万能執事の誕生
「落ち着けドノヴァン。
お前には別にやって貰いたい事がある。
会議の後残るように」
俺の言葉にドノヴァンは
うやうやしく礼をした後席に着く。
が、鼻息荒く目を輝かせていた。
暑苦しい事この上ない。
イシズエに任せていると
こういう人間ばっかくるのか。
イシズエを見るが、俺と目を合わせず
居心地悪そうに書類に目を通していた。
結果としてフリッグ教の締め付けが
厳しくなってしまった。
国民には理由を丁寧に厳しくないよう
ありのまま伝える。
後日市場調査で有り難い事に全面的な
支持を得る事が出来た。
「おはようございます陛下」
翌日いつも通りの朝を迎えて
寝室から出ると、暑苦しい顔が
俺をお出迎えしてくれた。
「おはよう朝から元気だな」
「勿論でございます。
我が心は今晴天を飛び越え星の海を渡り
神々の領域に達しやっと陛下の元へ辿りつけた
その感動で感涙に咽び宛ら天国を
知る思いでございますれば
そんな幸せを享受するには
倦怠などあり得ない仕儀」
「……要するに護衛が嬉しいから元気なのね」
「然りでございます」
「そうか」
胃もたれしそうだわ……。
意味の無い事を長々と言っていたが、
それを聞いただけでもドノヴァンの
教養の高さが窺い知れる。
イシズエの推挙だけあって
ドノヴァンの家柄は
古く由緒ある家だった。
しかしどこでどう間違えたのか
この暑苦しさにその教養を、
全振りしているという悲しさも
持ち合わせている。
今回ドノヴァンを警護の任務に
付けたのは、イシズエの指導が
どういう感じなのか知りたかったし、
何より一押しされたのもあって
採用した。
勿論危なっかしいのもあったし
俺の直雇用が多かった事もあって
イシズエの推挙からの採用をしたのもある。
昔から住む人にとって
元王族というのは特別な感情が
あるようで、イシズエの事も
憎からずという感じで
俺が今の立場で採用した事も
安心したようだ。
実際に立場はかなり重要且つ高い。
元王族たちからの支持が俺にあるのも、
イシズエの存在によるものが大きい。
そのイシズエが厳選に厳選を重ねた
このドノヴァンがどんな感じなのか。
「陛下、お靴が汚れております」
起き抜けなのでゆっくり歩いていると、
横を歩いているドノヴァンの巨体が
素早くしゃがんで俺の靴を凝視している。
お靴て……。
「靴は汚れるものだろ?」
「はい。ですが陛下の靴だけでなく
身なりに汚れがあれば
それは国の杜撰さを
表すようなもの」
「俺だけだろだらしないのは」
「陛下は国の顔であり我々自身です」
「お前自身なのか俺は」
「陛下が私なのです」
「禅問答か」
まぁ俺はルーズな方だから、
多少きっちりした人間が
居た方が良いかもしれない。
が五月蠅いし暑苦しいとか……。
「何事も中も外もガチガチにしたら
壊れるのも容易いだろう?」
「水のように柔軟に、ですな。
我々の大地で水は貴重且つ恵み。
信仰するならフリッグなどより
水と陛下を信仰すべきです。
まっことスカジの連中は度し難い」
「なら良いじゃないか」
「汚れた水で育つのも強かろうと
思いますが、人々が喜ぶ性質の
ものでしょうか……。
生憎と泥水で育ったものが
美味しいと感じた事は無いもので」
「嫌味か」
「どこがです? 水は清らかな方が
飲み水にもなりますし、
洗濯や洗い物、鍛冶屋にも
喜ばれます。そういう話では?」
「俺の靴が汚れていると大問題だと
言う事が今分かった」
「名は体を表すと同様に
身なりも人を表しますので」
……熱狂的俺支持派で
全肯定してくるのかと思いきや
ナルヴィ二世が来たんだが。
「陛下の偉業を成し遂げるために、
私は敢えて憎まれ役を買って出る
覚悟で参りました。万能執事として
最後まで陛下を盛りたてお守りして参りたいと
思っております」
「執事を雇った覚えは無いぞ?」
「城の中においては奥方様たちを含めて
お仕えし、戦場においては
この身を挺して陛下をお守りし
陛下の栄光と繁栄を護る者として
私は存在します」
「重いなぁ……」
「陛下はいささか軽過ぎでは?
忠義とはそのくらいの覚悟があってこそ。
それ以下の者は信念無きもの。
国政に関わるなど言語道断。
陛下の道を邪魔するものは
このドノヴァンの目が黒い内は
何人たりとも許しません」
「……要するに俺や他の重臣が
道を外さないように
警護役を務めるって言うってことなのね」
「王には王の、魔王には魔王の
信念と矜持が御座いましょう」
「魔王になる気は無いが」
「コウ王陛下はコウ王陛下。
のちにそうとしか呼ばれる事は
無いでしょうな。
神でも無ければ悪魔でも無く、
また偽善者でもなければ
極悪人でも無く。
ただコウ王とだけ伝えられる。
それでしたらだらしないより
出来る範囲で小奇麗に
した方が宜しいかと」
靴の汚れ一つで話が長い。
この分だと国政についてとか
始まったら何日かかるんだ。
「分かったよ。履きかえれば
良いんだろ?」
「新しいものに履き換えた後、
しっかり洗い物の場へお持ちください」
「そこは処理してくれないのか」
「されたいのですか? 幼児のように」
……朝から辟易するな。
「良い朝だ事」
俺はうんざりしながら眉間にしわを寄せ
わざとだらだら歩いて嫌味を言った。
「まったくです。
私の人生が決まった日に相応しい
そんな晴天の日でございます」
「曇ってるがな」
「晴れてます私の心は」
こらぁ思った以上に手強いわ。
ナルヴィとイシズエを足して二で割って
更に信仰を足したレベルだ。




