迎撃戦の終わり
「陛下、失礼いたします」
声に反応し目を開ける。
特に寝相が悪いのも居ないので、
体自体は痛くないが狭く動き辛い。
なんとか寝床を抜け出して寝まきから
いつもの服に着替える。
俺は飾りの無いシンプルな
ワイシャツとスラックスを
国で新調して来ている。
元の時代と比べても手で編んで出来ていて
最近更にしっかりして来ているので、
寧ろこっちの方が着心地が良い。
「靴を履き替えたぞ?」
扉の前に綺麗に置かれていた靴に
履き替える。それを見て手を後ろで組み
執事らしく背筋をぴっと伸ばし
胸を張って立っていた
ドノヴァンは御満悦のようだった。
「で、靴を履き替えるより劣る
用事とはなんだ?」
「服を着替える事で切り替えて頂きたく」
切り替える必要がある案件か。
国内で反乱が起きるという事は
現状考えにくい。
戦争が頻繁に起こり泥沼というなら
反乱もあり得るだろうが、
うちは比較的落ち着いている方だ。
資源もあるしなんなら今は
土地が広がって伸びる方に忙しい。
税金も高すぎないようにしている。
だが丁度人が出払っているこの時期に
起こすなら可能だし確率も高い。
長期とまでは行かなくても、
長くダメージは残る。
「……なんだこれは」
領主の間に行くと、
そこにはなんだか縛られたスカジ教団の
服を着た人間が数十人居た。
「おはようございます陛下」
イシズエも微妙な顔をしていた。
俺はどんだけ長い事寝ていたのだろうか。
「俺は何日寝ていた?」
「おおよそ五時間で御座います。
戦場を離れたのちは七時間の睡眠を
守って頂きます」
ドノヴァンは俺を五時間で
起こした事が不服なようだ。
げんなりしながらドノヴァンを見た後、
スカジ教団員ぽい者達に目を向ける。
「事情を聞こうか」
イシズエは手短に経緯を話した。
つい五時間前エムリスたちが出立した後、
スカジの街で戦闘が始まった。
どうやら痛み分けに近い形で
スカジは大分奮闘したようだ。
エムリスも何故か固執せずに、
ある程度損害を与えた後で
あっさり退却した。
「でこの者達は?」
俺がイシズエに尋ねると、
耳元で
「はい。スカジの街より
コウ王陛下に借りは作らない、
という事で連絡を受け、
この戦の始まる前後に潜入していた
スカジ教団の者を
捕縛いたしました」
信者たちに聞こえないように囁いた。
律義と言うかなんというか。
フリッグさんの目的や
教団に理解は示さないが、
信じている者は藁にもすがる気持ちで
現状を脱しようとしている
ある意味純粋な者たちなのかもと思った。
「お前たち、何か希望はあるか?」
俺の問いに何も答えない。
「我が隠密達の活躍も馬鹿に出来んな」
俺は鼻で笑いながら挑発するように
言う。それに反応し怒りに顔を
歪めた男がいる。
「お前たちの中には仲間に売られたかも
と考える者が居るかも知れんが、
残念なことにうちの者達だよ。
ちなみにもう帰ってきたが、
次の密偵も用意している。
で、俺はお前たちが攻めてこないのであれば、
特別危害を加えるつもりは無い。
フリッグ教団がどうあれ、
信者たちが全て攻撃的でもあるまい?」
全て嘘だがどうやら信じているらしく、
反応し百面相している男は
最後の方が安堵していた。
「兎に角何度でも言うが、
信仰を押しつけるな。
信じたければ勝手に信じる。
それで死にたければ自分たちだけで
死ぬが良い。他人を巻き込むな。
最後にもう一度言っておく。
こちらに危害を加えるのであれば
容赦はしないぞ?
あまりこちらを甘く見れば
カイヨウやトウシンの二の舞になる
と言っておく」
それだけ言って俺はイシズエに
外に出すよう指示した。
その後彼らを見るとキツネにつままれた
ような顔をしている。
「なんだまだ何かあるのか?」
「コウ王は我らを生かしておかぬのでは
ないのか?」
「しつこい奴だ。こちらに危害を
加えなければ何をする気も無いと
言っている。だからあまりくだらない
手間を掛けさせるな。気も無い者を
無理に信仰させようとするな。
今戦争状態にあるからお前たちの
行き来を制限しているが、
戦争でなければそして強引な布教
更に理不尽な教義の強要などを
しないのであれば、
行き来を制限するつもりは無い。
信じるものは自由だ。
自由であるからこそ責任も伴う。
それによって身を滅ぼしても
国は助けない。
だがその前に予防や防衛はしておく。
それだけの事だ。
暫くは会う事も無いだろうが、
愚かな真似をしないようにな。
連れて行け」
男たちは何度も俺を振り返りながら
出て行った。
「で、ドノヴァン。要件はそれだけか?」
「いいえまだ御座います。
カトル殿」
領主の間の入口からカトルが入ってくる。
いつもの感じで高潔さと美男子振りが
溢れてキラキラしておる。
これで我慢強く負けん気もあるから
凄い人間もいるもんだと感心している。
幼馴染のトロワ曰く、全て平均以上ではあるが、
飛び抜けた点が無いのが欠点だとか。
飛び抜けた点があれば俺より王様に
向いているのにな、と言うと
トロワはそういう感じでもない、という。
内緒だと前置きしたうえでトロワは言った。
例えるなら良く懐く血統の良い犬、
反する事より従う事に
喜びを感じる男です、と。
「国の門番であるカトル将軍は
何を報告してくれるのかな?」
「門番と言われますといささか
こそばゆいものが御座います」
「まぁ門番は多いに越した事は無いが、
そんなに見つかる人材ではない。
限られた者達が護ってこそ堅固な
国の護りだと思う。俺は無くとも
国を護れる者達の一人だ。
是非驕る事も卑下する事も無く
立派に果たしてくれ」
「はっ!」
腹の底からデカイ声を上げる。
元気なのは結構。
「で、カトル殿。王にお伝えしたい
事とは」
「あ、失礼致しました。
僭越ながらホクリョウの領主として、
カイヨウに援軍要請に応えて貰った
お礼に物資の方を送らせて頂きました」
「ありがとう。俺が寝なければ他が寝れないと
思ってそこを指示し損ねた」
「いえ、それを補ってこその家臣かと」
「助かる。向こうの出方はどうかな」
「はい。お詫びをアーサー王は申されまして、
”次は我が方よりスカジを攻め、
援軍を求める事もあるので宜しく伝えてほしい”
との事でした」
なるほど。アーサーも打って出るという
覚悟を決めたか。そうなれば俺も助太刀を
せざるを得ないだろう。
個人的にはフリッグさんと
戦場で対面したいのもあるし。
「これは戦況が動くかもしれんな。
カトルもスカジの動向に注意してくれ。
今後もやつらは忍んで来よう。
塀の建設も早くせねば」
「はい。急ぎ進めて参ります」
「で、ヨウトが勝手に抜けた
トウシン側の状況はどうか」
「はっ。それが反って良かったようで
戦線は我々とスカジの勝利、
そしてスカジとカイヨウの痛み分けの
報が伝わり押し返したとの事」
「俺のところ以外はまずまずと言った
具合なのが嬉しいやら悲しいやら」




