熱心な忠節は時に怖く
俺たちは物資をアーサーに近い騎士に
少し分けてそのまま引き揚げていく。
その後恵理やファニーに
無欲どころか御人良しが過ぎると
窘められたが、
「今までの忠義に対する礼とか色々だ」
と言ってそのままツキゲを走らせ、
セイヨウまで皆で引き揚げる。
ただ問題が少し起こった。
綺麗な褐色の肌に口髭を蓄えた
短髪の親衛隊長、アシャラから知らされたのは
カイヨウの民衆が付いてきているとの事。
アシャラはとつとつと自らの持論を展開し、
帰るよう促したが聞かないようだ。
その割にはアシャラは困った様子でも無い。
何としてでも追い返せとは俺は言わないと
踏んでの事だろうが。
「俺が出て行ったら逆効果になりはしないか?」
「……はっ」
アシャラは全肯定する。
その後手を組んで頭を下げた。
アシャラはドノヴァンナルヴィ系の武人で、
口数が普段少なめで俺への忠誠が行動原理。
親衛隊の護衛として何度も俺に随行し、
小さないざこざもアシャラと共に
切り抜けたりもしている。
なので、この行動も理解している。
長文になりそうなので省いて端的にいえば、
”陛下は了承するしかないと考えているだろうしそうするだろうけど、
直々に陛下の一言が欲しい”
思い返せばアシャラの十番目の親衛隊長就任式においては、
その口上の長さからナルヴィと喧嘩になりかけた程。
アシャラは言うべき時には言うし譲らない男である。
それが折れて俺に報告に来るという事はそういう事なんだろうが。
「お前自分の希望で俺を引っ張り出そうとしてないか?」
「いいえ」
早かったー食い気味に来たぞおい。
こうなるとどうあっても譲らない。
出来れば女性がこういう感じで来てくれたら、
多少は嬉しくも感じるんだろうが男にされてもなぁ。
「早く行きなさい、よ!」
恵理に思いっきり尻を膝でけり上げられた。
俺は黙って尻を摩りながら移動する。
それを見てアシャラは吹き出したので睨むと
素知らぬ顔で先を歩いた。こいつも悪質だ。
結局俺も熱い思いを込めて大演説をしたが、
寧ろやはり火に油を注いだらしくどうあっても民に
なりたいと譲らない集団約百人。
カイヨウに物資援助もするから今よりも
カイヨウは良くなるといくら言っても譲らず、
更にアシャラは最もだと言わんばかりに頷き、
更には嗚咽し始めた。
気味が悪すぎるし邪魔にしかなっていない……。
「良いか皆の衆! 我が陛下は地に足を付け民の間を自らの時間を惜しまず巡り、安寧秩序を護りと国民の進化を促しまた自らも成長する御方だ。一朝一夕の忠義など、無礼にも程がある。そして並大抵の命を掛けたところで、陛下の心配りに対して釣り合いなど我らとて、とてもではないが取れているはずもない! 戦場では誰よりも先に駆け敵を屠り、撤退においては殿に近い位置、治世においては常に古きと新しき事を学び、民衆に対しては自らを置いて心を配り、亡くなった者には家族を含め心から寄り添う。その陛下に報いるのは並大抵の覚悟では全うできないのだ! それを承知してもついてきたい、その覚悟無き時は自らを処する、その決意決断出来る者のみ陛下の御威光を浴びる事が出来るであろう!」
長ぇ……長ぇよアシャラさん。
お前さんが陛下やればいいじゃない大演説じゃないの。
確かに追い返す事はもう諦めたけどもだ……。
アシャラさんは言うだけ言って満足げな顔をし、
俺の足元に傅き手を組んで頭を下げた。
止めてほしいんだが。
それをまた付いてきたカイヨウの民も
子供まで真似する始末……。
こいつマジ性質悪い。
「分かった分かった。だがな、後から来て」
「陛下、彼らの事は僭越ながら私めが御預かりいたします。陛下の臣としての心構えを解き、見事なコウヨウの民よ我が臣下よと陛下の御言葉頂けるよう粉骨砕身指導して参りますのでどうか」
……こんなところで妙な欲を出さないでほしいんだが。
十番目の親衛隊長として給金も働きに見合う
額を貰っても尚城住まいで、
更に褒美を与えようとしても一切拒否という
三蔵様を真面目にしたような求道者アシャラ。
怖いなぁ大丈夫かなぁとは思ったが、
アシャラ隊は親衛隊の中でも隊長の指示の元、
一糸乱れぬ編隊を組んで動ける随一の部隊だ。
恐らくその言葉に二言は無いだろうが、
これは洗脳では無かろうかと一瞬思ってしまう。
「やりすぎないようにな……」
「はっ! このアシャラ、これまでやり足りぬという事はあっても、やり過ぎたという事は人生において一度も御座いません。陛下の御名声を下げぬよう細心の注意を払い行動しますのでご安心を!」
御安心できないんだよなぁ全くもって。
寧ろ自分の忠誠が全く足りていないんだと言わんばかりに
目が主張していて怖い……。
そう言えばこないだのホクリョウ戦の時、
編成の都合でトウシン方面の迎撃に行かせたが、
アシンバとシンラから同じ報告書が届いた。
俺を侮辱したトウシンの一中隊を全滅させた、と。
その怒り狂う姿と奇声とも咆哮とも取れない声に
味方まで震えあがったそうだ……。
アシャラ含め三十人近い小隊のそれを聞きながら、
蹂躙されるトウシンの二百人の中隊を思うと
死後の安寧を祈らずにはいられない……。
「兎に角頼むぞ」
その言葉に涙を流すアシャラ。
そのうち、変な歌でも作りはしないかと心配である。
先に禁止条例でも作ろうかな。
その日はセイヨウに留まり、翌日出立する。
その道中もカイヨウへの支援物資と人手の
割り当てを考えながら、歩兵たちに合わせて行軍する。
夕暮れにはコウヨウに着く。
そこからナルヴィたちと会議をしようとしたが、
どうもホクリョウ側がおもわしくないと聞いて、
とるものもとりあえず、俺はカイヨウに赴いた
部隊をコウヨウ守備側と入れ替えてホクリョウへ向かう
指示を出した。アシャラは口惜しいが足手纏いになると、
俺が何とか説得し自らそう言い聞かせて留まる事になった。
ナルヴィがカイヨウの民の件で後で話があると言っても、
聞いているのかいないのか分からないような返事をし、
小競り合いをしそうになったので俺がひっぱりそのまま出陣した。




