次の戦に向けて
戦術局を後にした後、
ウルシカのフロストの組合事務所前まで
屋根伝いで行った。
組合は閑散としている。
商人は情報にも敏感だ。
トウシンとの繋がりがある上層部が占める
組合に今出入りしては疑われる、
そういう考えで近付いていないのだろう。
商人でないもの達もそれに勘付いている様だ。
俺は屋根の上から暫く身を隠しつつそっと見ていたが、
中から外を窺う姿が何度も見られた。
時期としては丁度良いのかもしれない。
ここで逃げられれば、国として信頼を失う。
ジグムに感謝しつつ暫く離れたところで
道に下り、街を歩いて城に戻る事にした。
一応取り決めとして、何か行事でもない限り
過度な礼などはしないようにして貰っている。
また陳述陳情の為に道を遮ったりも
してはならない事になっていた。
今は国が安定していて職も賃金も不満が少なく、
腹一杯食えていて住居にも困っていない、
更に法も敷き公平であるからこそ無いが、
もしかするとこういう風に自由に変装もせず
出歩く事が難しくなる日が来るかもしれない。
一抹の寂しさを感じながら帰城する。
「陛下、ジグムより届いております」
王の間にはイシズエを始め
重臣達が集まっている。
ジグムが俺名義で集めてくれていた。
俺が勝手に決めて発表は出来るが、
重臣達にもきちっと見せてから
毎回発表している。
先ずは国民を見てから重臣を見る。
国民と重臣がかけ離れているようであれば、
それを是正するのも王の役目だと思う。
「恐らく皆も解ってはいたと思うが」
その言葉に皆頷く。
ウルシカは何ともいえない表情をしていた。
「ウルシカのフロスト、改めトウシンの組合を
本日をもって即日解散とする。
理由は自浄作用が全く無い事。
皆の手元にもある資料を見てもらえれば解るが、
あまりにも酷すぎた。端的に言えば我が国の
人、物、知識という掛替えの無い資源を
トウシンへ流し続けてきた事だ。
同盟国ならいざ知らず、
あの大使の態度からして友好国ですらなく
敵国である。個人的には明確に禁止とは
しなかったのは、正常な取引の妨げとならぬよう
にと考えてだった。
だが今回書類にある者達を厳重に処罰する事により、
国として態度を明らかにする。
国民の中には知らずに派遣されて、
帰ってこないものも居ると聞く。
それが少数でも問題だが、人数は増えてきている。
これ以上放置しておく事は国民の不安と不満を
煽り最終的には反乱の火種となる。
その前に芽を摘み取る。何か意見はあるか?」
一同沈黙。
ウルシカも下を向き小さく頷いた。
「宜しい。ならばカトル、悪いが精鋭兵を率いて
この人物達を逃げぬよう見張ってくれ。
翌朝一族郎党全てを家財全て剥奪の上国外追放とする」
「心得ました」
「尚この処罰でトウシン出身者への差別等が
起きないようにしてくれ。ウルシカには俺から
処分を言い渡す。ジグム、早速で悪いが通信を開いてくれ」
ジグムは頷くと、先に門へ向かう。
その後に俺たちも立ち上がり向かった。
ウルシカは肩を落としていた。
ジグムが先立って国民へ挨拶し、
今回の経緯と処分を説明した。
その後俺が出て国民に対し挨拶と
遅くなった事への謝罪、そして無関係の
トウシン出身者に心無い事が無いよう
お願いする旨を伝えた。有難い事に
俺を賞賛する声が多く聞かれ
歓声に沸く国を見ると、どうやら
処分を待っていたきらいすらある。
門の上から降りた後、ウルシカと
ジグムのみを残して解散した。
王の間で改めてウルシカに
俺が思っている事を伝える。
同胞は同胞だし組合の解散は痛手だろうが、
もっともそれに変わるものを俺は直ぐ設立する。
それぞれのフロスト出身者の自主性に任せたが、
少し早かったのか見間違ったのか、
上手く行かなかった。
それを今後改善して何れまた自主性に任せたいと
思っている。そう伝えると安心したように
ほっと一息吐いた。
「人選はジグムに任せる。
ウルシカはリストをジグムの事務室に持っていってくれ。
ジグムは一緒に取り掛かる面子を選び、
その人物の事を詳細に俺に報告してくれ。
本日は各々家路につくように」
そう告げて解散となった。
夕食を食べた後、こっそりと処分者達の
家に出向き、直接処分を伝えた。
本来するべきではないだろうが、
未来ある子供も居る。
正直しんどい事だ。
俺はそれを含めて飲み込む為に、
今回だけはと目を盗んできた。
こっそりと子供や女性には
餞別を与えて旅の無事と健康を祈ると
伝え、一族含め全てのものには
自害せず生きるよう伝えた。
また兵士達にくれぐれも
粗略にしないように
伝えるという行動を、
処分者達全てにして帰城する。
翌朝、処分を下した者達の
一族郎党五十人が城の門の外へ出された。
俺も門の前まで来て国民や兵士達と共に
彼らを黙って見送った。
そこに非難はないが、
裏切りに対する怒りと悲しみは
声なき声となって空気に混じっていた。
「さぁ皆! 沈んだ気持ちのまま仕事は出来まい!
城へ着てくれ! 朝飯を振舞おう!」
俺は皆を引き連れて城へ戻り、
フェメニヤさんや恵理、婦人部の皆と
ラーメンを作って振舞った。
この作業だけで午前中の半分は潰れたが、
流石にあの空気のまま元気ハツラツ働こう
なんて気分には俺自身なれなかったので、
暖かいもので胃も心も温めて仕事に取り掛かった。
その日は決裁作業をしつつ、
国を回って国民と触れ合う事に時間を割く。
この後戦を控えているので、
一致団結して戦わなければならない。
俺一人で戦うわけではなく、皆で戦うのだ。
それを忘れない為にも皆と触れ合う。
夕方遅く帰城した後夕食を食べた後
王の間に戻ると、
ジグムとイシズエが用意していた
書類に目を通す。
それは二人が気を利かせて選んだ
明日発表して欲しい、
国民や兵士の表彰者リストだった。
それを読んでいておっさんなので
目頭が熱くなる。
良い部下を持った。有難い事だ。
リストと表彰内容を読みながら
微笑む。良い国民も沢山居る。
そうして俺は心の栄養を得、
寝室に戻る頃には心はやっと浮上した。




