってるか解らないくらいシスター連呼しちゃうほど
駄目だよシスター。
「シスター。まさか魔物の根絶とか言わないよね」
「それは言いません。無理ですから」
「そこは現実的なのね」
「ええ、我らが神は懐深く慈悲深いのです。心あるものは等しく生きる権利はありますが、もし人に害を成すのであれば」
「あれば?」
「誅を下します」
「なら何でアイゼンリウトを放置した?」
俺がそういうと、シスターは真顔になる。
「アイゼンリウトは一国家です。魔族が支配した事が確実となるまで、手出しできませんでした。もし仮の状態で手を出せば戦争の火蓋を教会が切ることになるので」
理にかなっている。
そういう所は解るのね。
「で、その英雄たる貴方が我々を責めに来たのですか?」
「へぇ俺の事をご存知なのか?」
「ええ、知っていますとも。我が教会内部でも賛否両論ある方なので」
……どうやらシスターのスイッチ押しちゃったかな。
「魔族と組して魔王を討った。見る人が見れば仕組んだものと取れなくも無い」
「そんな事をして益を得るならここに俺が居る理由は?」
「アイゼンリウトと組んでこの国の切り口を捜しに来た」
「なるほど。それなりに警戒されてはいるのか」
「当然です。貴方がしたことは、魔族と組したとは言え、事実一人で魔王を一刀の元に切り捨てたのです。それも神の加護を得たような一撃を。あの光は遠くからも見えていましたよ?」
「教会としては面白くないわけだ。信者でもない俺が、神の加護を得たような一撃で魔王を屠ったのは」
「そういう事です。我々としては、ミレーユさんが監視下に置いていなければ、貴方に対してそれなりの対応をする事も提案されていました」
「ほう、俺とやりあうと?」
次の瞬間、さっきのハンマーが俺の頭上に振り下ろされる。
「遅い」
俺はあの眼鏡の男の御陰で一定以上の技量が無ければ、
止まっている位に見えた。
ハンマーを手で押して流れを変え、
シスターの横腹を押す。
シスターは素早く崩れた体勢を建て直し、向き直る。
「……こう見えて私、戦闘に関しては自信が有るのですが」
「俺は綺麗な戦いをしてきた訳じゃないからな。泥臭くも守りたい人達の明日を勝ち取る為に、全てを投げ打つ覚悟で戦った」
「私とは覚悟が違うと?」
「そうだな。アンタは信仰だと思うが、俺は違う。俺は俺の目に映る人達の為に剣を、自分が出来る力を使ったに過ぎない」
「私たちは信仰という目に見えず広いもので、貴方はより現実的だと?」
「現実しか目の前に無いからな。もう逃げる訳には行かなくなったんだ。この背中に守るものが有る限り。それが例えアンタ達であろうと、俺は俺の守るものを犯すものを許さない」
「……」
シスターはジッと俺を見つめている。
教会が掲げる教えを信じて今まで生きてきたんだろう。
その為に時には仲間の屍も踏み越えてきたのかもしれない。
そうなれば、魔物を許せないと思うのも無理は無い。
俺はイーリスやアリスの力を借りたのは事実だし、
戦わざるを得ないか。
「シスター、俺は別にアンタの信仰を、生きてきた道を否定しない。だが同時に興味も無い。もし俺の敷居を跨ぐ時は覚悟を決めて来い。例え何人たりと言えど、天に召されてもらう」
「教会の人間全てを敵に回すとも、ですか?」
「人は何れ死ぬ。俺は昨日死にかけた。しっかり死が傍にある事を感じた。そして思った。もし生死を分ける道の前に立った時、俺は護る道を選ぶ」
「解りました」
俺は黒隕剣に手を掛ける。
仕方が無い。
ミレーユさんにも忠告されていたことだ。
迂闊だったかもしれない。
魔族ともっとも対極にある存在に気付かなかった。
この世界に来てそういうものに触れる機会も無かったし。
取り合えず無効化して大人しくしてもらおう。
「という訳で、本日からコウ様付けのシスターのウーナですわ。宜しくお願いしますね皆様」
どういう訳だ。
俺は斬り合う覚悟を決めた。
覚悟を見せなければ引かないと思ったからだ。
しかしウーナはあっさりと引き下がり、
少し待っててくれと言った後、教会の門に鍵を閉めた。
そして冒険者ギルドまで俺より先に歩いて行った。
で、今冒険者ギルドでは修羅場が展開中である。
「意味が解らん」
「却下」
「私もちょっと理解が」
「よく解りませんが、警護なら私のみで間に合っていますが」
「えーっとウーナさん。事情を」
「はい、至極簡単です。コウ様は今や英雄と言っても過言ではない存在ですが、宜しくない風聞もあります。ですので、私は教会の人間としてコウ様を見極めます。これは教会とのいざこざを回避するのに必要な事ですから」
ウーナは笑顔で言う。
とても理にかなっている。
が、その後の言葉が不味かった。
「そういうことですので、今日より寝食を共にし、コウ様が英雄として相応しい人物であるのかどうか、おはようからおやすみまで見つめて行きたいと思います」
「ふざけるな」
「シスターなんだから教会に居なきゃ駄目でしょ」
「そうですよ。街の方困りますよ?」
「教会という根城があるのですから、そこから通えば宜しいのではないですか?」
一同の視線が俺に向けられる。
痛い。
視線が痛いよ。
俺に抗議されても困るんだけど。
俺も初めて聞いてるのに。
「皆様、冷静にお考え下さい。私が傍に居ることで無用な災いを避ける事が出来るのです。良かったではありませんか。これを機会にコウ様と縁が深まれば、教会から援助が受けられますよ?」
何か甲高い声でテレビ売られてる気分になる。
これは今日は寝れるのか俺は。
そこから女子達は喧々囂々始まった。
今日は寝たいのになぁ。
そう言えばよくある異世界物って主人公ハーレムだけど、
よく疲れないで平気でやっていられるもんだ。
恐らくこういう雰囲気では無いのだろう。
だが現実はこんなだ。
喧々囂々それぞれの立場や種族が複雑に絡んで
収拾が付かず、結局ミレーユさんが
ある程度のところで割って入り、
女子部屋と俺一人部屋に落ち着いた。
やっとゆっくり休める。
だが問題は何も解決していないことに
俺は寝床に入って気付いたのだった。
シスターこわいシスター。




