雷神現る
煌めく光の亀裂が相棒たちへ直撃し、
光に包まれ皆の視界を奪う。
「ヘズ、皆を連れて後退し、後方から援護してくれ!」
俺はヘズに届くよう叫ぶ。
その声に分かりましたと返してくれ、更には直ぐに動いてくれた。
俺も視界が奪われても動けるよう訓練しているおかげで
動くのは問題ない。が、見えない御蔭で感覚が研ぎ澄まされる。
そして理解する。
「マジか。ついに来たか」
そう、もっとも恐れていたと言っていい神が来た。
神としても最上級、最強の戦神。
空は唸りをあげて雲を呼び、雨を降らせる。
「させるかよ!」
俺は手元に戻ってきた相棒たちを、
再度空へと投げ放つ。雨雲の間に穴をあけた。
「コウ!」
ファニーの声がし、次に風が起こる。
風の流れからして竜巻を起こしてくれたのだろう。
上空へも伸びている。他で雨が降ってくれるなら大歓迎だ。
ここで降られたら雷神に絶対有利な戦場になってしまう。
「おっさん!」
小さなエネルギーがこっちに向かってきたが、
恵理の声と共に恵理の鎌だと思うけどそれが防いでくれた。
「まったく現界したレベルの能力をもってんのとかズルいだろ。どれだけ人の魂を吸ったんだ?」
俺はやれやれと思いながら遠い空に居る相手に問いかける。
――ああすまない。今そちらに行く。お前には私と戦う資格がある――
雷鳴が近くでした後、光が大地に落ちてくる。
俺は目を閉じたままだったが、その気のデカさに卒倒しそうになる。
「まぁまぁだな。恐らくそのままでもお前は十分に戦えるだろう。だが私を見る事を許すぞ。存分に見て崇め平伏すが良い」
「見るのはどうでも良いが、崇め平伏すのは断る。これでもアンタと違って王なのでね」
「……何だ……?」
「オーディンと同格以上であったのに権力闘争に負け、引きずり降ろされただけでなく、息子という位置にまで落とされた揚句更に人レベルまで落とされても尚迎合しようなどという短小に平伏すなどお断りだ」
俺の言葉が終わるか終らないかのうちに、
怒気を込めた笑い声を張り上げる雷神。
「良いぞ、実に良い。お前の挑発は的確だ。私にはとても有効だ。何故戦神であるのに生き恥を晒すのか、というのであろう? そんなものは一つしかない。私は戦いたいのだ。思うまま相手を砕く。ただそれだけだ」
「砕くなら一番強い相手の方が良いだろう。まぁ最も勝てずに生かされ利用される事を受け入れたというのであればそういう生き方もあるだろうが」
「長く楽しめればそれで良い。何より私が暴れ続ければ世界は壊れる。先ずはこの世界を壊してやる」
「アンタが動く事を許されるのはオーディンの許可があった時だけだろう発情期の番犬め。矜持も捨てた神など犬にも劣る」
目を瞑っていてもその光が分かるほど、言葉を交わすたびに
トールの体に帯電していった。
「貴様このミョルニルが怖くないのか? 貴様がこれを食らえば一撃だというのに」
「一撃? 仮に一撃で無かったとしたら、その惨めな負け犬の雄たけびの一つも聞けるのかな?」
手元に戻って来た相棒たちを握り、
一気に星力を全力で纏う。
「……どうした? 俺はまだ生きているぞ? それとも何か? オーディンに負けた時のように俺の息子にでもなるか?」
一撃目は相棒たちを交差させて受け止められた。
これは天佑だろう。衝撃や感触を覚えた。
直ぐに体を入れ替えたが、まさに獰猛な獣のように、
雷を纏わせたブロック一つ分くらいの大きさの
頭のハンマーをガンガン振るってくる。
だが何度も食らうとやばいので避けながら様子を窺う。
怒りに任せているが野生の勘で俺を追ってきている。
型があるより余程たちが悪い。何より雷神はそれを理解して
合理的にそれを利用しているからより一層悪い。
正直なところ怒りに身を任せている事すら疑問に思える。
避けているだけでは何の解決にもならないので、
こちらも動きに合わせて打ち込む。
「……やはりお前は食えぬ奴」
「そっちこそ。挑発に乗るフリをするなんて」
「興が乗った、ただそれだけだ。何より私だけがお前を知っているなど平等ではない。私の動きを肌で感じて理解できたか?」
「……御蔭様で。まぁ理解できたのは貴方が最強であるという事だけですけどね。おしいなぁもう少し冷静さを失ってくれると思ったのに」
「冗談ではない。これは私が望んだ私だけのものだ。怒りで我を忘れるなど勿体ない」
「貴方は短気だと思ったんですが」
「短気は短気だがな。帯電体質の御蔭で放電しないと音が鳴り続ける」
「思ったより不便ですね」
「そうさな。戦いの時は唯一無二なものだが、日常では要らない力だ。もっとも別世界においては態々この力を起こして利用しているらしいが」
「そうですね。貴方無しには生きていけないです」
「ははははは、それは良い。別に主神でなければいけないという事もあるまいよ。私は私である事をやめられない。短気な性格も好戦的な性格も、な。平和な世には要らんものよ」
「僕もそうでしょうね。ですがそう言う世が来てくれたら毎日のんびりさせてもらいますから待ち遠しい」
「そう、それだ。お前はそう思っているが、果たしてそれが本当かどうか」
「というと?」
「今のお前に日々怠惰を貪る事が出来ようか。私は疑問に感じるよ」
「慣れだと思いますけどね」
「……確かに。人間というのは私達と違って自由だからな。決められてはいない。この世界を救わなくてはならない、とかな」
「オーディンは世界を救わなくてはならない、と決められているんですか?」
「そうさな。そういう独善的なものがオーディンなのだろう。お前は知識があるようだから知っているだろうが、元々神々の黄昏とは理不尽に抵抗するある神の話。物語として書けば正義と悪が必要だが、物事そんな単純ではない。神だから正義、という事もな」
「確かに。日本でもそうですが、神様と言われる方たちも結構な事をしていますね」
「であろう? そういうものだ。勝手なのだ支配する者というのは。だがお前にはそれがない。空っぽといえば聞こえがいいが、その器は鏡になっている。皆はそれに思いなり希望なりを注ぐ時、自らの姿を見なければならない。それがお前の国の繁栄に繋がったと私は見ている」
「多大な評価をありがとうございます。トール様はまさか御自分の心の内を私を通してみたいと?」
「まさか……。それはそれで面白そうではあるが、そういう役割は私には無い。与えられたのはお前を倒す為に戦うという事だけだ。だからこそ疎かにはしない。だが私は短気だ。お前の挑発分は攻撃力に上乗せさせてもらうぞ?」
俺はゆっくりと目を開ける。
そこには筋骨隆々の体をあらわにし、
腰にのみ鎧を着け帯電の影響か
短い白と金が混じった髪を立たせた、
初老の男性が居た。
掘りの深い顔に若干の皺。
白い口髭を生やしている。
「では改めて」
「雷神トール、参る!」




