神と言う名の俳優
「僕は、まぁなるべくしてなったと言う事だね。ミス・リアン、ここからは相談なんだけれど」
「聞くだけ聞きましょう」
「僕はオーディンの座を降りるよ。だから僕と妻と息子には手を出さないで欲しいんだ。記憶と能力の一切を消してもらって構わない。今後の優遇も要らない」
場は静まり返る。
長い時をオーディンとして生き、嫌なものも多く見たと思う。
勿論許される事ではないけど。
俺とアーサーは黙って見守る。
「……良いでしょう。反旗を翻したとはいえ素直に降参するというのであれば、今までの貢献した部分に対しての報償として貴方の提案を受け入れます」
それを聞いてオーディンは胸に手をあてて
溜息を一つ吐いた。
「僕は安心したよ。全ての人たちの為に降りたら祈る事にするよ」
笑顔で席を立ち俺たちと握手を交わすオーディン。
俺とアーサーはなんだかいまいちピンとこない。
あれだけ迷いながらも人型種の絶滅に進んでいた
オーディンがこんなあっさりと降参して話が終わる
そんな事があるのか、と。
「では手続きを行いますのでそのままお待ちください」
リアンは急に事務的な言葉を発すると、
糸が切れたようにぐったりとなった。
俺は慌てて姿勢を直し横にさせた。
「願いが叶って良かったな」
アーサーの言葉にオーディンは微笑むと、
暫くしてから顔が震え馬鹿笑いをし始めた。
……そりゃそうだわな。こんな笑える話は無いもんだ。
俺まで笑い始めたのでアーサーは俺と
オーディンを交互に見ながら怪訝な顔をしていた。
「いやぁ悪い悪い。あまりにもあっさり了承されたものだから可笑しくて」
「全くだ。俺も驚いているよ。こんなに簡単に行くものかね」
「……君たちは一体何の話をしている」
俺とオーディンは見合うとまた笑い出してしまった。
「いい加減にしろ。訳が分からない」
「君は訳が分からないのかい? だから馬鹿なのさ」
「何だと?」
「君が何故ここに居るのか理解できなかったがなるほどそう言う事か。こうして見ればなるほど必要があるね、保険にしてはいまいちな存在だが」
オーディンは笑顔のまま指をパチンと鳴らした。
アーサーは次第に薄くなっていく。
「何をした?」
「何をも何も。私は神だからね。こういう事は出来るんだよ。何しろ君はもうこの世界の生物の一つなんだ。異世界から来た過去はあっても最早それだけの存在になった。ミス・リアンが居たのは君の中のこの世界の部分をガードする為に過ぎない」
「くっ……ここまで来て」
「本当だよ。役に立たないにもほどがある。まぁこうして実力行使したことで、本来ならコウに対して行われる筈だった被害を無くせたのだから、そう言う意味では必要があったのだろう。保険は最低限効いたってことさ」
「憶えていろ……!」
「悪役みたいな事を言うね。だが憶えてはいないさ。これでお前と話すのも最後だ三流作家の農民。物語の登場人物の一人として消え去るが良い」
アーサーは怒りの表情を浮かべながら
消えて行った。
「随分と冷静だな」
「まぁね。役者らしい臭い演技ではあったよ」
「なるほど。やはり観客として見慣れていればこういうのはダメなんだろうし、私も演技者としては短かったから無理もない話なのかもな」
「そうなのかな?」
「というと?」
「寧ろ今オーディンとして異世界人を演じてるからダメなんじゃないか?」
それを聞いてオーディンは目を丸くして口を開いた後、
大笑いした。右手を顔に当てたり蹲ったりと大忙しである。
やがて気が済んだのか、肩で息をしながら両手を膝に付いて
笑いが止んだ。
「やはり私たちは君を軽んじていたのかもしれない。恐らくこれまであった人間は少なからずそう見ていただろう。……私が一番君を見下していたんだろうな、そう考えると」
俺は笑顔で居た。
が、内心は余計な事を言ったと思っていた。
少しでも切っ掛けになるといざという時隙が少なくなる。
「困ったな……。この分だと李の奴もダメだろうな」
「李っていうのは星の管理者の事か?」
「そうだよ。彼は実に容易かった。生まれの所為なのか彼を全肯定し金銀財宝を与え肉欲を満たし持ち上げれば面白いように舞い上がった」
「と言う事は完全に今は遮断されているのか」
「勿論。ミス・リアンが邪魔だったから彼女が消えて完成だ」
「黒隕剣は?」
それを聞いてオーディンは小さく笑う。
「僕は抗議したい、最初に言ったように。全てそれの所為で狂っている。元々は創造主、そこから李が余計な事をしてフリッグが気を使い、李の振りをした創造主の手によって更に狂ってしまった」
「じゃああの軽い感じで口数の多いのが本来の管理者なのか?」
「恐らく。ただ”創造主だからと言って何でもできる訳じゃない”というのは物語の中の登場人物が言う台詞じゃない。創造主だと思ったものがそうでもない可能性もある。また創造主も学習するだろう。その為の隕石による観察なのだから」
……隕石を落として星を探り、何かを学習している?
この世界で一体何をしようとしているのか。
俺は何の為にこの世界に呼ばれたんだ……?
怪しい治験には応募した事は無いし。
それとも勝手に応募されて送られたのか……?
「じゃあ俺たちも消されそうだ」
「君だけはない」
「何故そう言い切れる?」
「決まってるじゃないか。全てにおいて例外に例外を重ねた君こそが、今創造主の興味を引いている。……なので私はそれに答えるだけでなく、私の願いを達成させる為に悪役としての使命を果たそう」
オーディンが一瞬光に包まれ、
それが晴れると出会った頃と同じ
黄金色の鎧に身を包み、蒼いマントを付け
右手にはルーン文字の入った穂先の大きな矛を
携えた姿に変わっていた。
「今回は帯刀もしているのでね。手加減を期待しないでくれ」
「こちらこそ。悪いが目標を達成させる訳にはいかない」
「最早邪魔は何一つない。いざ尋常に」
「勝負と行こう!」
俺は太陽剣を両手で構えて腰を落とす。




