前線を渡り歩く王
冷静に考えればコウヨウ兵も敵兵も
互いに錬度は上がっている。
ヴァルキリーも確かに強いが、
巨人族も元々肉体や精神の強さがあり
何よりこの荒廃した大地を生き抜いてきた。
冬の辛さを知り今春の気配を感じて
それを掴み取る為に気合いは十分だ。
ヴァルキリーが全面に展開してきた事により、
最初はその姿に恐怖していたものの、
対策を立て冷静に対処した事により
怒りを込めて何の迷いも無く叩けるようになった。
「僭越ながら、我らからすれば陛下と共にある事が一番大きいように思います」
そうアゼルスは言った。
俺は忙しなくトウチとホクリョウの前線を行き来しているので、
寝るのは馬の上や戦場で穴を掘って
兵士たちとともに仮眠を取ったりしていた。
個人的には何故だか穴の中で眠るのは少し安心する。
木の筒を作ってそれを下から地面に突き出して空気穴にし、
寝る事もあった。
「ちゃんと寝てるかベイビー」
「そっちは温かい布団で寝てそうで何よりだ」
本来ならあまり互いに慣れたくはないヘルモーズとも
幾度も剣を交えている。
「実に嫌な話だが、練兵に付き合わされている気分になる」
「そんな気安くは無いだろう」
と言いつつも俺がヘルモーズを引きつけている間に、
ロンゴニスやガロムにロウ、そしてトロワやアシャラなどが指揮して
ヴァルキリーに対し軍を動かし対応している。
勝てば最上だが、何より死なない事が第一としている。
今は死傷率が激減していて、今初めてヘルモーズから
練兵という言葉を聞けた事は成果がある程度あったと
思えて嬉しい。
「顔はまったくそう言っていないがな」
「ヴァルキリーが本体ではないだろう? 何よりそっちもテュールが出てきていないじゃないか。それにもっと手を隠しているだろうし、うちにもある程度サービスしてほしいくらいさ」
「そうかい」
ヘルモーズの高速斬撃にも慣れたが、
ヘルモーズも俺の太刀筋に慣れて来ているので、
お互い隙を狙っているがあまりない。
あまり、というのも俺は軍を指揮していないが、
ヘルモーズはヴァルキリーを指揮しながら戦っている。
ここが俺としては相手にまだ手がある事を確信している部分だ。
ヴァルキリーに関して言えば、何より指揮する者である
ヴァルキリーの中でも有名な六人が誰も居ない。
「余裕だなぁ。それほど生贄がいたとは思えないが……まさか」
俺は強めに斬りつけてヘルモーズを下げた。
ヘルモーズは馬を落ち着かせながら、俺から視線を逸らす。
「何の事を言っているかは心当たりが多くて分からんが、重ねその通りだと言っておく。正直こちら主導でやっているのだから当たり前ではあるのさ。テュールが渋るのもその辺り」
「情けを掛けていると?」
「いいや違うね。せめて自分だけでもそうありたいという最後の願いというか希望のようなものだよ。憎んだ相手と同じような事をさせられている。結末は例え変わらなくとも、その過程だけでもという足掻きというか」
「確かに分からなくもない。中々惨い事をするとは思っている」
「だろう? 死んだところで物語は続いていき、潮目が変われば悪となる。まだ最悪許容出来ても、まさかあんな手段を取られるとはな。正直当事者じゃなくても胸糞が悪い」
「神降ろしを行っているのはそういう理由があるのかもな。この大地が選ばれた訳に全て合点がいく」
「だな。腕が元に戻ったが治療の代償が大きすぎた。お前も以前目を弄られていたが」
「今は平気なはずだ」
「そう思う。だが気を付けろ。俺からはそれしか言えない」
ヘルモーズは言葉が終わると俺と目を合わす。
そして口を強く結び馬の踵を返して去って行った。
言いたくても言えない事もあるのだろう。
俺も目を気をつけなくては。
恐らく何もないとは思うが。
俺は気持ちを切り替え将達に撤退を指示。
翌日には何もなかったかのようにヘルモーズと斬り合う。
敢えて言葉は交わさず実戦訓練を繰り返した。
翌週トウチの暴竜砦で書類に目を通しながら
決裁作業に勤しんでいると、進捗情報が目に入る。
武具や兵糧、護りの整備も順調にいっているようだ。
計画通りそろそろトウシン討伐へと動けそうである。
「やっとか」
戦場を行き来しているので、
どれ位の日数が経ったか忘れていた。
家に帰って初めて日にちを思い出す。
窓の外を見ると、いつの間にか日が暮れていた。
戦場に居ると日が暮れるまでの時間が
酷く長く感じた。
「働いているとこんな感じになるのかな」
などとここへ来て思う。
この異世界にこなければ知る事は無かっただろう。
来て良かったというのは変だが、そう思う。
向こうで自分自身を立て直す事が出来たら良かったのだけど、
それは叶わなかった。
最初パジャマ姿で森の中で目覚めた時はどうしようかと思ったし、
街の中で一人座り込んで途方に暮れていた時は、
本当にどうなる事かと思った。
「まさかこんな事になるとは」
この世界を管理している、というか中間管理的な位置に居る
オーディンの名を借りた者とこの世界を掛けて戦う事になるとは。
小説の主人公のような展開である。
「せめて結末はより良いものになるよう祈ろう」
俺は一人呟いて空に広がる星を見た。




