追撃戦からの帰還
「執行」
黄金色の液体の中から
憤怒の形相で現れた
白髪白ひげの巨人。
暗礁目掛けて拳を振り下ろし
粉砕すると、光となって
広がっていた異形の景色と
共に消えていった。
「どうした? 掛ってくるが良い」
俺が元に戻ったスットゥングの泡槍を
スカジ兵に穂先を向けて挑発する。
暫く反応が無い。呆然としているようだ。
まぁ俺も驚いては居る。
いきなりあんな景色が広がって
その後多くのスカジ兵が倒れているのだから。
「こないならこちらから行くぞ?」
俺は首を傾げながら、ゆっくりと
スカジ兵に近付く。そして穂先が一人の
スカジ兵の兜に触れた瞬間
「あああああああああああああ!」
絶叫をあげて一人が逃げ出すと、
恐慌状態となり逃走を始めた。
さてどうするか。俺の連れてきた千は
ほぼ無傷。ファニーに至っては
余裕の顔をしている。
「怪我をした者はホクリョウへ戻れ!
余裕がある者は我に続け!」
俺は泡槍を空に向けて掲げ、
振り返り全軍に指示した。
先に戦闘を行っていたホクリョウ兵の
後ろから本国の兵がようやく来た感じだ。
意図した逃走なら追撃は危険だ。
だが今総崩れとなって生命の危機を
感じての敗走だ。
「コウ、先に行くぞ!」
ファニーは俺の前に出て走り出す。
俺もその後に続く。競争はせず
ファニーに先導を任せる。
その為に声を掛けてくれたと思う。
「陛下!」
少し走り始めたところで
横にレンが来た。
「遅かったな」
「言葉もねぇが、ここからは俺も
暴れさせて貰うぜ」
「それはどうでしょうな」
ドノヴァンも駆けつけてきた。
さっきと違い、しっかり兜に
鎧を身に着けていた。
「それはこっちの台詞だぜ。
そんなガチガチの恰好で追撃戦が
出来るものかね」
「なら黙って見て居られるが宜しかろう。
陛下の剣にして矛たるものの
矜持をお見せしよう」
ドノヴァンはそう言うと
デカイ剣を切っ先を天に向け
胸の前に拳を付けて俺に向くと、
そのまま馬を飛ばしてファニーの
後に続く。
「野郎!」
レンも負けじと付いていく。
「陛下!」
後ろから歩兵たちを率いて
イシズエ達が来る。
俺は速度を落とし前と後ろが
間延びしないよう指示して進む。
カムイが急いで駆け寄ってきた。
「陛下、あまり追撃し過ぎない方が
宜しいかと」
「そうだな。出来れば我が軍の力で
壊滅状態になった事を、
あっちにも分かるようにしたら
それで充分だと思う。
皆は消化不良だろうが、
あのフリッグ教団のスカジ兵を
敗走させたという成果は大きい。
これからの戦いにとっての契機となろう」
「はい。ですので極力被害は最小限に
留めたく」
「勿論。ただこのままでは俺一人で
勝ちとったようになってしまう。
全体としてみれば負けている形に
見えてしまう」
「心得ました。では少し押しましょう」
「頼んだ。ロンゴニスの弓兵隊を
前面に押し出して街を攻撃すると良い。
後の事は任せる。
俺は目印代わりに槍を構えて見ているだけに
留めるよ」
カムイは一礼して軍を率い前へ出る。
俺はのんびりと進む。
「陛下、馬車へお戻りになりますか?」
中衛にいたトロワが馬車と共に
俺の元に来た。
「いや俺は目印だ。やつらの恐怖のな。
なのでこのままトロワたちと共に前に進む。
だがある程度になったら引き揚げるから
後衛は退路を確保しておくようにしてくれ。
どこから敵が来るかわからん」
「カイヨウが来るかもしれませんね」
「カイヨウだけでなく、スカジの増援、
トウシンの軍も有り得なくは無い。
何にしても備えあればだ。
頼むぞ」
トロワは親衛隊の指揮権を俺に戻し、
後衛の取りまとめに動く。
ノウセスも中衛に下がって指揮を始める。
夜が来る頃には引き揚げるのを目標に
敗残兵が入ったホクリョウから
一番近いスカジの都市を前線は
攻撃している。
ただ攻城戦兵器を工兵と共に
多く連れてきている訳ではないし、
策として彼らには存分に恐怖を
スカジ内に伝えて他にも伝染させてもらう
役割を果たしてもらわねばならない。
退却の準備をしつつ、
前線は全力で攻撃している。
「そろそろ頃合いだな」
そらがオレンジ色に染まり始める。
街の方も明かりを焚き始めた。
俺はツキゲを走らせ前線に出る。
ノウセスとイシズエが両脇に
付いて進んだ。
「よく聞くが良いスカジの兵よ」
俺は声が大きい方ではないので、
振り返り手をあげる。
皆はそれを見て俺の言葉を復唱する。
「我らは殊更フリッグ教を虐げる
ような事はしてこなかった。
が、我コウ王はコウヨウの民の王である。
コウヨウの民に矛先を向けるような
行為を執拗に行い心身に攻撃を加えるので
あれば、容赦はしない。
奇跡の力が見たいというのであれば、
いつでも見せてやる!」
俺の言葉の復唱が終わると、
兵士たちは煽るように足を踏み鳴らし、
雄叫びをあげる。
ダメ押しに星力を纏い、
黒隕剣を手に握り相手の矢倉の頭を
剣圧で切り離した。
「全軍帰るぞ!」
俺の言葉に歓声を上げながら
軍は胸を張りながら悠々と引いていく。
追撃されても構わない、受けて立つし
滅ぼすぞと言わんばかりの退却。
ここまで押し込んでどれだけ
スカジに対して効果があるか。
俺が気になっているのは
フリッグさんがまだ出てきていない点だ。
あの人もただ黙っている人じゃないはず。
相対する日もそう遠くは無いだろう。
ホクリョウに帰還すると、
伝令が来ていた。
トウチへ攻めてきている
トウシン戦の状況だ。
どうやらこちらでのスカジ大敗が
伝わると形勢逆転し押し返しているらしい。
「……どういうつもりか」
イシズエ御怒りである。
というのもアホ、ならぬ
使者が来ていた。
今更スカジ戦に参戦すると、
エムリスが来たのだ。




