オーディンの告白、世界の一端
俺たちは暫く星々を見上げていた。
俺はただその美しさに圧倒されて
何を思う事も無く見ている。
「お茶でも出そうか?」
それから大分時間が経った後、
遠くから声が届いた。
「お久しぶりです」
「随分と待たせたな。そちらは神なので余裕なのかな?」
辺りを見回すと、いつの間にか
俺たちの近くにテーブルが現れ、
煙と共に姿を現した白人の五十代位の男。
口の周りに薄く白い口髭を生やし、
ブロンドの髪をオールバックにしていた。
切れ長の目に高い鼻。高身長ですらりとしつつも、
引き締まった体をしている。
ただ達人のようには見えなかったし、神々しい感じでも
無かった。
「一応自己紹介しておこうか。私はオーディン役の者だ」
「声と感覚でオーディン様だとは分かりましたが……」
「君は以前は俳優をやっていたのかね」
「取り合えず腰掛けて。良かったらお茶もどうぞ」
俺とアーサーは顔を見合わせた後リアンを見る。
リアンは先にテーブルの上に座る。
俺たちもそれを見て席に着いた。
「今更罠を仕掛けたところで何ともならないさ。そう警戒しなくても良い。星の管理人によって全てはフラットな状態にされてしまった。ただしそれは世界の話」
「ならこれに何の意味がある?」
「別に。ただここはスタッフルームの様なもの。久しく時代は違えど同じ世界に居たであろう人間と会う事は無くてね」
「久しくというと?」
「君も知っての通りだコウ。星の管理人もそうだし創造主もそう」
「君はオーディン役と言っていたが、その前も居たのか?」
「無論だ。ただし原理は分からんがね。私が推察するに、人の魂にも限度があるんだと思う」
「人の魂の限界……」
「私はどこまで話して良いのかね? ミス・リアン」
「さぁ……しかし呑気ですのね。私達に反旗を翻したにしては」
「勿論。何と言ったらいいのか……。そう、気が済んだんだ。多分きっとそう」
オーディンは爽やかな笑顔で空を見上げつつ、
椅子の上で足を組み膝を抱えてそう言った。
しかし絵になるなぁ……俳優をやっていたのかという
アーサーの問いに納得してしまう。
「……あれ? 怒られるかと思ったんだけど!」
暫くして切り替わるように笑顔になり、
手を広げてこちらに向き大きな声でそう言った。
「人の出来る事には大小ある。それが君はそれだけ大きかった。それだけの事だ」
「他人をどぎつく批判できるような小奇麗な生き方はしてないので」
それを聞いてオーディンはさっきの姿勢に戻った。
「確かに。僕もそう思ったんだこの段階になってね。僕はこの世界に来る前は駆け出しの俳優でね。と言ってもぼちぼち売れ始めてこれからって時に、車の事故に遭って……。その後気付いたここに居た。創造主からの提案で管理を任された。最初はただ見ているだけ。次第に手を加えて行って。自分が絶大な力を持っていると実感した時、僕は悪が許せなくなってしまった。人を傷つけておいて何もせず、逃げていくようなモノなんて居なくなるべきだし、その罪を償うべきだ直ぐにでも。……今考えればトンだ独善的思考だよね。お前が言うなって」
オーディンは乾いた笑い声を上げる。
俺たちは黙ってそれを聞いていた。
「僕は気付いてしまったんだ、バルドルが生まれた時に。僕自身がそれと同じモノになっていたし、僕自身もやがて裁かれなければ、辻褄が合わなくなってしまう。だけどバルドルが同じになってはいけない。僕は彼の為にもどうすればいいか考えた」
「それが世界を閉ざすことだったのか?」
「そうだ。ただし世界を閉じても大きな事をせず、創造主の望む方向へと動いていれば、バルドルは生を全うできると踏んだ。コウ、君がこの世界に現れた時、丁度近くに居た余った”ナース”に近くなるよう、ゴブリンたちを仕向け村人たちから迫害されるようにした」
「余った”ナース”?」
「そう。異世界人には必ずその人物に適したナビゲーターが付く。恵理にはナルヴィが、亜希子にはゴルゴーン姉妹が」
「コウを私のところに仕向けたのは?」
「僕はそれに関して関与していないよ? スルーズは関与したがってたけどね。僕が必ずやるのは異世界人が現れた時に”ナース”を必ず付ける事だけだから。個人的に君は嫌いだけどね」
「それは結構だ」
「で、コウに近付いたのは何の為ですの? 彼は特別だったと?」
「……それは僕に聞く事じゃないよミス・リアン。黒隕剣が全てのカギだと言うのはコウも見ている方も分かっている。その成り立ちからして理解が出来ない、まさに奇跡を体現したような剣だからね」
そう、確かにその通りだ。
隕鉄を使用した武器と言うのは、
古い時代に作られていた。
しかしその神秘性とは裏腹、
いやそのままになのか加工が非常に難しく、
上手くいっても強度が脆くとても使える代物ではない。
特に黒曜石と魔術、エーテル粒子を混ぜたりしたら、
余計な物質が多くなり加工の確立がゼロに近くなる。
アンカーと呼んでいたように、
元々は隕石として地上に落ちるだけの代物。
そこから観察し必要であれば必要な事を講じる為の者だったんだろう。
「母上たちの介入もあったようですな」
リアンは小さなティーカップのお茶に口を付けた後、
一息吐いた。
「当たり前でしょう? 出鱈目も良い所でしたからね。ただ私ではなく元から星の管理者と弟子の方ですけど」
「黒隕剣はあらゆる要素をてんこ盛りにされ固められて最強を与えられた剣。僕は管理者として強く抗議したいね」
「ですが貴方も見抜けなかった……というより希望を託していたのでは?」
リアンがそういうと、オーディンは俯き暗い顔をした。
「まぁね。そのまま彼が力に酔いしれ正義の体現者となって、どこかの国を根城に世界を回ってくれれば、話はそれでお終いになる筈だった」
「この子も異世界から来た人間。自分の事に疑問を持つと思いませんでしたか?」
「思ったさ。だから何もかも忘れて夢中になるように、色んなイベントを用意したんだ。だけどね、結局来るべくして来たというか」
「オレイカルコスの事は完全に自暴自棄になっていたな?」
「……だね。慣れない事はするもんじゃないな。どうせ滅ぶならと思ってフリッグにも辛い事をさせてしまった……。ただただ創造主の希望する通りになった」
「自業自得の間違いでは?」
リアンの厳しい突っ込みに苦笑いをするオーディン。




