最終局面
「でりゃああああああ!」
俺はこの世界に来て初めて位の
レベルで全力で足を動かした。
気合を入れて全力で足を前へと出して
黒い液状人型の腕を駆けあがる。
身をよじり手で俺を潰そうとしてきたが、
サイズに見合った動きなので避けやすい。
だがこちらもサイズに合わせて避けないと、
蚊のように潰されてしまう。
黒い液状人型は腕を直角にして俺を落とそうとしてきた。
段々と角度が無くなりかけ、
アニメの様な感じで足だけが空しく回転するだけに
なるのかと思いきや、吸いついたように離れない。
足元を見ると光の粉が漂っていて、
俺と黒い液状人型の皮膚をくっつけているように見えた。
「さ、今のうちに」
リアンの言葉に俺はそのまま皮膚を伝い、
肘を通り越し二の腕、肩と駆け抜ける。
「ウォオオオオアアアア!」
黒い液状人型は空に向かい咆哮する。
その衝撃波で一瞬身を屈めたが、
もう肩まで来た。目指すところは目の前だ。
「コウ、気をつけなさい!」
リアンの声に周囲を見回すと、
氷柱や蔓、雄牛や蜂などが無数に現れた。
恐らく咆哮によってオーディンの言っていた伏せていた
罠カードが、全て一斉にめくられたんだろう。
「おいおいアレをどうしようって言うんだ?」
そう俺が呆れたように言うと、
黒い液状人型は俺の方を向いてニヤリと笑った。
俺は正直ちびりそうになった。怖すぎるだろこの生き物。
「避けなさい!」
「無茶いうな!」
それら現れたものは、俺へと目掛けて一直線に飛んでくる。
俺は一瞬迷ったが、その場を離れるしかないと決断し
「リアン足元頼む!」
「了解ですわ」
縦横無尽に走り回る事にした。
前から横から後ろから。まさに四方八方弾幕状態で、
無理ゲーシューティングの極みかと思うレベルだ。
相棒たちで切り払いつつ道を開き走り回る。
黒い液状人型もその衝撃で身を動かしている。
一度手で潰そうとしてきたが、
罠カードの出したもののあまりの量の多さに
自らの手や腕に吸いこんで、有利とはいえない
状況になったので手をひっこめた。
吸いこんだものを自らの皮膚から突きだしたり、
飛ばしてきたが、ぶつかり合い消滅したりして
苛立ちの顔を見せた。
「まったく無敵かよこれは」
「無論無敵ではありません。この世界に最早そのような存在は誰一人居なくなりました。皆等しく死ぬのですから」
「で、一番等しく死ななそうなコイツの弱点は?」
「場所までは分かりませんが、体内の何処かにある球体を破壊する以外にありません」
「恨みの結晶みたいなものか」
「そうです。自らの恨みと怒り憎しみを媒介とし、全ての世界のそれらを集めて凝縮したものが動力源です。彼は自らを最後の餌とし、貴方が倒した者たちをも加えて最後の練成をしたのです」
「嫌ぁ参った参った。で、その球体を見つける方法は?」
「感覚を研ぎ澄ませる。これ以外にありません。何せ私たちがこしらえたものじゃありませんし」
「最後は勘が頼りか……! この中を泳ぐ訳にもいかないし」
「ぐだぐだ言わずに思うところを突いて行くしかないですわ!」
「しょうがない!」
体中を駆けまわりながら罠カードで
呼び出されたものを切り伏せて行く。
座禅を組めれば良いが、そうでない状況としては
感覚は研ぎ澄まされている方だ。
そしてこれだけギリギリの戦いをしているんだ
研ぎ澄まされていない訳がない。死と隣り合わせ出し。
何よりこいつそのもの全てが固まりであって、
この奥に球体の核があると言われても、
ぬかるんだドブの中から十円玉を探せと
言われている気分になるし、
なんだったら手を突っ込めるから
ドブの方がマシまである。
「後ろ向きに考えていても埒は空きませんわよ!」
「呑気で良いな!」
俺は人体のツボに当たる場所に辿り着くと、
相棒たちを突きたて気を放ってみる。
が、今のところ不発だ。これで下半身部分とか
鳩尾とか言われたらどうしようもない。
「となると後は顔周辺か」
「ですわね」
俺たちは覚悟を決めて再度顔周辺へ向けて
駆け上がる。だが防御は固い。
目で追いながら罠カードで生まれた者たちが、
大挙して押し寄せてくる。
「弾幕ゲーだな!」
「張れば良いと言うものではありませんわよ!?」
リアンは俺の肩で憤慨しつつ、
俺の体を突き、危険を知らせてくれる。
視界に収める前にその方向へ斬り払う。
「ウォオオオオオオ!」
黒い液状人型は再度咆哮を放つ。
これ以上御代りは要らないんだが……。
空を見れば世界は赤さを増していく。
夕焼けより濃く、地よりは薄いレベルに。
「よそ見をしては!」
咆哮の衝撃波、そして罠カードから生まれた
氷柱や蔓にバランスを崩され、
直撃は避けたものの、皮膚にひんやりとした
感覚の後熱さを感じた。
「踏ん張って!」
「んぎぎぎぎぎ」
バランスを戻そうと片足つま先立ちで
踏ん張ったが、それを逃す訳もなく
追撃と体揺すりが始まり、
なすすべなく落下する。
落下中も斬り払いながら地面との距離、
そして着地するタイミングを計る。
幸い俺が落ちる速度は黒い液状人型が
手で潰すよりは早かった。
「でやっ!」
片足が地面に付いた後、
後方へ飛び退くように蹴りあげ、
次の着地で直ぐに走り出す。
「き、きつい……」
「泣き言は死んでからなさい!」




