形見は未来
俺はその後歓迎会を開きアーサーと
ジェルジオ侯をもてなした。
翌日からは其々の国の資料も交えて
会議が始まる。
「アイロンフォレストがやはり主戦場になってしまうな」
「アーサー王が気に病む事も無いさ。我々はそれを承知で祖国に抗っているのだから。勝った後復興の為に生き残った者たちで頑張れば良い。生きていればこそ、さ」
その言葉にアーサーも俺も微笑む。
ジェルジオ侯は本当に逞しい女性だ。
俺たちのようにチート能力を得ている訳ではないのに、
出来ない事を切り捨てる代わりに、
出来る事のみを順位付けて全力で行っている。
そういう意味ではもっとも連携しやすい。
「アイロンフォレストの住民の保護と終戦後の復興については書面に残しておくので、期待しておいてほしい。それをしてくれるくらいにはコウヨウの民の為俺も頑張ったと思うし、そう言っておく」
「有難き幸せ。私もなるべく自分たちでしつつ、協力を仰ぐよう書面に残しておきます」
「我々カイヨウの民にも無粋な真似はせぬよう書き記しておく」
「助かります。これで心おきなく我らも戦えます」
「ジェルジオ侯たち最後方陣は巨人族の絶対防衛ラインだ。俺たちはそこにまで攻め込まれないよう全力で押していく」
「私も国の代表として最前線に行くものと思っておりますが」
それを聞いて俺もアーサーも小さく笑う。
「何を御笑いになるのですか?」
「いや……そういう貴女だからこそ、我々に何かあった時に備えて最後方に居て指揮をして欲しいのだ。破壊には我々の様なものが、再生には女性の逞しさと育む力が必要だろう」
「それは偏見というもの。歴史に見ても女性の権力者で長く続いた例は稀です」
「ならその稀とやらになって欲しい。生憎と私の国民もコウ王の国民もタフだ。相手取るには苦労するだろう。独裁などしようものなら首元に食らいつくくらいはするだろうから、安心して皆と協力し大地を育んでくれ」
「……何やらお二人の御言葉は遺言のように聞こえますが」
「そう取ってもらって構わない」
俺そう言って目を閉じ微笑んで頷いた。
「それほど苛酷な戦いになるのならやはり」
「ジェルジオ侯、お二人が困りますからその辺で」
ルーテルがジェルジオ侯の右肩に手を置き窘めた。
ジェルジオ侯はルーテルの顔を見た後、
溜息を吐いてテーブルに視線を落とす。
「武人として引けを取らぬよう腕を磨いたつもりですが」
「そう言う問題ではないんだよジェルジオ侯。ただの戦なら貴女に先陣を任せて功を立ててもらう。だけどここから先相手も人外。俺たちが先陣に立つのは道理。巨人族の皆に戦に参加してもらい、皆で勝利を得たという事のみ共通認識として持ってもらえれば良い。その犠牲が俺たちだったとしても可笑しくは無い。今まで多くの仲間たち、巨人族が亡くなった。その列に並ぶだけさ」
「……納得は出来ませんが、お二人の考えは分かりました。全力で役目を果たすのが私に出来る事。ですが出来るだけ生きてお帰りあるよう切に願います」
俺とアーサーは笑顔で頷く。
答えるとも約束するとも言わない。
ここから先は未開の地。
恐らくこの次元の全ての意思ある者たちは
その結末を予想できないだろう。
ジェルジオ侯に味方の三割と後方を任せ、
俺とアーサーで残りを率いていく。
この三割には当然三国の国民が均等になるよう
配分している。
また俺たちが生死不明の場合、
復興するまでの間はジェルジオ侯に
権限を委譲し、その後は其々の国で選挙を行い
統治を其々の国で行う事。
更にコウヨウはトウシンと併合する事など
細々としたものの作成にも着手した。
一応公平性を保つよう指示し、
皆に共同で一週間の時間を設けて
作成させ、俺たちが見て最終判断を下す。
その間に防衛ラインの配置や整備に入る。
正直一週間はそう言った事を詰めるには短いが、
現場からすれば長すぎるくらいだ。
何しろ連日とは言わないまでも、
それに近い間隔で襲撃を受けているのだから。
「陛下、軍の状況をご報告いたします」
王の間で決裁処理をしていると、
オンルリオが報告に来た。
実に細かく正確な報告に、
今はもうただ見て把握し頷くのみで良くなった。
適材適所はやはり大事だと改めて思う。
「陛下」
オンルリオの報告書に目を細めていると、
オンルリオが声を掛けてきた。
「どうした」
「いえ、その」
言い辛そうだが分かっている。
オンルリオは当然国に残る。
はっきり言えばオンルリオが居て巨人族が生き延びれば、
なんとか他に対処できる力を維持できるだろうと
俺は踏んでいる。それほど重要な人物だ。
以前の事から反発はあったが、
元々真面目で飾らない実直な性格は
それらを抑えるほどの成果をあげた。
俺などには為し得ない功績に、
遅くはなったが改めて将軍の地位を与える事で
少しでも報いる事が出来たら良いと思っている。
「元々公言していた通りだオンルリオ将軍。戦いの後は皆の力でこの大地を育み生きていく。皆以前とは違い大分逞しくなった。オンルリオはその象徴でもある。俺の責任でもあるがあの苦境からよくぞ乗り越えここまで成長してくれた。感謝している」
俺はそうオンルリオに告げると、
オンルリオは何とも言えない顔をして
傅きながら頭を下げる。
「この先必要なのは偉大な王ではなく皆が皆、王としてこの国この大地を護る為自ら律する事だ。それを忘れぬよう護り手として長生きするんだぞ?」
俺がそう言うとオンルリオは肩を震わせる。
「口惜しいです陛下。最後までお供も出来ず」
「死んだあとにでもお供してくれ。そうすれば俺の方がきっと年下になる。精々しっかり俺の面倒を見てくれよ? あまり早く来たら追い返すぞ」
「はい……はい陛下。しかと御言葉を胸に。ですが何卒命を必ず捨てに行くような言い方はおやめ下さい。我々は例え少しの可能性であったとしても、陛下が御帰還ある事を信じぬ者はおりませんので」
「ああすまない、確かにそうだ。勝つ為に行くのだからな。皆の未来を護る為にも勝たなければならない。それだけは譲れないのだ。故に倒れるとしても相手より後。その為に支えてくれよ?」
「心得ました」
「それとな、形見とは言わんがそういう事を言ってくる者たちに何もしないのはなんなので、オンルリオに伝えておく。俺の形見はコウヨウの民そのものだ。一人でも多く生き残る、それが形見だ。未来に続くその道そのものが形見だと皆によく言って聞かせるように」
オンルリオは顔を下に向けたまま大きく頷くと、
俺に顔を見せずに部屋を出ていく。




