晴れ間
「あらまぁ」
リアンは俺の肩に腰掛けてそう呟いた。
その視線の先の空間でスットゥングは
雷神を握ったまま電流を浴びる。
が、にやりと笑うと電流は全て雷神へと戻っていく。
空間全体に電流は満ちて光に包まれる。
俺はその光を遮る為腕を顔の前で交差させる。
「ああ……っ、がひぃ」
光が収縮した後、うめき声が聞こえる。
交差させた腕を解いてみると、
雷神が体から煙をあげて膝を突いていた。
「……神で無い事を忘れてしまったのね」
そう、恐らく敗北の恐怖死の恐怖から奇跡を願って
最大級の放電をしてしまったのだろう。
「あれはミョルニルではないのか……」
「ええ。ですからスットゥングは己の消滅を掛けて今しかないと決意し、電流を浴びそれを返して見せた。恐らく最初に巨人族が絶滅寸前まで追い込まれた時、彼は自ら武具となりいつか来る日の為に存在し続けたのでしょうから、本望だったと思いますよ?」
「オーディンではなくても?」
「ミョルニルは別名巨人殺しの異名が付くほど巨人族を砕きました。その持ち手である雷神と引き換えなら復讐を果たしたと言っても良いと思います」
「俺はてっきりミョルニルかと思った」
「ミョルニルは例え雷神でもヤールングレイプルという特殊な鉄の手袋が無くては扱えない代物。そういう制約があるからこそ絶大な能力があるのです」
「となるとあれは?」
「グレードダウンしたものでしょうね。遠く及ばないでしょう」
それであの戦闘能力というのは空恐ろしい。
流石としか言いようが無い。
俺はゆっくりと雷神に近付く。
やがて空は雨を落としきったのか白い雲へと
変わり始める。
「止めは必要か?」
「時間が立てば消滅します」
その言葉に頷く。
「何か言っておく事はありますか?」
「いいや無いね。俺は俺として戦った。正義も悪も神も何も無く、ただの戦士として。ならば一戦士として相手の刃に掛って倒れたい」
火傷を負い息も切れていたが、
真っ直ぐこちらを見てそう言った。
リアンを見ると真っ直ぐこちらを見ていた。
望むように、そう言われた気がする。
「ならば一戦士として儀礼を持ってそれに答えさせて頂く。我が愛刀黒隕剣にてその命貰い受ける」
「世界の輪より外れし剣か。申し分なし。後はゆっくりと事の終わりを空より見させてもらおう」
黒隕剣に星力を通し、上段の構えから振り下ろす。
雷神トールは光の粒子となり、空へと帰って行った。
「やりましたわね……」
「そうだけど、向こうは全力ではないからなぁ。依り代を得て現界し得物も偽物」
「全力で再戦したいと?」
「冗談だろう? 今でさえ色々あって勝てたのに真っ向やってたら余裕で負ける自信があるね」
「確かに」
「しかし嫌だなぁ。また伝説に一つ話が加わった」
「雷神を屠りし王」
「茶化さないでくれるか? 雷神の名誉の為に空の上で雷を追い払ってたとでも伝えるつもりだ」
「ふふふ、それで評判が少しでも落ちると宜しいですが」
「……無理っぽいな……」
俺は下を見ると、晴れ渡った大地では
皆が手を振っているのが見える。
「嫌だ嫌だ。益々人から遠ざかる」
「何で何処にいようが、貴方は貴方ではなくて?」
「それはそうだ」
俺とリアンは笑いあった後、
空から国に降りていく。
国民たちは歓声を挙げて迎えてくれた。
俺は皆に礼を言い、嵐を追い払った事を伝えて
急ぎ復興する為に力を貸してほしいと告げると、
気合十分な返事が返ってきた。
早速全員で国中の破損個所を調べるなど、
被害状況の詳細な報告集める為動いた。
使者を立ててアイロンフォレストやカイヨウの
情報を伝えてもらえるよう手配もした。
翌日夕方に詳細な被害報告が出る。
有難い事に死者重軽傷者はおらず、
建物や水路などの破損に留まった。
特に城の上部の破損が一番大きい。
が、それは急ぎではないので、
それ以外を急ぎ修復するよう指示した。
「で、どう出るかね向こうは」
皆現場での指示に動いていたので、
特別な用件がなければ俺は王の間に居た。
あまり動き回ると今は邪魔になる。
「どうでしょうね。ああいう天候があるとすれば、オベロンは迂闊に動けませんしね」
「それほど名将が居るとは思えない。って事は穴熊かな」
「ただ兵の数は出鱈目ですよ? あのオベロンがいるのですから」
「トールの神界撤退の影響も気になる」
「今は報告を待つ時でしょう。貴方が悪戯に動くとそれはそれで差しさわりがありますから」
リアンは面白そうに俺の肩に座りながら笑う。
「そんなに面白いかね。遅い、って怒ってたくせに」
「勿論。例えるなら舞台を観戦している観客でしたから。実際舞台に立つとそうでもない事が分かる」
「前までなら大分カット出来たんじゃないの?」
「あら! 私が来るのが遅いと言いたげですがそれは違いますよ? 元はと言えば……いえ止めておきましょう。兎に角今は回収せざるを得ないのです。そう仕向けられてしまった。なら一つ一つ確実に潰すしかない」
「自動的にやられたら勝ち目は無いけど、指し手の迷いに助けられてる」
「迷わせているのは他ならない貴方ですけどね」
こんな感じで合間合間にリアンと話しながら、
挙がってくる報告に対して判断を下していく。
書類仕事もしながら体力も回復させていく。
復旧は思ったほど掛らず、一週間ほどで俺はホクリョウへと
移動し、中間地点の建設をメインに皆の作業も移る。
忍び忍びの偵察の為、中々元あるスカジの地図の修正に
時間がかかっている。正直待ち遠しいようなそうでもないような、
そんな気分になっていた。
「驕りかなぁ」
「驕りと言うか一安心と言ったところでしょう。相手の大きな手札の一枚を除去した。これは紛れも無い事実。相手にとっても大きな痛手でしょうし」
「いよいよオーラスか」
ホクリョウの執務室の窓から外を見る。
あれからずっと天候は穏やかなままだ。
秋空が優しくオレイカルコスを包んでいる。




