山の大司教の正体
「天然にして難攻不落の要塞を擁していたからこそ、漁夫の利を得て他国から不平不満を持たれても何の問題も無くやれたわけか。その上今回は空を飛べる味方が多くいる上に雷神までいる」
「はい。私の勝手な考えではありますが、相手が生贄を使いつつある程度スカジ兵を残しているのはこの為だったように思います」
「地形を利用し攻めるのに大人数であれば勿論良いが、そうでなくても十分やれる訳だ。攻めてくる相手には逆に少人数がやりやすいまであるかもしれない。トウシンが利用されたのも実に合理的。地の利天の利はあちらに圧倒的に有利だな」
「人の和もこちらに負けず劣らずかと。陛下のお話から察するに、天使は元よりスカジ兵も揺るぎないものがあります」
「宗教か?」
「はい。それとそれを纏める大司教が強力です。人心掌握に長け弁舌が立ちます」
「それだけではなさそうだが……」
「ええ。巨躯の体と剛力を生みだす鋼の筋肉を身に付けた武人でもあります」
「名前は?」
「ラス・グレゴリオスです」
「……それはこの世界の人間か?」
「分かりません。……いえ以前までは分かりませんでした、と言った方が正しいでしょうね」
「というと?」
「陛下とお会いして理解しました。彼はこの世界の人間ではない」
テーブルに着く重臣たちも驚きの声を上げる。
それほど巨人族に近く違和感のない男のようだ。
「ルーテルは彼を知っているね?」
「……はい……」
ルーテルはそう言うと悲しそうに俯いた。
ナルヴィが立ちあがり何か言おうとしたが
手のひらをナルヴィに向けて制止する。
「ルーテル、これから彼と戦う。俺たちが勝てるかどうかも分からないし、彼の生死を」
「陛下、御気になさらず。ジェルジオ侯と同じ乳母に育てられた時から覚悟を決めております。証拠が御入り用でしたら先ずこれを」
徐に短刀を取りだすと、襟足で結わいていた髪を
バッサリと切り落とし懐から取り出したハンカチに
包んで俺の方へ差し出した。
あまりに自然な流れで皆最後まで見てしまったが、
少ししてから立ち上がろうとした。
重臣以外の者の帯刀は基本厳禁だったのもあり
斬りかからんばかりだったが、
「静まれ!」
俺は制止する。だがそれでも皆腰を浮かせたままでいる。
俺はそのまま髪を受け取ると
「ルーテルの決意と心意気、確かに。それと」
何時も紙を裁断する様のナイフを持っていたので
それを抜き、元々ボサボサした頭だが伸びて来ていた
襟足を切って紙に包みルーテルの方へ差し出す。
「女性の髪は大事なものだ。今後二度とこういうことはやらないように。やられると俺の髪が無くなるかもしれない」
そう言って声を出して笑う。
皆唖然としていたが、ルーテルは少し目を丸くした後
くすくすと笑った。
「兎に角何よりこの後アーサーとジェルジオ侯が着た後、大本営をホクリョウとの中間位置に設営しよう。ホクリョウに大本営を置いてしまうと向こうに気取られる。その間に改めてスカジ領内に探りを入れよう。向こうもルーテルが俺のところに居る事は計算済みだ。それと出来ればカグラたちを見つけ出したいんだが」
「我々も探してはいるのですが、カグラ王女はどこにも……」
「ショウは?」
「同じです。どこかに潜んでいるのは間違いないと思われるのですが。陛下、くれぐれも油断なさらないように。私とジェルジオ侯のような関係ならいざ知らず、少し行動を共にした位でしか知らない相手なら、人が違うようになっているかもしれません」
「……それほど苛酷であったと?」
「はい。前王の死もありラス大司教がそのまま生かしておく事はあり得ません」
「すんなりとは戦わせてくれないものだな」
「私が足止めした事により、相手も動かし方を変えてくると私は見ています」
「間違いないな。よし斥候を放つ事と大本営の設営の日程や工程を作成して取り掛かろう。アーサー王とジェルジオ侯の仮住まいも早急に決めよう」
そうして一応会議は終わったものの、
ナルヴィとイシズエからの抗議が以外に長くて疲れた。
「髪を用いた呪術もあるのですぞ!」
「然り!」
「俺がもしそれで死んだら相手にも同じことをしてやってくれ。そうすれば戦争は終わる。最もそうなると人が終わるだろうがな」
「それはそうですが……」
「俺から切り離したもの全てが繋がっているから大地を歩けている、地球の中心と繋がっているとでもいうのか? 中世じゃあるまいし」
「一応中世が基盤です」
「まぁそうだけども。重力は分かるだろ?」
「そういう問題ではありません」
「問題だよ。知らないから恐れる」
「知ってこそ恐れる事も御座います」
「分かった分かった。以後気をつける。なんだったら法にでも書いたらどうだ?」
冗談で言ったつもりだが、ヴァーリも不満があったようで
マジで法に一文記載された。
”王やその王族の髪を切った時は即座に燃やす事。
持ち出したりした者には重い罰則を加える”
ルーテルにも三人で言いに行ったらしいが、
なんだか頑なに拒まれたらしく揉めた。
ルーテルは鍛冶場の鉄を生成しているところに、
自分と俺の髪を投げ入れて短剣を作ってしまった。
この行動に三人は唖然としたが、短剣の引き渡しを
求めたものの拒否。
俺に貰ったものだから俺が渡せと言えば渡す、と。
もういい加減騒がしいので短剣を下賜する代わりに、
ルーテルには今回の地図作成の功績と
俺とジェルジオ侯の秘書官として任命した。
ルーテルは心なしか嬉しそうだったが、
他の三人は何一つ納得していないようだったが無視する。
「陛下、随分とさっぱりされましたな……」
翌日早朝会議に集まった面々の視線は俺の頭部に
集中していた。
「随分とな。流石に丸刈りにされそうになったのは拒否した。この年で丸刈りは嫌」
ホントびっくりした。
この世界に来たレベルでびっくりした。
朝なんか視線が気になると思って目を開けると、
全方位正座女子に囲まれていた。
なんか目がおかしいし顔は真顔だし。
その後椅子に座らされ断髪式が行われた。
最後にガンレッドが調髪して事なきを得たが、
あれで切って整える人居なかったら
パンクロッカーになってるところだ。
出来れば後世に不名誉な武具として残らない事を
全力で祈るほかない……。




