国を出る日
一週間はあっという間だった。
陣容は即決まったが、その後の説得が大変で。
最後の最後まで頑固で譲らない者もいたが、
王の権限で無理やり押し通した。
そうして遂に旅立ちの朝を迎える。
「皆の者、出兵に先立ち陛下よりお言葉を賜る。拝聴せよ」
ナルヴィに促され、城壁の拡声器の前に立つ。
眼下には綺麗な街並みの道を埋め尽くすほどの
人が外に出ていた。前まではこんなに多くの人は
この国にはいなかった。そう思うと時の流れを感じる。
「前王国から新たな王国へと変わって短い年月ではあるが、在位の間皆には本当に世話になった。今、今日ここまでの国が出来たのも皆の頑張りに他ならない。私は船頭として皆と共にこのコウヨウという船に乗れた事を嬉しく思う。これから向かうは巨人族を壊滅にまで追いやった相手。この国と大地とが本当に蘇る為の最後の試練であろう。私はこの国の代表として先頭に立ちそれらを打ち破るべく出兵する。恐らく二度と戻る事は無いだろう。だが恐れる事は無い。必ず皆の未来を掴み取ってくる。皆もそれを信じ自暴自棄にならず歩んでほしい。後顧の憂いがないよう一切を書面に認めた。戦後迷う事があればそれを見るよう、イシズエ、ガンレッド、ロシュ、ユリナ、リシェ、ドノヴァン各人に託してある。……恐らく暫くの間復興に奮闘しなければならないから大変だとは思うが、今の皆なら何とかなると思うしなんとかしてくれると信じている。あまりに長いと別れるのが辛くなるのでこれで締めたいと思う。巨人族の未来に幸あれ! 出陣!」
俺はそう告げて抜刀し天にかざした後、
袈裟切りして鞘に納めて降りる。
門の下にはイシズエ達が待っていた。
「陛下……」
「もう何も言うな。王としての最後の命令だ。イシズエ、もう二度と道に迷うな」
俺はイシズエの手を両手で強く一回握り手を離す。
「陛下」
「ロシュ、イシズエがもしまた道に迷うようなら必ず止めるようにな。ロシュにはもう少し経験を積ませてやりたかったが生憎向こうがせっかちでな。元気でやれよ」
ロシュの手を握りもう一つの手で肩を軽く叩く。
「陛下。我々兄弟、取り立てて頂いた御恩を少しも返せず」
「言うな言うな。そういうのは後に続く道を正しく敷いてくれれば良い」
ユリナとリシェの手をしっかりと一回握り、直ぐに手を離す。
「陛下……」
「すまんなガンレッド。この大地に必要なのは君たちのような若い者たちだ。本来なら誰一人として連れて行く訳にはいかない。だが誰かに救ってもらった命より、自らも戦いに参加し勝ち取った命である方が
この先の巨人族には必要な事だ。……というのもあるが、誰よりも俺の事を知っている人が一人でもこの大地に生きていて欲しいという俺の我がままでもある。怨むなら存分に怨んでくれ」
ガンレッドは俺に手を握らせまいと後ろに組んでしまう。
目に涙を溜めて口元を震わせているのは、
見るに忍びなくて次へ移動してしまう。
「ドノヴァンも短い間だったが良く尽くしてくれた」
「いいえ陛下。私は思うほどお役に立てませんでした。その上まさか最後の戦にまで置いて行かれようとは」
「血も伝統も大事だ。絶え間なく続く事に意味がある。貴族には貴族の責任がある。俺はならず者だが、
コウヨウの王にさせてもらった責任を果たす。互いの責任を果たそう」
「責任ですか……」
「突っ張りだな。俺に責任なんて言葉を言う資格は無いが、おっさんとしての突っ張りをお互いしよう。かっこ悪くても互いに護りたい者の為に私情を捨てて」
俺の手を握るドノヴァンは、鼻水をすすりながらも
胸を張って突っ張りを見せてくれた。
「では行こうか皆」
待っていたファニー、恵理、リムン、
ナルヴィ、エメさんに声を掛ける。
皆頷いて馬に跨る。
俺もツキゲに跨り街へと降りる。
大通りの脇には大勢の国民が待っていた。
殆ど見た事のある顔ばかりで、
後ろ髪惹かれる思いというのを体験するのは
初めての様な気がする。
「まだ国も出ていないのにホームシックですの?」
何処からか戻ってきたリアンは肩に乗りながら
そう声を掛けてきた。
「何と言っていいか分らない気分だな。例えようがない」
ゆっくりと顔を見ていきたいが、そうもいかない。
外では皆が俺を待っている。
「陛下……」
門の前の道の真ん中に、一人の兵士が傅き頭を下げている。
「サワドベ。今日も御苦労。明日からも頼むぞ」
「陛下。私は陛下によって取り立てられた者。身内に仇なす者が現れても私を信じ起用し続けて下さったのは陛下です」
「サワドベが己の命を賭して護ってくれるからこそ俺は安心して出かけても戻ってこれるし、夜もゆっくりと寝る事が出来た。その忠に誰が異議を唱えられようか。その忠だけで俺は満足だ。俺の頼みを聞いてくれるなら、今後も無理をせず国の為尽くしてほしいし子孫を作り長生きしてくれ」
「……そのような頼みはずるうございます」
「そうだ、王様ははずるいものだ。だからこそ多くの目が居るし多くの知識を得てよりよい判断を皆で下す必要がある。そう言う意味ではこの国にもう強大な一人の王様は要らないだろう」
俺はツキゲから降りて、サワドベの肩を抱きながら起こす。
「ありがとう。後を頼む」
そう告げて俺は再びツキゲに乗り、
サワドベの横を通り過ぎ外に出る。
そしてそこには精強なコウヨウ兵たちが、
勇ましい顔をして並んでいた。
「すまんな皆は置いていけなくて」
俺がそう大きな声で言うと、
大きな笑いが起こる。
「陛下一人に最後までやられたのでは、我々巨人族に男はいないのかと笑われてしまいます!」
「そうですとも。陛下も置いて行っては煩くなろう連中を選抜したのではないですか?」
「そうだ、バレたか!」
掛け合いでまた笑いが起こる。
暫くして笑いが治まった後、俺は一度空を見上げた後
視線を戻し顔を引き締め告げた。
「巨人族の中で更に屈強で誇り高く、未来の為に戦い抜くべく今日まで研鑽を続けてきた
我がコウヨウ兵! 我が剣となり敵の思惑を貫かん! いざ、出陣だ!」




