引きこもり、竜と出会う
洞窟に引きこもった
おっさんは生贄にされる
相手を待っていた。
そこに現れたのは……
俺はじっと座って
生贄にされる相手を待っていた。
こういう洞窟の場合、
コウモリなどのモンスターみたいのが
出てきてもおかしくないはずなのだが、
全く出てこない。
気配もない。
妙な感じがした。
「おいお主」
違和感を感じながらじーっと座っていると、
暫くしてから奥の方から声が届く。
恐らく俺に問いかけたのだろう。
「何だ?」
「何だとは偉そうな奴だ。ここからでも私は
お主の顔が見えるが、お主は見えまい?」
「だから?」
「……挑発しているのか?」
「いや、別に顔を見なくても
俺は全く問題ないだけなんだけど」
そう気だるく答えた次の瞬間に、
突風が奥の方から吹きつけてきた。
あまりの強さに顔がひっぱられたが、
何とか耐えていると風が止む。
「これでどうだ?」
目の前に現れたのはトカゲの顔に
金色の角が生えた生き物だった。
しかも顔だけで洞窟を覆っているのだから
体はもっと大きいだろう。
しかしビビることは無かった。
威圧感は感じるが、
殺意みたいなものが無い。
もしあれば今の俺なら生きる為に、
異世界に来て得た力で
一応抵抗しなければと思っただろう。
鎧たちと違って、
この生き物も怪人と似たようなものだし。
「……気にいらぬ」
大きな口を開けているが五月蠅くない声で
そう言うその生き物。
恐らく竜なので竜としよう。
この竜は眼の縦長の瞳孔を広げ俺を見た。
威圧感は増したが、
ただ脅しているだけという気がする。
「お主本当に人間か?」
「いや引きこもりだけど」
「引きこもりとは人間ではないのか?」
「人間じゃないかもね」
俺は自虐気味に答えた。
それは両親の言葉だった。
家でテレビを見る事もネットをすることも
出来る中で日がな一日天井を見つめていた
俺に対して、
長い事ドアを開けて見ていた
と思われる両親が
”人間じゃないねアンタは”
と言った言葉を思い出し、
妙に腑に落ちたので俺は人間では無い
何かなのかもしれないと思った事があった。
まぁ何の事は無い人間なんだけれど。
「人間でなければ何だと言うのだ」
「さぁ……何だろうね」
「貴様!」
またしても突風が俺の顔を押す。
息が止まる中で俺は思う。
俺は何なのだろうか。
何もせず日がな一日天井を見て
何も思わず日が暮れていた日々を
送っていた。
息をしているだけ
見ているだけのおっさん。
息が出来ずに苦しくなってきたが、
答えらしい答えは見つからない。
「ならお前がつけてくれ」
ひねり出すように俺は竜に言った。
すると風が止んだ。
竜は口を空けて瞳孔を開いたまま見つめていた。
「……引きこもりというのは凄いな。
普通の人間なら我を見て驚くものだが」
「いや驚いているけど、想像を絶していない
だけかな。で、何か良い案ある?」
「……フフフッ……アハハハハハハッ!」
洞窟が揺れるほどの声をあげて笑う竜。
そんなに面白いことを言ったかな。
「いや、失礼。我に問う者は数多くいたが、
自分が何であるか問われたのは初めてだ。
実に興味深い。
長く生きてきたがまさかここで新しい事に
出会おうとは思わなかった!」
「どれだけ生きてるの?」
「さぁな。我は生れてよりここに居る。ずっとな。
大昔、大魔導師の何とかいう奴に封じられていて、
ここから出る事は出来ないようになっている」
「ふーん。じゃあお前も引きこもりじゃん。
もしかすると俺より長い」
「……クックック。お主は愉快な奴だ。
なるほど閉じ込められている状態を
引きこもりと言うのか。ならば我も同じだな」
「まぁ引きこもりは最終的には自分で選んで
引きこもってるんだけどね」
「……そう言う意味でも同じかもしれん。
我も何とかしようと思えば何処かへ行けたかも
知れんが、そんな気も失せていた」
竜は眼を閉じ言葉を止めた。
きっと今までの事を考えているのだろう。
俺も自分で言って解ったが、
自分で選んで引きこもりになった。
色々な要因があり、
それで人から離れたくて
引きこもりを選んだのだ。
この竜も人に恐れられ、
そんな怯える人に会いたくなくて
引きこもりを良しとしたのかもしれない。
勝手な憶測で共感している俺に対して竜は
「生贄として最上級の者を寄越してくれたものだ。
これほど気が利いた者をくれるとは、
余程良い事でもあったのだろうか」
そう言った。そんな訳はない。
「いや別にそうじゃないよ。
俺が何もしてないけど、俺の所為にしたかった
人たちの望みで牢に入れられ
生贄にされただけの事だよ」
「ならばこれは天の恵か」
「ただの偶然だと思うけど」
「それを人は運命というのだったな」
「どうだろう。
それは今後のアンタ次第じゃないか?
俺との出会いでその後の道が変わったのなら、
それは運命と呼べるかもしれない」
「かもしれないとは?」
「うん。運命は自ら選択するものだからね。
宿命は前世がどうとか言うけど、
結局は自ら望んで背負ったものが
宿命だと俺は勝手に思っている。
引きこもりは宿命だったけど、
今こうして生贄になったのは運命」
「お主が選んだのか?」
「そうだね。何だか人を殴って暴れるのも
メンドくさかったし。
自分で選んだ引きこもりが人にとって罪なら、
生贄で償えるのも良いかと思って」
「……お主は馬鹿なのか
大きな器をもっているのか解らん」
「馬鹿一択だよ」
「そうか、しかし困った事になった」
竜は俺の答えを聞いて、
そう言った後洞窟の壁に
ぶつかりながら首を横に振った。
それでも崩れないのは凄いなぁと
間の抜けた事を思っていた俺に
「お主名前は?」
「名前……」
名前を問われたのはいつ以来だろう。
中学生だから10年以上前か。
っていうか自分の名前なんて忘れてた。
何時でも名無しだったから。
小さい頃、まだ両親に愛されていた時に
何と呼ばれていたっけ。
「コウだ」
「コウ?……良い名前だ。
短く呼びやすく忘れにくい」
「そうかもね。愛されていた時に
聞いた名前だから
そうなのかもしれない」
「確かに。愛おしいものを呼ぶ時に
わざわざ全ての名前を言う奴は居ないな」
「で、何で名前を訊ねたの?」
「ああ、コウ。それは簡単なことだ。
お主が私の主になるからだ」
「はい?」
「我は竜という生き物で、恐らくこの世界の
生態系において、神の下にある生き物だ。
それ故千里眼という遠くを見渡す力や、
聴力が長け知識も豊富で空を駆ければ
国と国を直ぐにでも渡れるほどの
能力を持っている」
「体が大きい事は解るよ」
「うむ。で、その我に問われ答えられないことは
無いと思っていたし、我が問う事も
予測範囲内の答えしか
返ってきた試しが無かった。
それをお主は飛び越えた。
故に我より優れている。
だからお主は我の主なのだ」
「それは突飛過ぎでしょ」
「そうだな、そうかもしれない。
なら言い換えようか。
我はお主流で言う宿命を運命に変えたいのだ」
「具体的には」
「我はそなたと共にここから抜け出したいと、
覚えていないほど遠い昔の感情を持ったからだ」
「抜け出してどうするの?」
「知らぬ。だが良いではないか。
お主と居れば退屈する事はないだろう。
それにお主も飽きただろう?
その引きこもりというのに」
「いや、飽きてない……こともないか。
もうこの世界に来てから引きこもりじゃないし」
「ならば共に世に出てみんか?
どうしても嫌ならまた引きこもれば良い」
「そうだね。この世界を見て回るのも
悪くないかも。
ここにはネットもテレビもないし。
違う場所から空を見るのも悪くない」
「ネットとかテレビとかはよく分からんが、
了承してくれたのならそう話は早い」
そういうと竜の顔が眩い光を発した。
俺は眼をつぶり、光が収まるのを待った。
眼を閉じていても解るほどに暗くなった
ところで眼を開けると、
そこにはモデルのようなスラリとした体型で、
腰まである長い黒髪に
金色の角を二本生やした女性がいた。
白無地のワンピースに身を包んだそれは、
神々しくも見えた。
「さぁ行こうではないか主よ。
我は運命を選んだのだ」
そう言ってほほ笑みかけられ手を引かれ、
洞窟の奥へと進んだ。暫く進んで行くと、
目の前に妙な札が付いた行き止まりに着く。
恐らくこの竜を閉じ込めているものだろう。
俺は引かれていた手を今度は逆に引き、
空いている右手で拳を握り、
その札を思い切り殴りつけた。
するとそれはキンッ!という
ガラスを弾いたような音とともに破れ、
行き止まりが崩れて陽の光が
まるでスポットライトを浴びたかのように
降り注いでいた。
暫くして目が慣れて開いてみると、
幻想的な景色が広がっていた。
うっそうと茂る森に、
湖や山などが見える。
絶景と言っても良いかもしれない。
初めて景色に感動した。
「良いなぁ。我らの門出としてこの絶景に陽の光は祝福されているのではないか!?」
竜はそう言いながら
俺の手を強く握り震えている。
千里眼があるんだから
景色は見えていたんだろうけど、
やっぱり直に見るのは違うのか。
まして初めて外へ出るんだから
当たり前か。
「さぁ気の向くまま行こうぞ!」
「そうだな。というか一つ聞いていいか?」
「何だ?」
「生贄の人たちは?」
「ああ、洞窟には人が這いつくばれば
出れる穴があってな。
それを教えて出て行ってもらった。
あいにく人を食う趣味は無いのでな」
「なら何で生贄?」
「暇つぶし」
そう悪戯小僧の様な顔をして笑う竜を見て、
心臓がバクバク言い始めた。
そして手を握っていることに気付き離そうとするも、
強く握られてしまった。
「なるほど、引きこもりとは女人にも
免疫が無いのだな。面白い」
これまた悪戯小僧のように
笑う竜にイラッとしたが、
諦めが早いのも引きこもりの特徴だ。
見た目的には俺より10以上若く見えるが、
俺より長く生きているようなので色々セーフ。
「あともう一個」
「別に一つと言わず二つでも三つでも良いぞ?」
「いや一つで良い。名前は?」
「ファフニールという種類らしいので、
ファニーで良い」
「あっそ。じゃあ行こうかファニー」
「うむ!コウ行くぞ!」
俺ははしゃぎ走るファニーに
引き摺られて山を降りる。
こうして引きこもり同士の
おかしな旅が始まった。
引きこもりのおっさんと
少女になった竜。
奇妙な二人の旅路は
どうなっていくのか!?