朝は爽やかに行かない
畜産局を訪れてブロウと祖父のブランさんと
畜産の状況と世間話をした後、朝の鍛錬を始めた。
カムイが何も言わずに傍に来て傅く。
「何か急ぎの用か?」
俺がそう尋ねると、カムイは驚いて首を横に振る。
策を話すときは饒舌なのにそれ以外は生真面目で
口数は少ない。
「余所見か? 貰った!」
「訳無いだろう」
俺はレンの槍を少し体を反らして
槍を見送りつつ、体をひねって体を入れ替える。
レンは後ろ向きのまま槍の一番下にある石突で
俺のくるぶしを狙ってきたが、
黒刻剣の剣の腹で防ぎ
そのまま膝で剣の腹ごと押す。
俺のほうがパワーが上なので
そのままぐるりとレンは横に回る流れを利用して、
俺へ向け一撃加えるべく槍の穂先を向ける。
俺は更に体を入れ替える。
槍のリーチの問題で間合いを詰められると、
どうしても優位性が入れ替わってしまう。
中遠距離では強い。俺もレンに槍を習っている。
馬上では特に効果的だし、相棒達を解き放った後に
使う為に槍をツキゲに備え付けていた。
今は槍での不利な距離で達人レベルの
レンの動きを見せてもらいつつ、
本気でやってもらっている。
レンの槍は穂先が長く、近距離時には
柄の上の方を持って剣のように使っている。
レンの場合槍をメインとして鍛錬しつつ、
剣も鍛錬している。
「……とまぁこんな感じで」
「有難う参考になったよ」
「そうかなぁ。陛下の動きからして
俺の動きはあまり参考になりそうも無いけど」
「そんな事は無い。棒術の達人には
会った事あるから、それも参考にしつつ
俺なりにアレンジして見るよ」
「そりゃ凄いな」
俺とレンは黙っているカムイに視線を向ける。
二人で肩を竦めた後
「カムイ、何か話があるなら
朝風呂後でも良いか?」
「あ、はい」
「そういう事ならおめぇも入れ。
その辛気臭い面もさっぱりするだろ」
「そ、そんなに辛気臭いですか!?」
「そうだな。レンが言うように
思いつめてるというか
追い込まれてるって顔してるな」
そう言うと、後頭部を撫でて
すまなそうに俯いた。
「まぁ気分を切り替える意味でも
付き合え。その後に話を聞こう」
「はっ!」
カムイは立ち上がり、
俺とレンと共に風呂場に向かう。
カムイの用件は解っている。
今回の戦においても結局戦術局の
お手柄と言うには程遠い戦果となった。
風呂では何とかリラックスさせて他愛無い話で
盛り上がったカムイも、王の間に着くと
厳しい表情に逆戻りだ。
気持ちは解るが難しい顔をしても
事態は変わらない。
「で、イシズエも難しい顔をしているが」
「はっ」
はっ、ではない。難しい顔が二人して
横と前に居られては気が滅入る。
特に問題無いと聞いたが違うのか。
「何の問題があったのか、
怒らないから言いなさい」
「イシズエ殿からどうぞ」
「ん、カムイからで良い。
私めは陛下に直々にお伺いしたき事が」
「……ここでは駄目な事か。
解った。カムイから聞こう」
カムイからの話は戦術局の
モチベーションの問題だった。
今回の戦は特殊な条件での戦いだった。
そしてそれを打開し援軍を退けたのも
俺一人で、周辺にはその強さが
瞬く間に人伝に広がっているらしい。
戦術局としては成す術なく存在意義を
憂いているとの事だ。
「それぁ陛下にする話なのか?」
レンが呆れたように言う。
「そりゃそうだが、今まで個で動いていた様な
国民達が、今一つの集団として行動しようと
し始めたところだ。結局のところ上司や部下、
組織としての動きに難しさを感じている、
というところだろう。……カムイよ、
解っていると思うが俺は期待を寄せている。
そしてその結果が直ぐに出る訳ではない。
第一シンラが自ら調べてルートを確立したからこそ、
俺以外の隊はスムーズに他の村を押さえられた。
これは誰も非難する所か賞賛を浴びている。
恐らくアシンバ隊でもそれを存分に使い
統治していると思う。まさに躍動する時。
それを自ら勝ち取ったのだ。
今度はカムイの番だし、戦術局を
輝かせる為に一致団結して立ち向かわないで
どうやって成果を勝ち取るのだ」
俺は諭すように静かに優しく説いてみた。
カムイは頷いているが、大丈夫かね。
同期のシンラが成果を挙げたが、
それも響いているのだろう。
同期でもありライバルでもあり親友でもある。
「ったくしょうがないなぁ……。
お前最近体を動かしているか?
適度に体を動かしておかないと
体も頭も心も硬くなるぞ?
陛下、ちょっくらコイツを絞ってくるわ」
「頼む」
レンは強引にカムイを引っ張って
外へ出て行った。
「陛下、申し訳御座いません。
我が身の不徳でもあります」
「まぁ新興国だし。で、イシズエの方は」
「大変申し訳御座いません」
急に俺の前に移動して傅いた。
何があったんだ?
「どういう事かな」
「ロシュの事でございます」
「あー」
「その上その兄弟まで取り立てて頂き。
元王族の事は私と我妻の責でありますれば」
「俺が偶々歩いてて見つけた人材が、
前に聞いていた話だっただけの事。
特にイシズエに謝られる事でもない」
「どのような処罰も覚悟しております」
俺は朝から憂鬱だ。俺はいつも処分を
しているような人間だったのか。
少し振り返ってみたが、そうでもない気が。
「何の処分だか解らん」
「反乱の火種をそのままにしてしまい」
「イシズエならどう処分した?」
「そ、それは……」
「我が国民だ。前はいざ知らず、
今この国に住む以上法を守り助け合って
暮らしている。無用な処理処罰は
暴発を招くだけだ。急に会った事も無い
腹違いが兵隊を引き連れたらどう思う?」
「はっ……」
「イシズエ、落ち着いて深呼吸せよ。
拙速は巧遅に勝るとは言うが、
軽率は慎重に劣るぞ?」
「言葉も無く……」
「兎に角、何かあったら逐一相談するように。
勝手に決断しないように」
「心に深く刻みます」
ホントに解ってんのかな。
聞いただけでも驚いたわ。
危うくロシュを加えられなかったところだ。
イシズエも当初から大分変わったものの、
特に対俺に関する事は相変わらず過剰に
反応しているきらいがある。有難い面もあるが。
ナルヴィと両翼を成してこそ、
って気がしないでもないが、それでは困る。
二人とも有能である事は違いないし、
後進を育ててもらわないとならない。
俺が当初思い描いていたのと違い、
イシズエが育てている者たちは
どうも俺を信奉し過ぎている気がしてならない。




