最後の怨念
俺はリウとリアンと共に少し距離を取る。
オーディンであった者は、
その黒い気を更に増大させている。
一旦雲海の中に沈んだ後、
ヘドロから這い出るように
巨大な化け物が現れた。
「オアアアアアアアア!」
俺とリアンは耳を塞ぎ、
リウは更に後ろに下がる。
「煩いなぁ」
「追い詰められてやっと本性を現した、と言ったところでしょうか。予定ではのんびり世界を壊すつもりで居たんでしょう」
「元々自滅するつもりでいたのか?」
「さぁ……。ですが今となってはそうなのかもしれませんね。我々は直接彼に懲罰を科す事はしませんでした。彼が彼の中で良い結論に辿り着く可能性は十分にあるだろうと思っていましたから。幼少期は厳しくとも裕福な暮らしをし、成人してからも道を進むのに多少の苦労はしてもその程度。彼自身最初で最後に追い詰められたのはまさにこの世界に来る直前」
「フリッグさんとバルドルもいるのになぁ」
「最初は彼の愛情の飢えから来るものかと思っていましたが、そうでも無いのかもしれませんね」
「俺からすると愛情も貰えて立場もあって恵まれてると思うけど」
「最初から恵まれていましたから。故に最初で最後が彼の中でずっと納得いかず許せないのでしょう」
「そんなに理不尽な事だったんだ」
「恵まれていない人間からすれば、彼は眩し過ぎた。そして彼もそれを鼻に掛け過ぎた」
「埋められるはずもないのに、満たされない渇きを世界を滅ぼすことで埋めようとしたのか」
「それもありますけど、彼からしたら貴方が少し自分を見ているようで嫌なのでしょう」
「俺が!?」
「ええ。貴方自身の性格は違いますが、彼からすればここまでこれた事は驚異的に恵まれている。全てに愛されているのに恨まれてもいない。自分の妻と子すら貴方に味方した」
「嫉妬されても困るんだけど。恵まれてるならもっと楽にここまで来たかったなぁ」
「そうそうそれです。あの子もそう言う風に言えば良かったし思えば良かったのです」
「顔も心も突っ張りっぱなしか。あれはじゃあ彼の怨念というか彼そのものの反乱だな」
「ええ。申し訳ないけど介錯をしてやってくださいまし」
俺は戻ってきた黒隕剣を右手に持ち、
元オーディンの黒い巨大な液状の人型を見る。
俺が恵まれてるというのもまぁ分かる。
元の世界と違って今の俺は大人気だし。
昔々にそうなりたいと願っていた姿かもしれない。
彼は現実世界でそうなっていたし、
お金もあっただろうし。
この世界に来る事になって悔しい気持ちは分かるが、
それで世界の人々を滅ぼしたりして良い訳が無い。
巨人族を飢えで苦しませているのだから、
一度それに近い事をしている。
しかも飢えなんてめちゃくちゃ辛い。
ロキの役割を奪ったりとやりたい放題だ。
もういい加減その悔しい気持ちを変えていいはず。
そう思ったからそれを何とかする為に、
俺が呼ばれたんだろうな。
「最後にはここに来た理由を教えてくれるんだろう?」
「聞きたいですか?」
「勿論」
「良いでしょう。ですが先ずはアレを何とかしなさい」
「了解」
俺は黒隕剣と太陽剣を握り直し、
元オーディンであったものの方へと走り出す。
元オーディンも巨躯ながら地を這うように、
俺の方へと向かってくる。
「あれは立ちあがったりしないだろうな」
「無理でしょう。見てみますか?」
「え?」
走りながら前に円が現れそこには
元オーディンの足を引っ張るユグさんや
皆の姿があった。
「マジか」
「ただではやられはしないと言う事です」
「俺のここでの事は向こうで見えていたのか?」
「そういう小細工はさせてもらいましたわよ。誰でも知る権利はある程度保証されるものです」
「粋なことするな」
「無論ですわ」
ユグさんやエメさん、イシズエ夫婦や
ユズヲノハヲノ親子。コウヨウの子供たちや
兵士たち。お爺さんの婆さん達もその足に
集まり攻撃を加えていた。
皆とても勇ましく、最後まで諦めない顔をしている。
「負けてられないなぁ!」
「生きなさい!」
俺に手を伸ばして来たのでそれを掻い潜り、
太陽剣で手首辺りを切りつけた。
切り口辺りから火が噴き出し、
元オーディンである黒い液体人型は
目と口しかない顔を歪め、手首を押えた。
「一応痛覚はあるのか」
「当然。もう無敵ではないのです。彼の無敵の要素は彼自身が破壊してしまいました」
「本気で滅びるつもりなんだな」
「まぁ滅びた事が無いから出来たとも言えます。最初の事は長い年月で記憶の奥底にしまいこんでいたでしょうし、それを思い出したのは今です」
「なんともなぁ。死ぬ寸前で思い出すなよ」
「でなければ自滅なんて出来る訳が無いでしょう?」
俺は黒い液体人型の動きを見ながら、
走り続けた。ホント大きいなぁ。
距離が離れていて中々辿り着かない。
その間に痛みを堪えた黒い液体人型は
俺を睨んで再度襲いかかってきた。
「そんなに長引かせたら仲間が持たないんでね。やらせてもらう。リアン、手の上を歩いても問題ないか?」
「問題無いですわよ。フォローしますわ」
「サンキュー!」
黒い液体人型が右手と左手で俺を掴もうとしてきたのを
避けて、右手の甲へと登り駆け上がる。




