リアンとグレゴリウスと親衛隊と
「ふふ、ご期待に添える為に手の内を明かしましょうか」
「どうあっても上に立たないと気が済まないのか? 御坊は追い詰められていると思うが」
「確かに。だが我らは大いなる母によって救われる事は確定している!」
「そうなのか? リアン」
「そんなわけありませんわ。魂ですらあやふやで移ろいやすいものなのに。それに死んでまで何かに縛られたいと思うのは、死んでないと思うからそういうだけですよ」
「だそうだ」
「死んで無い者が死から学ぶ事があるとすれば、それは精一杯生きると言う事のみ。あーだこーだ言っているのは余裕があって必ず来る死を恐れている者だけです。一生懸命田畑を耕す者はそんな暇はありません」
「はははは、死んでからほざけ」
何をしたらそうまで強固に思考を固められるのか。
俺とリアンは呆れつつ顔を見合う。
「おいでませ神の僕、最初にして最後の親衛隊ヴァルキュリヤよ!」
ラス・グレゴリウスは天を仰ぐ。
俺たちも視線を向けると、雲を突き破り飛来してくる。
「オーディンたちの領域から来たのか?」
「演出ですわよ。貴方の時代では有り得ても、それ以前の者たちには雲の上に行くなど考えた事も無いでしょう。バベルの塔の寓話が良い例ですわ」
リアンはつまらなそうに言うと、
欠伸をして背伸びをした。
「どこまでも傲慢で神を蔑にする者よ。神の慈悲に甘えるにもほどがある!」
リアンはそれを聞き、目を細め口元を緩めた。
「おいおい俺の肩口でぶっぱしないでくれよ」
「あらそんな事しませんわよ。ただ改めてあの子がした事は面白いと思っただけです」
「どういう事だ?」
俺は相棒たちを空へと放つ。
「どういう事とは?」
「あれは俺と同じ感じだと思うが、俺より前に死んでいるはず」
「そうですわよ? ただし医学的に見たらですけどね」
「医学的じゃなければ死んで無かった、と?」
「そもそも死とはなんです?」
「……心臓が止まって脳に血液が行かなくなってって事かな」
「肉体的な死はそうですけど。貴方の知る彼はあんな体つきでした?」
そう言われてみればちょっと違うな。
大男であったのも髪型や口髭も同じだが。
「月日の経過でああはならないと」
「貴方の道のりとその体つきがイコールにならないのと同様ですわ。元の世界でなら有り得ない。同じ芸当をするならそれを成す為の筋力が必要」
「確かに。となるとあれは何?」
「さてね。よくお考えなさい」
「グレゴリウス! 何をしている!」
空で俺の相棒たちと戯れているヴァルキュリヤたちの
声が降ってくる。グレゴリウスを見ると微笑んで立っていた。
「私がここに居るのは神の思し召しだ」
笑顔で歯を見せながら口を動かさずそう言う
グレゴリウスに、リアンは足をバタつかせ笑った。
そして俺の肩で暴れまわり叩き、最後は息切れした。
「気が済んだか?」
「ええ、ええ。夢より覚めないならそれはそれで幸せですわ。良いように利用し始末した者たちも笑いが止まらない事でしょうよ。利益の為に殺したのに恨みもせずにいるとは得をした、とね」
「彼らも神の御許により召されているだろう」
「なるほどなるほどそれは良い。ならば貴方が今回も何も成し得ず殺されても、我らは神の御許を頂けるのですね! それは良い」
「そうであろう神は慈悲深い。私を害した者たちも今頃悔いて詫びていよう」
俺はそれを聞いて”あ、やった”と思った。
そして案の定横を見ると下卑た笑いをするリアン。
俺は掌で顔を覆う。
「哀れな羊。貴方はその詫びを聞いたのですか? 彼らは悔いていると? 貴方が付き従った皇帝一家は彼らによって惨殺されたのに悔いて詫びた? 王女や王妃はどうなりましたか?」
「死による救いしか無い事もある」
「語るに落ちましたわね」
「何だと?」
「貴方こそ神なのですか? 他人の気持ちが何故貴方に分かるのか。貴方より惨い仕打ちを受けた者の苦しみが何故分かるのですか? 死による救い? 死によって何が救われるのですか? 救われたのは貴方だけでしょう? 死んだ後も自らの死を認めず利用した者たちを見捨てて復活の道を探り続けた。貴方は単に神を自分の都合の良いように解釈し利用しただけに過ぎない。それが代弁者などと片腹痛いですわ」
「貴様にこそ何が分かると言うのだ!」
「分からないから私は自分で理解したふりをせずこうして訊ねているのですよ?」
「……何れ崩壊するなら跡形も無く滅びるべきだ」
「国は変わりようがありませんよ皇帝一家が居なくなったところで。貴方も見たでしょう? 結局はそれに代わる者が出て来てより酷くなりをずっと繰り返している。なんだったらあの頃より酷い」
「だから……」
「なんです?」
「だから滅びるべきなのだ! 私がここに居るのもそれが理由! 人は一度滅びてやり直すべきなのだ! 神の使徒によって私は君たちと共に滅びよう!」
「もう一度機会が与えられても、そんな事が貴方の望みなのですね……」
主人公を置いて舌戦が繰り広げられたが終わったらしい。
個人的には興味がない。
「興味が無いと言う顔ですわね」
「そうな。天罰なんて見た事無いし。悪いことした奴が長生きしてその家族が国に巣食うってのは見てきたし。というか簡単に言うとどういう事なの?」
「僕は悪くない」
「ああなるほどね理解した」
「冒涜するな小僧!」
棍の振りが力任せで荒く、
隙が大きいので拳を叩きこむ。
「グレゴリウス! 何をしている! 見失うな!」
「神の御考えを忘れたのか!」
上からの野次に顔を真っ赤にして殴りかかってくる。
俺はそれを冷静に見つつ拳を叩きこみ続ける。
「コウ、もういい加減になさい。そんな事をしても彼はもう戻れない」
「そうですよ、甘いのですね人間は」
グレゴリウスのへそ辺りから、
槍が突き抜けてきた。
気を発せず殺意すらない。




