オーディン世界の成り立ち
「この世界はどこか生き急いでいるようにも見える。汗を掻き色々な事を忘れ去ろうと全力で走っているようだ。まるで止まれば答えが見えるように」
「オベロン、下がるが良い」
「勿論下がるとも。だが舞台袖に下がる前に口上を述べ」
フレイヤのブリーシンガメンが眩い光を放つと、
それに当てられてオベロンは粒子化していく。
「ふふ仕方無い。ではな人の王。私は存分に楽しめた。次会う時は言葉を交わす余裕もないかもしれないが、再戦まで壮健であるよう祈っ」
風にかき消される妖精王。
俺はフレイヤの顔を見る。
眉間にしわを寄せて俺を見た後、
深い溜息を吐いた。
「随分と意地の悪い……」
「いや俺の所為ではなくないかこの場合」
「貴方もまさかこれ程の知識があろうとは。引き籠りというもののデータを誤っていたのかもしれません」
「引き籠りは暇人なんでね。無気力だがページをめくる為クリックする事は出来る。それに物語を読むのは現実逃避に相応しくて」
「なるほど偏った部分に特化した人間なのですね」
「全てがそうである訳じゃないさ。それにここは不思議な世界だ。一見して引き籠りの理想の世界ぽいが、俺ならこういう展開にはしない」
「もっと分かりやすく?」
「いやもっと楽に引き籠れるような世界にする」
そういうとフレイヤは小さく笑う。
俺も釣られて笑った。
「何時から気付いていたのですか?」
「フレイが召喚した時」
「フレイとオベロンの関連性ですか」
「そう。妖精というキーワードで結びつくのはこの二人がメジャーだと俺は思う。そしてフレイヤはといえば」
「……なるほどやはりフレイを何としてでも去らせるべきでしたね」
「いやいや彼は彼の役割をきちんと果たしたと思う。で、何か聞きたい事でも?」
俺がそう言うとフレイヤは寂しそうな顔をして俯く。
暫く言葉を待っていると
「これは独り事だと思って聞いてください」
と言って顔をあげた。
「あるところに事故か事件か自分でか分かりませんが、事が起こり生き延びたものの生きたまま死んでいる人物がいました。そうなって初めてその人物は生きたいと願ってしまった。碌でもない人生だったがその分をどこかで取り戻したい次は多くの人を幸せにするから、と」
いつだか見たアーサーの記憶の欠片を
ふいに思い出した。随分前の様な気がする。
アーサーも憎しみ怒りを携えたままここにたどり着いた。
「そこへとある魔法使いが何を思ったか願いを叶えてしまいました。役割を与えるからやってみせろと。役割を与えられた男は全力で役割を果たそうと、自らの世界に似てはいるものの彼の理想とする世界となるよう発展に尽力しました。が、その歴史は貴方の見てきた物と寸分違わぬもの。彼にとって最悪だったのは、憎むべき世界を自らの手で作り上げてしまった事でした。本来なら彼が知ることの無かった未来と世界を知ってしまった。彼の崩壊の始り」
「人に絶望して人より強いものを誕生させたのか」
「それに対し支配者は反対せず見守っていた。彼もそれを受けて進め、やがて人はヒエラルキーの下へ追いやられていきます」
フレイヤの目に水分が集まって行く。
「その時です。現れたのはアーサーと呼ばれる男。あの男は自らの欲を満たす為だけに、国を一つ支配し多くの人をそのチート能力によって苦しみの中へたたき落としました。オーディンは……オーディンの役の彼は困惑します。何故なのか? と。支配者は何を考えているのか、と」
「まだ足りないと言われているような気がしたのか」
「アーサーと今呼ばれている男と意思の疎通を試みましたが、それがまた彼を蝕んでいきました。何故自らも苦しめられたのに苦しめるのかと。ひと思いに何故滅ぼさないのかと」
「だから全てを支配し運命を操ろうと画策したのか」
「ロキの造反はあるとしても、その立ち回りは予想の範疇を遥かに越えていました。一異世界人である貴方をこちらに引きこむ作戦を断ち切られるとは」
俺は苦笑いをする。
ロキとはそういう役回りをする。
常に問題を見抜き突いてくる。
広く物を見て理解できる頭の良い人物だ。
水の様に流れる方向に制限を掛ければ、
別の方向へと行くだろう。
「貴方が居れば変わるような気がしました」
「それは難しいかな。俺は俺だから。きっと呆れたに違いない」
「私達は答えに窮している。支配者が何を望んでいるのか、もう私達には分からない」
「オベロンの言う病を患っている人を治すっていうのが望みじゃないか?」
「……そうしようとしたのですが」
「何度も言うようであれだけど、オベロンが言ったように付き従うだけが治す事にはならないと思う。恐らくオーディンの望みが叶っても、きっとまた別の事が生まれるだけだと思う。アーサーもそうだったし」
そう俺が言った時、フレイヤは目を丸くした。
そして小さく笑い俯く。
「答えはそこにあったのですね」
「ただオーディンの願いが本当はどこにあるのか俺には分からないんだよねそうなると。本当は世界をどうにかするとかそういう規模の話じゃないような」
「多くに人を幸せにするのではない、と?」
「そうそう。まぁこればっかりは剣を交えてみるしかないかなぁと」
「貴方の望みは叶いましたが?」
「望みかどうかは分からないけど、はっきりしているのは俺はまだこのRPG世界で生きていけたかどうか、その答えを得ていない。俺と言う人間にどういう可能性があって、改めて頑張ってみてどこまで出来たのか、という答えがまだだ」
そう、フレイヤと会話をして俺の欲しているものの
一つを思い出す。俺が何故この世界に居るのかの答えも
恐らくその到達点で得られるはずだ。
「どうやら貴方に役割を押しつけてしまったようです。本来ならば私が彼を支えて治し導かねばならなかったというのに……」
「まだ全てに答えは得ていない。だが得られる可能性がある事を今確信した。オーディンの後で会うだろう人物。彼が答えを持っているだろう」
俺はそれだけ言うと、フレイヤに背を向ける。
「答えはオーディンと剣を交える事しかないと思う。俺の憶測だけど、彼もそう望んでいるはずだ」
数々の裏切りと感じられる他者の行動に、
彼は目的を見失っているような気もする。
それがこの戦いが長い証拠だと感じていた。




