狭間の策
「陛下には何か御考えが御有りなのでは?」
ドノヴァンに問われたが少し考える。
個人的に好ましいとは思わないが
理不尽ではない、ギリギリのラインを
模索していた。
「コウ、お行儀が良い事だけでは勝てない。
そしてお前は小奇麗な理想を掲げた王ではない。
泥臭く己の非力を悟り人を求める。
実に人間臭い王だ。
ならば人らしく狡猾であれ」
「……そうだな……。
誰かが義を感じ、
奮闘したスカジを称えて何者かが
夜襲にくるかもしれないと世間話を
してくれたらな。
商人ならきっと日頃の取引を
している仲だからそうするだろう。
また約束を破らないか誰か見ていてほしいものだ」
いやらしいと思いつつ、
とぼけた様な口調で空を見つつ
誰も居ないていで言ってみた。
やってみてなんだが実に
気恥ずかしいというかなんというか。
俺が言い終わると
ファニーとドノヴァンは部屋を出て行った。
溜息を吐いた後目を瞑り考える。
恐らくスカジは全力で抵抗し、
下手をするとカイヨウは二度目の敗北を
喫する事になる。
そうなればエムリスは約束を違えるだろう。
この時に俺としては
ロンゴニス隊に遠距離から矢を射らせて
分からないようにスカジを援護しようと
考えていた。
後ろから斬るというのを実際にやってしまうと、
その部分だけが後々まで残り付いて回る。
相手が悪くてもそれは避けたい。
「陛下」
誰も居ない領主の間に親衛隊に
扉をあけられガンレッドが入ってきた。
「ガンレッド、外はどうか」
「はい滞りなく。カイヨウの軍師は
中々執拗でした」
「交渉が難航したようだな」
「ええ。物資の二割で話を進めていたのですが、
帳簿を見せろ実数を出せと騒ぎまして」
「で、どうなった?」
「結局四割を渡してしまいました。
申し訳ございません」
「ガンレッドは悪くないさ」
「いえ、私が口を出したのがいけないのです」
なるほど。カムイとレン、カトルの三人では
翻弄されて良いだけ持っていかれるところで、
最後はガンレッドが纏めて責任を取る形で
幕を引いたのだろう。
「やつらは今出たのか?」
「もう少しした後に出立するようです」
「そうか……」
俺は顎に手を当てる。
このまま発たれるとスカジに余裕が無い。
「陛下、もう一度交渉して参りましょうか?」
その言葉に俺は微笑む。
「そんな事は無理なのはガンレッドが一番
良く知っているだろう?」
「はい……」
「今回は俺の責任で不利な立場にある。
こちらはどこまで向こうの無遠慮な要求を
押しとどめられるかという状況だ。
ガンレッドが押し負けたなら
俺としては何の抗議も無い。
信頼しているからな……」
そこに問題は無い。
流石にほぼ全ての物資をと言われれば
是が非でも俺が再交渉するが、
今回は呼びだしたという状況なので
気前良く六割でも良いくらいには
考えていた。
問題は時間だ。気持ち良く出立し
気持ちも状況も最高に良い。
そこに俺はエムリスの落とし穴が
あると思っている。
あの傲慢不遜な分かりやすい者が
ここから慎重に進むとは考えにくい。
そうなると……。
「ガンレッド、カイヨウの兵士たちは
腹を空かせていないか?」
「は、はい。少し空いているようで、
軽食を作っております」
「全くサービス満点だな」
「だ、ダメでしたでしょうか?」
「ダメじゃない今回に限っては
最高だ。ガンレッド、軽食から
夕食レベルにまで上げて、
巧く酒を振舞ってやってくれ。
俺からのお詫びと確実な戦勝に
対する祝いだとでも言ってな」
「は、はい!」
ガンレッドはぴんと来たようで、
急いで部屋を出て行った。
最高は酔って出陣をぐだる、
最低でも二時間程度は稼ぎたい。
俺も出て接待でもするかな。
そう考えつつ、少し時間を持て余したので、
ホクリョウの財政や雇用などの
資料をチェックする事にした。
カトルは基本民への締め付けは
殆ど無い。気を張らず伸び伸びと
やって貰っているようだ。
他人を害する者や
国を危険に陥れようとする者に
対する罰則も本国同様厳しく
敷いている。
ただし本国同様多少の御目溢しや
再起の機会は与えられているようだ。
「陛下、失礼致します」
カトルが入ってきた。
噂をすればなんとやらだ。
「カトル、よくホクリョウを治めてくれているな」
「いえ、ナルヴィ様の敷いたものを
そのまま敷いているだけの事でございます」
「起こすのも大変だが、維持し守ることの方が
更に大変だ。特にスカジと直接対面している
街なのだからな」
「御褒め頂き畏れ多い事でございます」
「今後ともホクリョウの事、宜しく頼む」
俺がそう言うと、察したのか
深く頭を下げた。
「欲を出さずやってくれれば十分だ。
ここは前線基地。そう誰でも任せられる
者ではない。一国の主のつもりで
運営していってくれ」
「陛下への忠節を持って長く良い街で
あるよう治めて参ります!」
「陛下」
次はイシズエが入ってきた。
「カトル、早速で悪いが
俺の代理としてホクリョウの領主として
カイヨウの兵たちを存分に接待して
やってくれ。なんなら寝床も提供しても
構わない」
「必ずやご期待に添えます」
出陣するように胸を張って部屋を
出て行った。
「あの美男子が高揚していたようですが
何かございましたかな?」
「領主として正式にカトルを任命した。
位は将軍に昇格させる」
「それはめでたいですな!
事務寄りの武人初の将軍でありましょう?」
「そうだな。実際は将軍と言うより
領主なのだが、領主がただの親衛隊よりは
周りも落ち着くだろう」
「次は文官でありましょうかな」
「恐らくな。それとイシズエとナルヴィの
正式な位も決めた」
「それはどのようなもので」
「宰相だ。本当は右とか左とか付けようかとも
考えたが、俺的に物騒なので
宰相のみにした。
二人は俺の補佐であり何かあれば
代理として責任もって権限を行使し
国に尽くしてほしい」
「承りました。陛下の身世を更なる
栄光で染めるべく、身命を賭して
お仕え致します」
「あまり気負って空回ってくれるなよ?」
「それを言われると痛いですな……」
「笑いごとではない」
俺とイシズエは笑いあう。
まぁ実際笑いごとではなく真面目に
空回りしてもらったら困る。
最悪の事を考えてドノヴァンを
俺の側に推挙したんだろうが。




