ガンレッドの力
万能執事のお陰で仕事は捗る。
僭越ながらと言いながら、
俺が言い辛い事を割とバシッと
言いそれを俺が窘めて柔らかく言い直す、
というやり取りが直ぐに完成した。
間違っている事ははっきり違うと
俺も言うし、ドノヴァンも言う。
なんだったら言いあいのように
なったりもする。
俺の最初の狙い通り、
王に対して積極的に意見する側である
イシズエ派の推挙が
形になって表れている形になった。
本来であればナルヴィがこの位置に
居たのだが、忙しくそうも出来ない。
特にジグムについて人事局の開設を
しているところなので難しい。
全体的にシステム化されてきているので、
基本軸以外のイレギュラーを
処理したり、基本のチェックを
するなど成熟してきていた。
この後何が起こるのか。
俺は皆にも常々言っている。
完成してきた時にこそ、
不測の事態が起きるもの。
入念にチェックする事を
忘れないようにと。
「ドノヴァン殿、今日のスケジュールです」
「有難うございますガンレッド様」
朝畜産局と鍛錬を終え、
汗を流した後の王の間では
二人のやり取りから業務開始
となっている。
元々知り合いというより
叔父姪のような関係であったが、
ドノヴァンはそういったものを
一切無しにして接している。
「ガンレッド様、襟が」
「あ、有難うございます」
服装のチェックなど
割と厳しい。襟が少しずれていても
指摘していたが、
業務中などにその場でという事は
無かったので弁えてはいるようだ。
「今日は天気も良くさわやかな
一日になりそうですな」
「はい。良い事も悪い事も
半分くらいが良いですね」
「まったくです」
二人のやり取りを聞いていると
少しばかり気が楽になる。
が、直ぐにその気は重くなった。
「報告いたします。
トウシンからトウチへ襲撃。
兵の数およそ五百!」
「報告いたします、ホクリョウに
フリッグ教団兵およそ五百!」
同時に襲撃される事態が起こった。
早馬だったが、時間は経過している。
其々の中間地点に見張り台を
設けているので、軍馬の疲れも少なく
また速度も一頭で来るより早い。
道の整備も進んでいる事も功を奏していた。
「直ぐに軍議を開く。
重臣を呼び集めてくれ」
「かしこ参りました。
陛下はどちらに?」
「……ここにいるが」
「ガンレッド様」
「はい?」
「申し訳ございませんが、
陛下の膝の上に座って頂けますか?」
「え!?」
「おいおっさんセクハラしてる場合か!
さっさと呼び集めてこい!」
「いけませんな。
陛下の御顔からして
このまま私がこの場を離れれば
目を盗んでホクリョウへ行く算段でしょう。
ですがそうは行きません。
私の目が黒いうちはそういう
陛下の身を危険に晒すような行為は
無いようにして参る所存」
「俺はお前よりは強いが」
「そういう問題ではありません。
狂信者に数で押される。
これに対してどんな英雄であろうと
単騎で立ち向かうなど大自然の
災害に立ち向かうのも同じ。
無力と慢心を悟る時、
それは死と共に地獄にある時です」
「……分かったよ。動かないから
早く呼んで来てくれ」
「膝の上が御嫌なら
手を握って離さないで頂けると」
「良いから早く行け!」
ついつい声を低くして
怒りの感情を込めて強く言った。
本当か? みたいな顔をして
チラチラ見つつ、渋々出て行った。
俺はドノヴァンの操り人形ではない
ので、勿論暫くしてから窓から
屋根を伝って一つ目の塀を超え、
二つ目の塀の手前でツキゲを回収。
直ぐにツキゲを飛ばして城門を
通過。一気にホクリョウまで
突っ走る。
筈だった。
「……一体何だろう」
「はい」
椅子から立ち上がろうとしたが
腰が上がらない。
周りを見回し変わった事と言えば、
いつの間にかガンレッドに
手を握られていた事ぐらいだ。
驚いて焦ったが、それだけのはずだ。
なのに立ち上がる事が出来ない。
他の動きを制限されてはいないようだが、
腰が上がらない。相棒も帯刀しているが、
反応しないという事は、悪意や敵意
殺意がある者の仕業ではない。
「え、なんで」
「動いたらダメです」
ガンレッドの小さい手は
緊張しているのかはたまた
何か力を使っているのか
汗を掻き始めた。
「それは大丈夫なのか?
体調が悪くなったり
命を削ったりしていないのか?」
「恐らく……。小さい頃
父を仕事に行かせたくないと
思った時にやった以来ですが」
怖いな……。顔を見たが
赤らめているが息切れは無いようだ。
目もきょろきょろしていて
落ち着きは無いものの、
体調の不良ではないようだし、
今のところ問題は無いだろうと思う。
「あー分かった。絶対に動かないから
解いて貰えないだろうか」
「陛下が嘘をついていないなら
動けるかと……」
動けない。口だけとか
頭を埋め尽くす位ではダメだという
事なんだろう。強制力が半端無いな。
「ドノヴァンは知ってるの?」
「はい。以前お話した事が。
その時ドノヴァン殿には
他の人には絶対に言わないよう
気を付けてと言われました」
なるほど。あの野郎知ってて
からかう様な真似をしたのか。
「見事にしてやられたという訳か」
「ドノヴァン殿も私も、陛下が
長く国を治める事を心の底から
望んでおります。陛下が道を
誤らぬようお仕えするのが
私たちの使命だと思っております」
「……普通は逆だと思うけどなぁ。
ガンレッド達若い人を俺が導かないと」
「老いては子に従えとも申します」
「まだ老いてはいないつもりだけど」
「ものの例えです。若くても年上でも、
常に客観的に見る目が必要かと思います。
私は陛下のそれであるよう心がけて
行きたいと」
「随分肝が据わってるな」
「私は陛下にずっと付いていくと
決めてますし、それが揺るぎない事を
御傍に仕えて確認しております」
「なるほど。だから手を握るくらいは
楽勝って事か」
「え!? そ、それは!」
ガンレッドは慌てて手を離し、
顔の前まで両手を上げて掌を
こちらに見せて横に振る。
俺はそれを見逃さない。
そういう動きに出ると賭けて
からかってみた。
「どこへ行かれるので?」
「わりぃけど陛下、今回は見逃せないぜ」
「oh......」
一瞬の隙を突いて解けたのを
確認し動いた。
が、巨人族の肉の壁に
真横の窓は遮られた。
俺は別の窓をと探したが、
入ってきたナルヴィやイシズエ、
ウルシカやノウセスカムイに
オンルリオ、ジグムやガロムたちに
包囲されていた。
「マジか……」
「うちのを軽んじないで頂きたい。
対陛下力は筋金入りです」
微妙な顔をしてイシズエは
指で下を指す。
見ても何もない。が、動けない。
「参ったな……」
「観念してください」
ガンレッドは少し怒ったような
顔をして俺に告げる。
そして手を引かれ王座に座らされた。
困った。これは凄く困るやつだ。
ホクリョウへ全力で応援に駆け付け、
皆にその間に準備を整えて
着て貰おうと考えていたのに、
今後そういうのがし辛くなる。
狂信者の波にホクリョウの兵士たちが
飲まれない事を祈るしかないのか。
「悲劇のヒロインぶってもダメです。
一刻を争うのですからくだらない事に
時間を割いていて良いのですか?」
ナルヴィの指摘に項垂れつつ
会議は始まる。その間も手を繋がれている。
介護されてる気分である。




